6 / 22
06 事前確認
しおりを挟む
定時を過ぎる頃には、総務部も軍令部も部屋の明るさに差はない。ただし、総務部がほとんど無人になるのに対して、軍令部には日中と変わらぬ活気があった。
「フレンゼン、こっちだ」
軍令部の部屋に顔だけ入れると、ベッカー大尉が自席を離れながら手招きをした。
フレンゼンが近づくと、彼は背を向けて部屋の奥へ向かって歩いて行く。
「失礼します。ベッカー入ります。フレンゼンを連れてきました」
ノックとともに大声でそう告げると、重厚な扉を押し開いた。
「よく来てくれました」
フレンゼンは、静かな声の主が誰なのか一瞬分からなかったが、すぐに軍令部長クヌート少将だと気付いた。応接室かと思われた部屋は少将の執務室だったのだ。
「はい、いや、いいえ」
思わず敬礼しそうになったが、寸前で思いとどまって頭を下げた。
「掛けてください。大尉も」
フレンゼンたちは、
「失礼します」の声とともに、少将の向かいのソファーに並んで腰掛けた。
クヌート少将の左斜め後ろに立っている美しい将校に、フレンゼンは目を奪われた。これほど皇国軍の軍服が似合う人はいないだろうと思った。肩章を見ると少佐のようだ。少佐が立ったままなのに、こちらが座っていてもいいのだろうか、と居心地の悪さを感じた。
「今回は、面倒な任務を快く引き受けてくれたそうで、感謝します」
快く、と聞いて、思わずベッカーの横顔を見たが、正面を向いた表情は微動だにしなかった。
「いえ、私のような者がお役に立つのかどうか、疑問ではあるのですが……」
嫌味の意図は伝わったはずだが、軍令部長は軽やかな笑顔で無視する。
「とんでもない。とても優秀な方だと伺っていますよ」と、少し首を後方に向けると、背後の将校が軽く頷いた。
「経理課に置いておくのはもったいない、と。ああ、これは経理の方に失礼でしたね。申し訳ありません」
「いえ、軍の中ですから軍人のみなさんが主体なのは心得ています」
「今作戦の指揮官は、こちらのフィルスマイヤー少佐に担当してもらいます。少佐も掛けたらどうですか」
「いえ自分はこちらで結構です、閣下」
その容姿にふさわしい凜々しい声だった。
この人が、フィルスマイヤー少佐か、有名なわけだ、とフレンゼンは納得した。世間ではともかく、軍隊に女性の数は少ない。まして上級士官となると、ほとんど例はない。
「そうですか」
クヌート少将の声に感情の変化はなかった。
前日渡された書類の内容を、四人で確認した。
ウスナルフ王国の首都オディロダムまでの移動手段と経路、オデュロダムでの潜伏先や協力者との接触方法、現地から本国との連絡方法など、一見、細かな決めごとが説明された。しかし、肝心なことは何も決められていない。シュミット少佐はどこにいるのか。見つからない場合、いつまで探し続けるのか。対面したとして、何を問いただすのか。
戦略も戦術もないこのような作戦を、軍令部が行うことなどあるものだろうか、と彼は少しだけだが三人を疑った。
事前確認が終わり、軍令部から出て行こうとするとベッカーが引き留めた。
「これを持って行ってくれ」
誰もいない廊下に出たところで手渡されたのは、銃だった。型式は皇国軍の正規支給品と同じだが、色が違う。支給の銃は黒だが、目の前のそれは鈍い銀色だった。
「これは?」
「恩賜の銃だ」
「それはもちろん知っている」
「シュミット少佐が陛下から下賜されたものなんだが、少し事情があって預かっていた。戦前からだから、ずいぶん長いこと返しそびれていた。少佐に会うこともなかなかないからな。悪いが、フレンゼンから渡してくれ」
「分かった」
「それと、これもな」
大尉はそう言って、正規支給品の銃と弾薬を差し出した。
「銃をもらってもなあ」
「実戦経験がないとは言え、腕はいいんだろ。何があるか分からないからな。護身用だと思って持っていけよ」
「フレンゼン、こっちだ」
軍令部の部屋に顔だけ入れると、ベッカー大尉が自席を離れながら手招きをした。
フレンゼンが近づくと、彼は背を向けて部屋の奥へ向かって歩いて行く。
