スノードーム・リテラシー

棚引日向

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25 不統一な意見

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 その会議室には、五人だけがいた。
 壁もテーブルやイスも、すべてが金属製で、機能的ではあるが温かみは感じられない。
 しばらく五人は黙ったままだった。すると、どこからか微かな機械音と空気の流れる音が聞こえて来る。密閉された空間独特の息苦しさが会議室を満たしていたのだが、そこにいる五人は、まったくそれを実感してない。
 同じ議論の繰り返しで、会議は無駄に長く続いていた。そして議論が一巡すると、決まって短い沈黙の時間が訪れる。
 議長役とも言えるホアン・ビューレンが、ほかの四人を順番に、そしてゆっくりと眺めるのも、この会議で何度目か。
「このままでは、我々は滅びてしまう」
 カスパル・バーリン、アロイス・マレット、ユリア・コルノーの三人が、それに頷くのも、もはや儀式のようになっている。
 自分たちが危機的な状況にあるという認識は、会議室の中だけでなく、それ以外の人々も含めた全員に共通のものだった。
「自分たちが生き延びるためには、ある程度の犠牲はやむを得ないと思います」
 ダークスーツに均整の取れた長身を包んだコルノーが、長くボリュームのあるブルネットの髪をかき上げながらそう言った。
「その通りだ」
 すかさずビューレンが、その体躯に相応しい毅然とした調子で宣言した。
「しかしこの場合、その犠牲が、ある程度と言えるものではないでしょう」
 苦々しい表情と口調で、バーリンが吐き捨てた。
「そうでしょうか」
「そうだよ、コルノーさん。数だけで言えば、我々よりも犠牲者の方が遙かに多くなる計算だろ?」
「確かにその通りですが、自分たちの命と、ほかの人たちの命は等価ではないでしょう?」
「しかし、その犠牲は、あまりにも大きい」
「そうです。そのような犠牲の上に生きていくことに、果たしてどれだけの人間の精神が耐えられるのか、私は不安です」
 年齢の割に白髪の目立つマレットが、バーリンに同意した。
「マレットさんは、私が無神経な人間だと言いたいようね」
「そんなことは言ってませんよ。私は、あなたもそのような暴挙には耐えられないと思っています」
「どういう意味?」
「今はあくまでも計画です。言ってみれば机上だけで人を殺している。しかし、実際に人がたくさん死んでしまったら、それを目の当たりにしたら、コルノーさんも冷静ではいられないでしょう?」
「そうね。私も冷静ではいられないでしょうね。しかし、遂行しなければならないという責任感の大きさによって、その恐ろしさにも対処できると考えています」
 言葉の最後で彼女は、ビューレンに顔を向けた。
「もちろん、できれば私もそんなことはしたくない」
「したくないなら、しなければいいんだ」
「バーリン、子供じみたなことを言わないでくれ」
「まあ、単にしなくて済むのなら、こんな議論も無用なんですけどね」
 マレットは、バーリンのことを憐れむように見た。
「いずれにせよ、我々の生命が何よりも優先されるのは当たり前でしょう」
「コルノーくんの言う通りだ」
「いや、私は他人の死と引き換えにしてまで生き延びようは思わない」
「まあ、偽善的な」
「何だと!」
「だって、そうでしょ。正当防衛とまでは言えないでしょうけど、緊急避難ではあると思います。自分と誰か、二人の内どちらか一人しか助かることができないのなら、自分の命を優先するのは、古今で認められてきた権利のはずよ」
「それは違う。我々がやろうとしているのは、安全なはずの人間を危険に陥れて、自分が助かるということじゃないか。二人のどちらが死ぬか分からない状況ではなく、自分たちが死ぬと決まっているのに、死神に懇願して、自分の代わりにあいつを連れて行ってくれ、と頼むようなものだろう。私は、そうまでして生き残りたいとは思えない、と言っているんだ」
「私も、そこが納得いかないんです。寝覚めの悪いどころではないでしょう」
「マレット、君はほかにどんな方法があると言うんだ?」
「確かに、これまで我々が考えた案は、ことごとく成果を出せなかった……」
「何度も言いますが、たとえ死神に魂を売ったとしても、それでも自分の命以上に大事なものなどないでしょう」
「コルノーさん、私は、魂を売り飛ばすくらいなら死を選びたいと思っているんだよ」
「バーリンさん、それが偽善だと言っているんです。いや、ご自身だけならいいでしょう。信念や誠実さのために、自らの命を賭すというのも美しいことかも知れない。称賛されて然るべき行為なのかも知れませんね。しかし、私たちに課せられたのは、大勢の生命です。自分だけの好悪で決めるわけにはいかないんです」
「交渉はもう無駄なのでしょうか」
 マレットは半分諦めた様子で、それでも一応という感じで質問した。
「そうだ、交渉を続けるべきだ」
 バーリンは、まだ可能性を信じているようだ。
「いや、我々はもう十分に交渉を行ってきた」
 ビューレンが溜め息をつく。
「もはや交渉の段階は過ぎた、というべきでしょう」
 コルノーの声は、なぜか自信に満ちていた。
「どういうことだ」と言いながらバーリンが立ち上がった。
 それと同時に、ビューレンも席を立ち、扉に向かった。
 扉を開けると、そこには兵士が四人控えていた。彼らに軽く頷くと、あらかじめ打ち合わせがなされていたのだろう。さっと会議室内に入ってきた。
「何だ、君たちは?」
 バーリンは、何かを察したのか厳しい声を発した。
 ビューレンとコルノーが目を合わせて頷くと、それが合図だった。兵士たちはバーリンを両脇から抱え、手早く拘束してしまった。
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