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29 不名誉な光景
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状況開始から四時間、エイナルは、スタート地点まで戻って来ていた。
小型四輪に乗っている間に、少しは冷静になっていた。どうやら騙されたことは確かだったが、どこからどこまでが嘘なのか、何のためにこんな目に合されたのか、詳細は想像もつかなかった。
そっと、バルブへ向かう通路が見える場所に身を隠した。
通路の出入口付近は厳戒態勢で、人々が行き来していた。全員がATSを着用し、火器を持っている。
ドームは密閉空間だ。銃器は絶対に使用できないことになっていた。彼も、そんな物騒な代物は、インターネットやドラマの中でしか見たことがなかった。
彼らが背負っているのはスペア・ラングだろうか。どうもVGが薄くなって外が安全になったというのは、まったくの嘘だったようだ。あの薬を飲んでおいてよかった。
しかし、なぜ、隣のドームの人たちが、自分たちを襲うのだろうか、と考えた時、彼は急に息苦しさを覚えた。
あれ、どうしたのだろうと思った直後、エイナル・・ヘンリクセンはその場に倒れた。
状況開始から五時間、本部は何度か移動され、ほぼドームの中央に移っていた。
「もし無事なら、レオシュたちが隣のドームに到着する頃ですね」
どうしてもその可能性を捨てられないルジェーナが、わざわざそう言った。
「えっ」と意外そうな声を出したのはマレットだった。
「あら、キュテリアさんは知らなかったの?」
コルノーは、楽しいことを見つけたような表情だった。
「隣のドームなどないよ」
ビューレンは、さすがに言いにくそうだった。
「キュテリアさん、正確に言うと、隣のドームは誰も住めないようになっているんです」
「えっ?」
「もう百年以上も前に、蓋壁が経年劣化によって壊れて、いまは廃墟になっています。私は、てっきり知っているものだと……」
「騙したんですね」
ルジェーナのその言葉は、ビューレンに向けられたが、答えたのはコルノーだった。
「人聞きが悪いわね。あなたのためを思って、黙っていただけじゃないの」
「どういう意味ですか?」
「キュテリア、もし隣のドームが廃墟になっていると知っていたら、冷静に彼らを送り出すことができたか?」
「それは……」
「ほら。だから黙っていたのよ」
堪らず、ルジェーナは部屋を飛び出して行った。
「キュテリアさん」
マレットは彼女を呼び止めようとしたが、ビューレンが、
「放っておけ。そんな状況じゃない」と制止し、続けて、
「各部隊、現状を報告しろ」と命令を下した。
ドーム内の気圧は、外圧よりも高く保たれているため、バルブが開放された直後には、外気の流入はなかった。しかし少しずつ内外の気圧が平衡状態になると、自然にVGがドームに入り込んで来た。そこからは、VGによる犠牲者は拡大する一方だったので、拠点の制圧も徐々に容易になっていった。ビューレンのこの命令の時点で、予定していた地点は、ほぼ制圧し終えていた。
その中には、このドーム全体のためのピュアリティを管理するコントロール・センターも、もちろん含まれていた。制圧時、ピュアリティはユージュアル・モードだった。つまり、外気と内気を少しずつ交換するために、その機能を使っていた。計画の最終段階までは、この状態が維持される。
何も言わず、突然倒れる者。苦しみもがいて、転げ回る者。周囲の人々に助けを求める者。叫び声を上げて走り出す者。惨劇を目のあたりにしてショック死する者。死者を悼む者。天を見上げて祈る者。そして自宅でじっと、文字通り息を殺す者。その光景は、まさに阿鼻叫喚だった。血が流れていないことが、かえって不気味なくらいだ。
VGとは、一体何なのだろう、とルジェーナは今さらながら思わずにはいられなかった。病原菌のようなものが存在するのかどうかさえ定かではないこのガスは、どうして発生するようになったのか。どうしてあらゆる動物を死に至らしめるのか。動物がいないことには、生き残れない植物もあっただろうに。
