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06 事前確認
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定時を過ぎる頃には、総務部も軍令部も部屋の明るさに差はない。ただし、総務部がほとんど無人になるのに対して、軍令部には日中と変わらぬ活気があった。
「フレンゼン、こっちだ」
軍令部の部屋に顔だけ入れると、ベッカー大尉が自席を離れながら手招きをした。
フレンゼンが近づくと、彼は背を向けて部屋の奥へ向かって歩いて行く。
「失礼します。ベッカー入ります。フレンゼンを連れてきました」
ノックとともに大声でそう告げると、重厚な扉を押し開いた。
「よく来てくれました」
フレンゼンは、静かな声の主が誰なのか一瞬分からなかったが、すぐに軍令部長クヌート少将だと気付いた。応接室かと思われた部屋は少将の執務室だったのだ。
「はい、いや、いいえ」
思わず敬礼しそうになったが、寸前で思いとどまって頭を下げた。
「掛けてください。大尉も」
フレンゼンたちは、
「失礼します」の声とともに、少将の向かいのソファーに並んで腰掛けた。
クヌート少将の左斜め後ろに立っている美しい将校に、フレンゼンは目を奪われた。これほど皇国軍の軍服が似合う人はいないだろうと思った。肩章を見ると少佐のようだ。少佐が立ったままなのに、こちらが座っていてもいいのだろうか、と居心地の悪さを感じた。
「今回は、面倒な任務を快く引き受けてくれたそうで、感謝します」
快く、と聞いて、思わずベッカーの横顔を見たが、正面を向いた表情は微動だにしなかった。
「いえ、私のような者がお役に立つのかどうか、疑問ではあるのですが……」
嫌味の意図は伝わったはずだが、軍令部長は軽やかな笑顔で無視する。
「とんでもない。とても優秀な方だと伺っていますよ」と、少し首を後方に向けると、背後の将校が軽く頷いた。
「経理課に置いておくのはもったいない、と。ああ、これは経理の方に失礼でしたね。申し訳ありません」
「いえ、軍の中ですから軍人のみなさんが主体なのは心得ています」
「今作戦の指揮官は、こちらのフィルスマイヤー少佐に担当してもらいます。少佐も掛けたらどうですか」
「いえ自分はこちらで結構です、閣下」
その容姿にふさわしい凜々しい声だった。
この人が、フィルスマイヤー少佐か、有名なわけだ、とフレンゼンは納得した。世間ではともかく、軍隊に女性の数は少ない。まして上級士官となると、ほとんど例はない。
「そうですか」
クヌート少将の声に感情の変化はなかった。
前日渡された書類の内容を、四人で確認した。
ウスナルフ王国の首都オディロダムまでの移動手段と経路、オデュロダムでの潜伏先や協力者との接触方法、現地から本国との連絡方法など、一見、細かな決めごとが説明された。しかし、肝心なことは何も決められていない。シュミット少佐はどこにいるのか。見つからない場合、いつまで探し続けるのか。対面したとして、何を問いただすのか。
戦略も戦術もないこのような作戦を、軍令部が行うことなどあるものだろうか、と彼は少しだけだが三人を疑った。
事前確認が終わり、軍令部から出て行こうとするとベッカーが引き留めた。
「これを持って行ってくれ」
誰もいない廊下に出たところで手渡されたのは、銃だった。型式は皇国軍の正規支給品と同じだが、色が違う。支給の銃は黒だが、目の前のそれは鈍い銀色だった。
「これは?」
「恩賜の銃だ」
「それはもちろん知っている」
「シュミット少佐が陛下から下賜されたものなんだが、少し事情があって預かっていた。戦前からだから、ずいぶん長いこと返しそびれていた。少佐に会うこともなかなかないからな。悪いが、フレンゼンから渡してくれ」
「分かった」
「それと、これもな」
大尉はそう言って、正規支給品の銃と弾薬を差し出した。
