スノードーム・リテラシー

棚引日向

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24 不公平な最期

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 出発して二時間ほど経った頃、アンジェリカが手を挙げた。何かの合図のようだった。
 走りながら、エイナルが自分の小型四輪を彼女に寄せる。
「どうかしたの?」
「ちょっと気分が……」
「みんな、ちょっと待って」
 エイナルのそのかけ声で、全員が停車した。
「どうしたんだ?」
 ジェトゥリオが走り寄る。
「気分が悪いらしいです」
「ヘッドライドの明かりだけだから、顔色は良く分からないけど……」
 二コーラが、アンジェリカの額に自分の手を当ててみる。
「うっ」
 小さな、しかし切実な声を発して、アンジェリカが動かなくなった。
「アンジェリカ!」
 激しくエイナルがその体を揺すったが、反応はまったくなかった。
 彼女の胸に、二コーラが耳を着けてみたが、何も聞こえなかった。
 どうやら、アンジェリカ・デュナンは、その短い生涯を閉じたようだった。
「アンジェリカ!」
 エイナルがもう一度その名を呼んだ時、背後で、ガサっと音がした。
 ブシュラが倒れたのだ。
「ブシュラ、大丈夫か?」
 ジェトゥリオのその気遣いは、残念ながらブシュラに届かなかった。ブシュラ・カンデラがすでに息絶えていたからということもあるが、ジェトゥリオ自身が、彼女のところまで行き着けずに、倒れてしまったからだ。
「きゃあ、ジェトゥリオ!」
 その叫びを発した二コーラにしても、自分の声を最後まで聞けたかどうかは分からない。
「わあ!」
「ああ!」
 ジェトゥリオ・スルバランと二コーラ・アトリーの絶命を目の当たりにして、カルラとエイナルが同時に絶叫した。
「ああ、ええと……」
 レオシュは、目の前で起きたことを現実として受け入れることができないでいた。
 カルラが自分の小型四輪に戻り、始動させた。
「ぎゃあああ」という絶叫を残し、でたらめな方角へ走り去って行った。
 レオシュは、何気なくポケットの中のプラスチック・ケースを触って、ハッとした。
「もしかしたら、これを飲んだ方がいいんじゃない?」
 エイナルにそう問いかけてみた。彼はブツブツと何かを呟き続けながら、そのケースを奪い取ると、中から薬剤を取り出して口に放り込んだ。そして小型四輪をスタートさせ、来た方向へ帰っていった。
「待ってよ、エイナル」
 背中にそう叫んでも、彼は何の反応も示さなかった。
 レオシュは恐る恐る四つの遺体の死亡を再確認すると、先に進むことにした。
 エイナルが恐らくそうしたように、自分のドームに戻ることも考えた。戻ってルジェーナに会いたい気持ちももちろんあったが、それよりも一刻も早く誰かにこの状況を知らせたかった。
 例の調整剤を飲んだとはいえ、いつまでも外にいるのは危険な気がしていた。
 そして、自分のドームまでよりも、一時待機場所までの方がずいぶん近い。残りは一時間もないはずだ。

 レオシュは、泣きながら小型四輪を走らせた。
 四人が倒れた場所からすでに三時間、自分のドームからだと五時間が経過していた。しかし、約束の一時待機場所は見つけられなかった。
 ナビゲーション・システムは、まもなく目的地であることを示している。もうすぐルジェーナのドームに着いてしまう。

 月明かりもない暗闇に、巨大な建造物の影が見えた。外が真っ暗なだけではない。その建物の中も暗い。それもただの暗さではなく、光の欠片さえも感じられない黒さだ。
 レオシュは小型四輪の座席から降りた。
 闇の塊のようなドームは、半球形のはずなのだが、どうも歪んで見えた。
 ドームに歩み寄って、彼は愕然とした。境界があちらこちらで壊れて崩れていたのだ。
 レオシュは左右を見て、通れそうな穴からドーム内に入った。
 そこはまさに廃墟だった。ビルや家、道などがあるにはあったが、いつから打ち捨てられているのか分からないほど、長い間使われていない雰囲気だった。
 もちろん、人間の気配はまったく感じられない。生き物は植物だけだ。
「どういうことだよ」
 そう呟いた時、レオシュの頬に冷たい感触が走った。
 思わず見上げると、そこには境界はほとんどなく、ぽっかりと空が見えた。
 真っ黒な空を背景に、小さな、白い粉のようなものが舞っている。
「ああ、これが雪か……」
 レオシュは両方の手の平を広げて雪を受け止めてみた。皮膚に触れると同時に消えていく。
 その様子を見ていると、息が少しずつ苦しくなってきた。自分の吐き出す白い息が、勢いを失っていく。
 寒いせいかな、と一瞬だけ自分をごまかしてはみたが、そうはいかなかった。
「ルジェーナ」
 自分の肉体から意識が遠くに離れていくのを感じながら、レオシュ・エベールは、それでもルジェーナに会いたいと思っていた。
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