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03 軍令部員
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翌日の昼時、軍令部の廊下でフレンゼンは、お目当ての男が出てくるのを待った。
軍令部の置かれた場所は、当然ながら日当たりがよい。廊下も明るく、心なしか空気までおいしいのではないか、とフレンゼンは嫉妬した。
「おお、フレンゼン、どうした?こんな場所で。誰に用だ?」
アンドレアス・ベッカー大尉は、体格に相応しい大きな笑顔でフレンゼンに声をかけた。
何か用か?とか、誰かに用か?ではなく、誰に用だ?とは、つまり用があるに違いない、経理課員が用もなく来てよい場所ではない、と暗に言っているようなものだ、と卑屈な考えが浮かんだ。
「大尉、すまないが君に相談したいことがあるんだ」
「俺に?」
感情などいくらでもコントロールできるはずの軍令部員が、途端に表情を曇らせたのは、迷惑であることを主張するためだろう。
「ああ。シュミット少佐について」
「廊下でする話ではなさそうだな」
ベッカーは、視線の動きだけで付いてこいとフレンゼンに伝えると、軍令部に入ってすぐの小部屋の扉を開いた。
フレンゼンが中に入るなり、自分は窓側の椅子に腰掛け、また視線だけで扉を閉めるよう促し、
「で?」とだけ口にした。
定年を超えていること、それに反して腕が上がっているらしいこと、案件数が増えていることなどについて話しても、
「少佐は特別だからな」と特に関心を示さなかった。
「ただ、経費精算をまったくしなくなったことは、不可解じゃないか」
「以前は?」
「ほぼ毎月だ。少なくとも二ヶ月ごとには」
現場に常駐している、あるいは特殊な任務に就いている人員は、本部勤めとは異なり、経費精算だけでなく、報告書や必要書類の提出などが滞っても問題視はされないのが普通だ。しかしシュミット少佐は、そうした軍人の中では珍しく几帳面にそうした事務処理を行っていたのだ。
「何か、問題を抱えているのかも知れないな」
ベッカーの表情はますます暗くなった。少佐のことを心配しているだけだとしたら、善良な人柄ということだが、厄介ごとを聞かされた、というのが本心だろう。
「で、どうして俺に?」
二つの意味の質問であることを、フレンゼンは察した。多少なりとも語り合うに足る人物であると思ってもらうために、聞き返さずに答えることにした。
「総務部から軍令部への正式な問い合わせにして、万が一にも、少佐にとって不利になってはいけないと考えた。単なる経費精算の遅れなどではなく、困難な事情に直面していたら、と思うと……」
「それは考え過ぎというものだ。先ほども言ったが、シュミット少佐は特別だ。それは総務部の人間が考える以上に。想像し得るどんな事情があったとしても、少佐は我が軍の至宝だ。反逆行為でもない限りは、解決に協力することはあっても、罰せられるようなことはないさ」
「そうか、それなら安心した」
「少なくとも表向きはな」
「どういう意味だ?」
「やっかんでいるヤツはいくらでもいるだろうさ。それに、少佐だって聖人君子じゃない。個人的に嫌っているヤツもいないわけではない。皇国にとって絶対に必要な英雄であっても、いてほしくないと思う人間くらいいるのが自然というものだ」
「まあ、一般論としては理解できる」
ベッカーは、ふっと笑った。
「それにしても、少佐は人気者だ。こうして総務部の人間にまで心配してもらえるんだからな」
「総務部の人間にとっても少佐は特別だ」
「そうか。それは悪かった。で、どうして俺なんだ?」
もう一つの質問だ。ベッカーの表情は、まるでこちらの方が重要な質問であるような印象だった。
軍令部の置かれた場所は、当然ながら日当たりがよい。廊下も明るく、心なしか空気までおいしいのではないか、とフレンゼンは嫉妬した。
「おお、フレンゼン、どうした?こんな場所で。誰に用だ?」
アンドレアス・ベッカー大尉は、体格に相応しい大きな笑顔でフレンゼンに声をかけた。
何か用か?とか、誰かに用か?ではなく、誰に用だ?とは、つまり用があるに違いない、経理課員が用もなく来てよい場所ではない、と暗に言っているようなものだ、と卑屈な考えが浮かんだ。
「大尉、すまないが君に相談したいことがあるんだ」
「俺に?」
感情などいくらでもコントロールできるはずの軍令部員が、途端に表情を曇らせたのは、迷惑であることを主張するためだろう。
「ああ。シュミット少佐について」
「廊下でする話ではなさそうだな」
ベッカーは、視線の動きだけで付いてこいとフレンゼンに伝えると、軍令部に入ってすぐの小部屋の扉を開いた。
フレンゼンが中に入るなり、自分は窓側の椅子に腰掛け、また視線だけで扉を閉めるよう促し、
「で?」とだけ口にした。
定年を超えていること、それに反して腕が上がっているらしいこと、案件数が増えていることなどについて話しても、
「少佐は特別だからな」と特に関心を示さなかった。
「ただ、経費精算をまったくしなくなったことは、不可解じゃないか」
「以前は?」
「ほぼ毎月だ。少なくとも二ヶ月ごとには」
現場に常駐している、あるいは特殊な任務に就いている人員は、本部勤めとは異なり、経費精算だけでなく、報告書や必要書類の提出などが滞っても問題視はされないのが普通だ。しかしシュミット少佐は、そうした軍人の中では珍しく几帳面にそうした事務処理を行っていたのだ。
「何か、問題を抱えているのかも知れないな」
ベッカーの表情はますます暗くなった。少佐のことを心配しているだけだとしたら、善良な人柄ということだが、厄介ごとを聞かされた、というのが本心だろう。
「で、どうして俺に?」
二つの意味の質問であることを、フレンゼンは察した。多少なりとも語り合うに足る人物であると思ってもらうために、聞き返さずに答えることにした。
「総務部から軍令部への正式な問い合わせにして、万が一にも、少佐にとって不利になってはいけないと考えた。単なる経費精算の遅れなどではなく、困難な事情に直面していたら、と思うと……」
「それは考え過ぎというものだ。先ほども言ったが、シュミット少佐は特別だ。それは総務部の人間が考える以上に。想像し得るどんな事情があったとしても、少佐は我が軍の至宝だ。反逆行為でもない限りは、解決に協力することはあっても、罰せられるようなことはないさ」
「そうか、それなら安心した」
「少なくとも表向きはな」
「どういう意味だ?」
「やっかんでいるヤツはいくらでもいるだろうさ。それに、少佐だって聖人君子じゃない。個人的に嫌っているヤツもいないわけではない。皇国にとって絶対に必要な英雄であっても、いてほしくないと思う人間くらいいるのが自然というものだ」
「まあ、一般論としては理解できる」
ベッカーは、ふっと笑った。
「それにしても、少佐は人気者だ。こうして総務部の人間にまで心配してもらえるんだからな」
「総務部の人間にとっても少佐は特別だ」
「そうか。それは悪かった。で、どうして俺なんだ?」
もう一つの質問だ。ベッカーの表情は、まるでこちらの方が重要な質問であるような印象だった。
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