「銃をもらってもなあ」
「実戦経験がないとは言え、腕はいいんだろ。何があるか分からないからな。護身用だと思って持っていけよ」
「フレンゼン、こっちだ」
軍令部の部屋に顔だけ入れると、ベッカー大尉が自席を離れながら手招きをした。
フレンゼンが近づくと、彼は背を向けて部屋の奥へ向かって歩いて行く。
「失礼します。ベッカー入ります。フレンゼンを連れてきました」
ノックとともに大声でそう告げると、重厚な扉を押し開いた。
「よく来てくれました」
フレンゼンは、静かな声の主が誰なのか一瞬分からなかったが、すぐに軍令部長クヌート少将だと気付いた。応接室かと思われた部屋は少将の執務室だったのだ。
「はい、いや、いいえ」
思わず敬礼しそうになったが、寸前で思いとどまって頭を下げた。
「掛けてください。大尉も」
フレンゼンたちは、
「失礼します」の声とともに、少将の向かいのソファーに並んで腰掛けた。
クヌート少将の左斜め後ろに立っている美しい将校に、フレンゼンは目を奪われた。これほど皇国軍の軍服が似合う人はいないだろうと思った。肩章を見ると少佐のようだ。少佐が立ったままなのに、こちらが座っていてもいいのだろうか、と居心地の悪さを感じた。
「今回は、面倒な任務を快く引き受けてくれたそうで、感謝します」
快く、と聞いて、思わずベッカーの横顔を見たが、正面を向いた表情は微動だにしなかった。
「いえ、私のような者がお役に立つのかどうか、疑問ではあるのですが……」
嫌味の意図は伝わったはずだが、軍令部長は軽やかな笑顔で無視する。
「とんでもない。とても優秀な方だと伺っていますよ」と、少し首を後方に向けると、背後の将校が軽く頷いた。
「経理課に置いておくのはもったいない、と。ああ、これは経理の方に失礼でしたね。申し訳ありません」
「いえ、軍の中ですから軍人のみなさんが主体なのは心得ています」
「今作戦の指揮官は、こちらのフィルスマイヤー少佐に担当してもらいます。少佐も掛けたらどうですか」
「いえ自分はこちらで結構です、閣下」
その容姿にふさわしい凜々しい声だった。
この人が、フィルスマイヤー少佐か、有名なわけだ、とフレンゼンは納得した。世間ではともかく、軍隊に女性の数は少ない。まして上級士官となると、ほとんど例はない。
「そうですか」
クヌート少将の声に感情の変化はなかった。
前日渡された書類の内容を、四人で確認した。
ウスナルフ王国の首都オディロダムまでの移動手段と経路、オデュロダムでの潜伏先や協力者との接触方法、現地から本国との連絡方法など、一見、細かな決めごとが説明された。しかし、肝心なことは何も決められていない。シュミット少佐はどこにいるのか。見つからない場合、いつまで探し続けるのか。対面したとして、何を問いただすのか。
戦略も戦術もないこのような作戦を、軍令部が行うことなどあるものだろうか、と彼は少しだけだが三人を疑った。
事前確認が終わり、軍令部から出て行こうとするとベッカーが引き留めた。
「これを持って行ってくれ」
誰もいない廊下に出たところで手渡されたのは、銃だった。型式は皇国軍の正規支給品と同じだが、色が違う。支給の銃は黒だが、目の前のそれは鈍い銀色だった。
「これは?」
「恩賜の銃だ」
「それはもちろん知っている」
「シュミット少佐が陛下から下賜されたものなんだが、少し事情があって預かっていた。戦前からだから、ずいぶん長いこと返しそびれていた。少佐に会うこともなかなかないからな。悪いが、フレンゼンから渡してくれ」
「分かった」
「それと、これもな」
大尉はそう言って、正規支給品の銃と弾薬を差し出した。
「銃をもらってもなあ」
「実戦経験がないとは言え、腕はいいんだろ。何があるか分からないからな。護身用だと思って持っていけよ」
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