スノードーム・リテラシー

棚引日向

文字の大きさ
上 下
28 / 34

28 不道徳な時間

しおりを挟む
 当日、すでに約束の時間は過ぎていた。
「遅いな」
 ビューレンも、今日は指揮所ではなく現場に出て来ていた。
「本当に来るんでしょうね?」
「コルノーさん、我々に選択肢はないわけですから、信じて待ちましょう」
 マレットの言う通りだ。コルノーは、文句を言うことが自分の仕事だとでも考えているのだろうか。
「もう二十分よ」
 その時、彼女の言葉に抗するように、サイレンのような警報音が鳴った。
「来たようですね」
「そのようね、マレットさん」
「ライトを点けてください」
 ルジェーナが、スタッフに指示を出した。
 光に向かって、レオシュが通路から飛び出して来た。
「レオシュ、こっちよ」
 ルジェーナたちは急がなければならなかった。
 VGの濃度は文字通り殺人的だ。即死の可能性もある。ドームの中から見えるような場所で倒れるようなことがあれば、それこそパニックが起きる。
 自分たちのスタッフにも同じようなことが考えられる。開閉口を確保して、中に乗り込んでからなら、もう覚悟も何もないだろうが、まだ端緒で、生身の若者の死を見せられては、計画の進行に影響が出るのは必至だ。
「ルジェーナ、やっと会えた」
 彼女は、少年の手を取った。
 それが、状況開始の合図だった。ATSを着用した人間たちが、次から次へと通路へ姿を消して行った。
 すれ違うようにして、少女が一人出て来た。
「ルジェーナさんですね。こんにちは。わたし、レオシュの友だちで、二コーラ・アトリーと言います」
「こんにちは」
 早く全員が出て来ないか、ルジェーナはそればかりが気になっていた。
 続いて少女が三人、少年が二人、通路から現れた。
「ルジェーナ、実は一人来てなくて。だからこれで全部なんだ」
「そう、分かったわ。それじゃあ、こっちに来て」
 ルジェーナは、もう泣き出しそうだった。
 もう直ぐ、この少年たちは死ぬ。万に一つもルジェーナと同じ特異体質である可能性はない。
 卑怯なのは承知していたが、目の前で死なれるのだけは、どうしても避けたい。
「急いで、レオシュ」
「うん」
「これ、みんなで飲んで」
 歩きながら、プラスチック・ケースを渡した。
「何これ?」
「調整剤よ。安全だと言っても、外の環境はドームの中とまったく違うから、適応しやすいようにする薬」
 それはそれはVGの吸収を緩やかにする薬だった。もちろん個人差はあるものの、これを服用すれば、多少の時間は無事でいられる。
 ルジェーナは、この薬の効果は気休め程度だと聞いていたが、何とか隣のドームまで持ってくれ、そうすればもしかすると助かることもあるのではないか、と思っていた。その気持ちも、自分の罪悪感を軽減させるためであると、彼女は分かってはいたが。
 レオシュは、グレーの小さな円筒形のプラスチック・ケースを振って、
「ありがとう」と言った。
「小型四輪はあそこだから、早く行って」
「ああ、それじゃあ、またね」
 その少年の言葉に、彼女は返答できなかった。もう、彼の目を正視する気力さえもなかったのだ。
 ルジェーナは、レオシュたちに背を向けて、いよいよ、ドーム内に向かった。


 ビューレンたちが最初に占拠したのは、シフノス町の役所だった。
 役所とは、一般的にその町で最も堅牢に造られている。それに反して中にいる人間の精神は、危機に対して最も脆弱なのが常だ。その仕えるべき住民や町そのものよりも、自分の所属する組織を、そしてそれよりも遙かに自分自身の保身を考える連中で満ちている。もちろん、例外があることを示す人々もいるだろうが、その割合がほかの組織の比ではないほどに低い。
 ほぼ無抵抗で役所を占拠すると、そこを本部として、政治や治安、報道の中枢を占拠していく計画だ。
 作戦の参加者は約二千人。すべての施設を人海戦術で占拠した上で維持していくのは難しい。制圧すべきは人ではなく、武器、武器になり得る機械類とシステム、そしてそれらが納められた建物だった。
 主要な建物に突入すると、無作為に人質を選び、銃を突きつけてシステム室と責任者のところへ案内させる。もちろん夜間であったので、最高責任者は帰宅してしまっている箇所も多かったが、制圧予定の場所は、誰かしら高位の者がいた。
 警備員など全員の武装を解除させ、責任者とシステム運用に必要な人間を残して、建物外に解放する。武装と言っても、警棒の類や電気ショックを与える物くらいだったので、銃器の敵ではなかった。
 ほとんどの場所で抵抗らしい抵抗はなかった。それでも激しく抵抗する人間は、容赦なく射殺した。彼らには時間がなかったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...