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28 不道徳な時間
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当日、すでに約束の時間は過ぎていた。
「遅いな」
ビューレンも、今日は指揮所ではなく現場に出て来ていた。
「本当に来るんでしょうね?」
「コルノーさん、我々に選択肢はないわけですから、信じて待ちましょう」
マレットの言う通りだ。コルノーは、文句を言うことが自分の仕事だとでも考えているのだろうか。
「もう二十分よ」
その時、彼女の言葉に抗するように、サイレンのような警報音が鳴った。
「来たようですね」
「そのようね、マレットさん」
「ライトを点けてください」
ルジェーナが、スタッフに指示を出した。
光に向かって、レオシュが通路から飛び出して来た。
「レオシュ、こっちよ」
ルジェーナたちは急がなければならなかった。
VGの濃度は文字通り殺人的だ。即死の可能性もある。ドームの中から見えるような場所で倒れるようなことがあれば、それこそパニックが起きる。
自分たちのスタッフにも同じようなことが考えられる。開閉口を確保して、中に乗り込んでからなら、もう覚悟も何もないだろうが、まだ端緒で、生身の若者の死を見せられては、計画の進行に影響が出るのは必至だ。
「ルジェーナ、やっと会えた」
彼女は、少年の手を取った。
それが、状況開始の合図だった。ATSを着用した人間たちが、次から次へと通路へ姿を消して行った。
すれ違うようにして、少女が一人出て来た。
「ルジェーナさんですね。こんにちは。わたし、レオシュの友だちで、二コーラ・アトリーと言います」
「こんにちは」
早く全員が出て来ないか、ルジェーナはそればかりが気になっていた。
続いて少女が三人、少年が二人、通路から現れた。
「ルジェーナ、実は一人来てなくて。だからこれで全部なんだ」
「そう、分かったわ。それじゃあ、こっちに来て」
ルジェーナは、もう泣き出しそうだった。
もう直ぐ、この少年たちは死ぬ。万に一つもルジェーナと同じ特異体質である可能性はない。
卑怯なのは承知していたが、目の前で死なれるのだけは、どうしても避けたい。
「急いで、レオシュ」
「うん」
「これ、みんなで飲んで」
歩きながら、プラスチック・ケースを渡した。
「何これ?」
「調整剤よ。安全だと言っても、外の環境はドームの中とまったく違うから、適応しやすいようにする薬」
それはそれはVGの吸収を緩やかにする薬だった。もちろん個人差はあるものの、これを服用すれば、多少の時間は無事でいられる。
ルジェーナは、この薬の効果は気休め程度だと聞いていたが、何とか隣のドームまで持ってくれ、そうすればもしかすると助かることもあるのではないか、と思っていた。その気持ちも、自分の罪悪感を軽減させるためであると、彼女は分かってはいたが。
レオシュは、グレーの小さな円筒形のプラスチック・ケースを振って、
「ありがとう」と言った。
「小型四輪はあそこだから、早く行って」
「ああ、それじゃあ、またね」
その少年の言葉に、彼女は返答できなかった。もう、彼の目を正視する気力さえもなかったのだ。
ルジェーナは、レオシュたちに背を向けて、いよいよ、ドーム内に向かった。
ビューレンたちが最初に占拠したのは、シフノス町の役所だった。
役所とは、一般的にその町で最も堅牢に造られている。それに反して中にいる人間の精神は、危機に対して最も脆弱なのが常だ。その仕えるべき住民や町そのものよりも、自分の所属する組織を、そしてそれよりも遙かに自分自身の保身を考える連中で満ちている。もちろん、例外があることを示す人々もいるだろうが、その割合がほかの組織の比ではないほどに低い。
ほぼ無抵抗で役所を占拠すると、そこを本部として、政治や治安、報道の中枢を占拠していく計画だ。
作戦の参加者は約二千人。すべての施設を人海戦術で占拠した上で維持していくのは難しい。制圧すべきは人ではなく、武器、武器になり得る機械類とシステム、そしてそれらが納められた建物だった。
