スノードーム・リテラシー

棚引日向

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23 不確実な安心

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 通路を出ると、いくつもの投光器が出口を照らしていた。安全だと聞かされていたからか、外だという違和感はなかった。
「レオシュ、こっちよ」
 初めて聞く声でも、それがルジェーナのものであることはすぐに分かった。
「ルジェーナ、やっと会えた」
 さすがに胸に飛び込む勇気はなかったが、軽く手を取り合った。
 その瞬間、次から次へと人々が通路に入っていった。投光器が眩しくて、その姿はシルエットでしかなかったが。
 一列縦隊で進むルジェーナの仲間たちとぶつかり合いながら、次に通路を出て来たのは二コーラだ。
「ルジェーナさんですね。こんにちは。わたし、レオシュの友だちで、二コーラ・アトリーと言います」
「こんにちは」
 一大事が始まった緊張のせいか、ルジェーナの返事は素っ気ない。
 十秒毎に、アンジェリカ、ブシュラ、カルラ、エイナル、そしてジェトゥリオが通路の外に姿を現した。
「ルジェーナ、実は一人来てなくて。だからこれで全部なんだ」
「そう、分かったわ。それじゃあ、こっちに来て」
 そう言うと、急ぎ足で先に行ってしまう。
「何だよ、あれ」
 レオシュから聞かされていたイメージと違っていたことを、ジェトゥリオが責める。
「急いで、レオシュ」
 ルジェーナは、レオシュ以外の人間を無視しているようだ。
「うん」
「これ、みんなで飲んで」
 急いで、ルジェーナに追いつくと、歩きながら渡されたのは、プラスチック・ケースだった。
「何これ?」
「調整剤よ。安全だと言っても、外の環境はドームの中とまったく違うから、適応しやすいようにする薬」
 グレーの小さな円筒形のプラスチック・ケースを振ると、中でカラカラと音がした。
「ありがとう」
「小型四輪はあそこだから、早く行って」
「ああ、それじゃあ、またね」
 挨拶も返さずに、ルジェーナは背を向けた。

「通路を入って行った連中、みんな武器を持っていたわね」
 ルジェーナが離れるのを待っていたカルラが、レオシュにそう囁いた。
「えっ?」
「その顔だと、知らなかったみたいね」
「それに、みんなATSを着ていたよ」
 エイナルもレオシュに近寄ってそう言った。
「それは……」
「考えるのは後だ。ここは物騒だから、とにかく一時待機場所とやらに向かおう。質問は、直接あっちの人間にしたらいい」
「そうね、ジェトゥリオ。一時待機場所へ急ぎましょう」
 二コーラも、レオシュの気持ちを察して、そして自分自身の不安を払拭するために、そう提案した。
「そうだね」
 レオシュは、そう応じるしかなかった。
 七人は、それぞれ小型四輪に乗り、そこに置かれた防寒用の丈の長い上着を羽織った。どうやら、運転方法はMRと大差ないようだ。
「あの、みんな、これ」
 レオシュがプラスチック・ケースを差し出すと、ジェトゥリオは顔を背けた。
「調整剤とかいうやつか」
「うん。外の環境に適応しやすくなるんだって」
「おれはいい」
「どうして?」
「呼吸も自然だし、特別な違和感もないから、薬は必要ないんじゃない?」
 カルラがそう言うと、ほかの五人が申し合わせたように頷いた。
 みんな、ルジェーナとその仲間たちのことを、どうも信頼できないのだろう、とレオシュは思った。
「そう……」
 レオシュだけがその錠剤を飲み下した。
「じゃあ、行こうか」
 そのジェトゥリオの合図で、全員がスタートした。

 小型四輪は軽快に走った。道らしい道はなかったが、それでもさほどの振動はなかった。目的地までは、およそ七十五キロメートル、二時間半ほどの行程だ。
 七人は少しずつ落ち着きを取り戻していた。明かりと言えば、七台分のヘッドライトだけだったが、それでも時折ライトの中に現れる、木々や草花。そしてその香り。初めて感じる外の空気。本物の風。
 レオシュは、爽やかという言葉の本当の意味を知った気がした。実際には冬の夜。爽やかと表現するには寒過ぎる季節と時間ではあったのだが。
「気持ちいいわね」
 二コーラが、コンソールの明かりに浮かぶ笑顔をほかの六人に向けながら、大声で言った。
「ああ、想像以上だな」
 ジェトゥリオが朗らかに応じる。
「わあ」
 エイナルが奇声を発したが、それが喜びから生じたものであることは、明らかだった。
「何よ、変な声なんか出して」
 カルラの指摘も、柔らかい声音だった。
「本当に気持ちいい」
 ほんの小さな声だったが、ブシュラがそう言ったのも、確かに聞こえた。
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