「失礼します。ベッカー入ります。フレンゼンを連れてきました」
ノックとともに大声でそう告げると、重厚な扉を押し開いた。
「よく来てくれました」
フレンゼンは、静かな声の主が誰なのか一瞬分からなかったが、すぐに軍令部長クヌート少将だと気付いた。応接室かと思われた部屋は少将の執務室だったのだ。
「はい、いや、いいえ」
思わず敬礼しそうになったが、寸前で思いとどまって頭を下げた。
「掛けてください。大尉も」
フレンゼンたちは、
「失礼します」の声とともに、少将の向かいのソファーに並んで腰掛けた。
クヌート少将の左斜め後ろに立っている美しい将校に、フレンゼンは目を奪われた。これほど皇国軍の軍服が似合う人はいないだろうと思った。肩章を見ると少佐のようだ。少佐が立ったままなのに、こちらが座っていてもいいのだろうか、と居心地の悪さを感じた。
「今回は、面倒な任務を快く引き受けてくれたそうで、感謝します」
快く、と聞いて、思わずベッカーの横顔を見たが、正面を向いた表情は微動だにしなかった。
「いえ、私のような者がお役に立つのかどうか、疑問ではあるのですが……」
嫌味の意図は伝わったはずだが、軍令部長は軽やかな笑顔で無視する。
「とんでもない。とても優秀な方だと伺っていますよ」と、少し首を後方に向けると、背後の将校が軽く頷いた。
「経理課に置いておくのはもったいない、と。ああ、これは経理の方に失礼でしたね。申し訳ありません」
「いえ、軍の中ですから軍人のみなさんが主体なのは心得ています」
「今作戦の指揮官は、こちらのフィルスマイヤー少佐に担当してもらいます。少佐も掛けたらどうですか」
「いえ自分はこちらで結構です、閣下」
その容姿にふさわしい凜々しい声だった。
この人が、フィルスマイヤー少佐か、有名なわけだ、とフレンゼンは納得した。世間ではともかく、軍隊に女性の数は少ない。まして上級士官となると、ほとんど例はない。
「そうですか」
クヌート少将の声に感情の変化はなかった。
前日渡された書類の内容を、四人で確認した。
ウスナルフ王国の首都オディロダムまでの移動手段と経路、オデュロダムでの潜伏先や協力者との接触方法、現地から本国との連絡方法など、一見、細かな決めごとが説明された。しかし、肝心なことは何も決められていない。シュミット少佐はどこにいるのか。見つからない場合、いつまで探し続けるのか。対面したとして、何を問いただすのか。
戦略も戦術もないこのような作戦を、軍令部が行うことなどあるものだろうか、と彼は少しだけだが三人を疑った。
事前確認が終わり、軍令部から出て行こうとするとベッカーが引き留めた。
「これを持って行ってくれ」
誰もいない廊下に出たところで手渡されたのは、銃だった。型式は皇国軍の正規支給品と同じだが、色が違う。支給の銃は黒だが、目の前のそれは鈍い銀色だった。
「これは?」
「恩賜の銃だ」
「それはもちろん知っている」
「シュミット少佐が陛下から下賜されたものなんだが、少し事情があって預かっていた。戦前からだから、ずいぶん長いこと返しそびれていた。少佐に会うこともなかなかないからな。悪いが、フレンゼンから渡してくれ」
「分かった」
「それと、これもな」
大尉はそう言って、正規支給品の銃と弾薬を差し出した。
「銃をもらってもなあ」
「実戦経験がないとは言え、腕はいいんだろ。何があるか分からないからな。護身用だと思って持っていけよ」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
戦闘狂種族のスナイパー
朝食はパンよりご飯派
ファンタジー
世界中で大人気のVRFPS「FWW」で世界ランカーのスナイパーとして知られていた白波 理緒は大好きなエナジードリンクをコンビニに買いに行く途中に雷が直撃して死んでしまう。
異世界の神に借りがある地球の神は役立ちそうな魂の一つを譲り渡した。
異世界の神の願いを聞く代わりに記憶があるまま転生してもらった種族は遺伝子レベル戦闘狂!