主要な建物に突入すると、無作為に人質を選び、銃を突きつけてシステム室と責任者のところへ案内させる。もちろん夜間であったので、最高責任者は帰宅してしまっている箇所も多かったが、制圧予定の場所は、誰かしら高位の者がいた。
警備員など全員の武装を解除させ、責任者とシステム運用に必要な人間を残して、建物外に解放する。武装と言っても、警棒の類や電気ショックを与える物くらいだったので、銃器の敵ではなかった。
ほとんどの場所で抵抗らしい抵抗はなかった。それでも激しく抵抗する人間は、容赦なく射殺した。彼らには時間がなかったのだ。
「遅いな」
ビューレンも、今日は指揮所ではなく現場に出て来ていた。
「本当に来るんでしょうね?」
「コルノーさん、我々に選択肢はないわけですから、信じて待ちましょう」
マレットの言う通りだ。コルノーは、文句を言うことが自分の仕事だとでも考えているのだろうか。
「もう二十分よ」
その時、彼女の言葉に抗するように、サイレンのような警報音が鳴った。
「来たようですね」
「そのようね、マレットさん」
「ライトを点けてください」
ルジェーナが、スタッフに指示を出した。
光に向かって、レオシュが通路から飛び出して来た。
「レオシュ、こっちよ」
ルジェーナたちは急がなければならなかった。
VGの濃度は文字通り殺人的だ。即死の可能性もある。ドームの中から見えるような場所で倒れるようなことがあれば、それこそパニックが起きる。
自分たちのスタッフにも同じようなことが考えられる。開閉口を確保して、中に乗り込んでからなら、もう覚悟も何もないだろうが、まだ端緒で、生身の若者の死を見せられては、計画の進行に影響が出るのは必至だ。
「ルジェーナ、やっと会えた」
彼女は、少年の手を取った。
それが、状況開始の合図だった。ATSを着用した人間たちが、次から次へと通路へ姿を消して行った。
すれ違うようにして、少女が一人出て来た。
「ルジェーナさんですね。こんにちは。わたし、レオシュの友だちで、二コーラ・アトリーと言います」
「こんにちは」
早く全員が出て来ないか、ルジェーナはそればかりが気になっていた。
続いて少女が三人、少年が二人、通路から現れた。
「ルジェーナ、実は一人来てなくて。だからこれで全部なんだ」
「そう、分かったわ。それじゃあ、こっちに来て」
ルジェーナは、もう泣き出しそうだった。
もう直ぐ、この少年たちは死ぬ。万に一つもルジェーナと同じ特異体質である可能性はない。
卑怯なのは承知していたが、目の前で死なれるのだけは、どうしても避けたい。
「急いで、レオシュ」
「うん」
「これ、みんなで飲んで」
歩きながら、プラスチック・ケースを渡した。
「何これ?」
「調整剤よ。安全だと言っても、外の環境はドームの中とまったく違うから、適応しやすいようにする薬」
それはそれはVGの吸収を緩やかにする薬だった。もちろん個人差はあるものの、これを服用すれば、多少の時間は無事でいられる。
ルジェーナは、この薬の効果は気休め程度だと聞いていたが、何とか隣のドームまで持ってくれ、そうすればもしかすると助かることもあるのではないか、と思っていた。その気持ちも、自分の罪悪感を軽減させるためであると、彼女は分かってはいたが。
レオシュは、グレーの小さな円筒形のプラスチック・ケースを振って、
「ありがとう」と言った。
「小型四輪はあそこだから、早く行って」
「ああ、それじゃあ、またね」
その少年の言葉に、彼女は返答できなかった。もう、彼の目を正視する気力さえもなかったのだ。
ルジェーナは、レオシュたちに背を向けて、いよいよ、ドーム内に向かった。
ビューレンたちが最初に占拠したのは、シフノス町の役所だった。
役所とは、一般的にその町で最も堅牢に造られている。それに反して中にいる人間の精神は、危機に対して最も脆弱なのが常だ。その仕えるべき住民や町そのものよりも、自分の所属する組織を、そしてそれよりも遙かに自分自身の保身を考える連中で満ちている。もちろん、例外があることを示す人々もいるだろうが、その割合がほかの組織の比ではないほどに低い。
ほぼ無抵抗で役所を占拠すると、そこを本部として、政治や治安、報道の中枢を占拠していく計画だ。
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