小型四輪に乗っている間に、少しは冷静になっていた。どうやら騙されたことは確かだったが、どこからどこまでが嘘なのか、何のためにこんな目に合されたのか、詳細は想像もつかなかった。
そっと、バルブへ向かう通路が見える場所に身を隠した。
通路の出入口付近は厳戒態勢で、人々が行き来していた。全員がATSを着用し、火器を持っている。
ドームは密閉空間だ。銃器は絶対に使用できないことになっていた。彼も、そんな物騒な代物は、インターネットやドラマの中でしか見たことがなかった。
彼らが背負っているのはスペア・ラングだろうか。どうもVGが薄くなって外が安全になったというのは、まったくの嘘だったようだ。あの薬を飲んでおいてよかった。
しかし、なぜ、隣のドームの人たちが、自分たちを襲うのだろうか、と考えた時、彼は急に息苦しさを覚えた。
あれ、どうしたのだろうと思った直後、エイナル・・ヘンリクセンはその場に倒れた。
状況開始から五時間、本部は何度か移動され、ほぼドームの中央に移っていた。
「もし無事なら、レオシュたちが隣のドームに到着する頃ですね」
どうしてもその可能性を捨てられないルジェーナが、わざわざそう言った。
「えっ」と意外そうな声を出したのはマレットだった。
「あら、キュテリアさんは知らなかったの?」
コルノーは、楽しいことを見つけたような表情だった。
「隣のドームなどないよ」
ビューレンは、さすがに言いにくそうだった。
「キュテリアさん、正確に言うと、隣のドームは誰も住めないようになっているんです」
「えっ?」
「もう百年以上も前に、蓋壁が経年劣化によって壊れて、いまは廃墟になっています。私は、てっきり知っているものだと……」
「騙したんですね」
ルジェーナのその言葉は、ビューレンに向けられたが、答えたのはコルノーだった。
「人聞きが悪いわね。あなたのためを思って、黙っていただけじゃないの」
「どういう意味ですか?」
「キュテリア、もし隣のドームが廃墟になっていると知っていたら、冷静に彼らを送り出すことができたか?」
「それは……」
「ほら。だから黙っていたのよ」
堪らず、ルジェーナは部屋を飛び出して行った。
「キュテリアさん」
マレットは彼女を呼び止めようとしたが、ビューレンが、
「放っておけ。そんな状況じゃない」と制止し、続けて、
「各部隊、現状を報告しろ」と命令を下した。
ドーム内の気圧は、外圧よりも高く保たれているため、バルブが開放された直後には、外気の流入はなかった。しかし少しずつ内外の気圧が平衡状態になると、自然にVGがドームに入り込んで来た。そこからは、VGによる犠牲者は拡大する一方だったので、拠点の制圧も徐々に容易になっていった。ビューレンのこの命令の時点で、予定していた地点は、ほぼ制圧し終えていた。
その中には、このドーム全体のためのピュアリティを管理するコントロール・センターも、もちろん含まれていた。制圧時、ピュアリティはユージュアル・モードだった。つまり、外気と内気を少しずつ交換するために、その機能を使っていた。計画の最終段階までは、この状態が維持される。
何も言わず、突然倒れる者。苦しみもがいて、転げ回る者。周囲の人々に助けを求める者。叫び声を上げて走り出す者。惨劇を目のあたりにしてショック死する者。死者を悼む者。天を見上げて祈る者。そして自宅でじっと、文字通り息を殺す者。その光景は、まさに阿鼻叫喚だった。血が流れていないことが、かえって不気味なくらいだ。
VGとは、一体何なのだろう、とルジェーナは今さらながら思わずにはいられなかった。病原菌のようなものが存在するのかどうかさえ定かではないこのガスは、どうして発生するようになったのか。どうしてあらゆる動物を死に至らしめるのか。動物がいないことには、生き残れない植物もあっただろうに。
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