より早く闘えるように「早熟」し
より長く闘えるように「長寿」で
より多く闘えるように「美麗」な
種族。そのはプロ族。
住んでいる大陸はプロ族しか生きていけないほどで「終焉大陸」と呼ばれてます。
「鉄」と呼ぶ伝説の金属があり、
「鳥」と呼ぶ伝説の魔物がいる。
「今日は「鳥(不死鳥)」の肉だぞ!」
「わぁ、「鳥」美味しいから好き!」
そんな世界でリオンとして生きていくお話です。
アサシンズガーディアン・スクールライフ
さとう
ファンタジー
数千年の歴史を持つ古き暗殺教団『黄昏』に育てられた暗殺者。コードネーム『クリード』は、とある依頼により、ジェノバ王国族第三王女ラスピルの護衛を命じられる。
だが、依頼はもう一つあった。それは……第三王女ラスピルを、ジェノバの次期王女にすること。
ラスピルを狙う敵対組織『閃光騎士団』、そして第一、第二王女を次期女王にのし上げようと策をめぐらせる貴族たち。
クリードは、敵対組織の刺客やラスピルに害をなす貴族を影から暗殺していく。
これは、暗殺者クリードが少女のために戦う物語。
心なき暗殺者の少年クリードは、血に染まりながら愛を知る。
わたしの家の“変わったルール”
ロアケーキ
大衆娯楽
この家には“変わったルールがある”。そう、他の家にはないルールが…。
※主人公のまいちゃんが理不尽に“お仕置き”を受ける物語です。 苦手な方はご注意くださいませ。
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
魔女を殺す為のデイリーライフ【完結】
秋雨薫
ファンタジー
利き腕を負傷した暗殺者リヴが受けた依頼は――暗殺失敗率100%の魔女アピ⁼レイス
「私に普通の日常を教えてくれ!その代わり私の命はいつでも狙って良い」
魔女の首を狙う暗殺者と普通の日常が知りたい魔女の奇妙なデイリーライフ。
【書籍化決定】神様お願い!〜神様のトバッチリを受けた定年おっさんは異世界に転生して心穏やかにスローライフを送りたい〜
きのこのこ
ファンタジー
突然白い発光体の強い光を浴びせられ異世界転移?した俺事、石原那由多(55)は安住の地を求めて異世界を冒険する…?
え?謎の子供の体?謎の都市?魔法?剣?魔獣??何それ美味しいの??
俺は心穏やかに過ごしたいだけなんだ!
____________________________________________
突然謎の白い発光体の強い光を浴びせられ強制的に魂だけで異世界転移した石原那由多(55)は、よちよち捨て子幼児の身体に入っちゃった!
那由多は左眼に居座っている神様のカケラのツクヨミを頼りに異世界で生きていく。
しかし左眼の相棒、ツクヨミの暴走を阻止できず、チート?な棲家を得て、チート?能力を次々開花させ異世界をイージーモードで過ごす那由多。「こいつ《ツクヨミ》は勝手に俺の記憶を見るプライバシークラッシャーな奴なんだ!」
そんな異世界は優しさで満ち溢れていた(え?本当に?)
呪われてもっふもふになっちゃったママン(産みの親)と御親戚一行様(やっとこ呪いがどうにか出来そう?!)に、異世界のめくるめくグルメ(やっと片鱗が見えて作者も安心)でも突然真夜中に食べたくなっちゃう日本食も完全完備(どこに?!)!異世界日本発福利厚生は完璧(ばっちり)です!(うまい話ほど裏がある!)
謎のアイテム御朱印帳を胸に(え?)今日も平穏?無事に那由多は異世界で日々を暮らします。
※一つの目的にどんどん事を突っ込むのでスローな展開が大丈夫な方向けです。
※他サイト先行にて配信してますが、他サイトと気が付かない程度に微妙に変えてます。
※昭和〜平成の頭ら辺のアレコレ入ってます。わかる方だけアハ体験⭐︎
⭐︎第16回ファンタジー小説大賞にて奨励賞受賞を頂きました!読んで投票して下さった読者様、並びに選考してくださったスタッフ様に御礼申し上げますm(_ _)m今後とも宜しくお願い致します。
世界異世界転移
多門@21
ファンタジー
東京オリンピックを控えた2020年の春、突如地球上のすべての国家が位置関係を変え異世界の巨大な惑星に転移してしまう。
その惑星には様々な文化文明種族、果てには魔術なるものまで存在する。
その惑星では常に戦争が絶えず弱肉強食様相を呈していた。旧地球上国家も例外なく巻き込まれ、最初に戦争を吹っかけられた相手の文明レベルは中世。殲滅戦、民族浄化を宣言された日本とアメリカはこの暴挙に現代兵器の恩恵を受けた軍事力を行使して戦うことを決意する。
日本が転移するのも面白いけどアメリカやロシアの圧倒的ミリタリーパワーで異世界を戦う姿も見てみたい!そんなシーンをタップリ含んでます。
43話までは一日一話追加していきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる