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「レオシュだけ?」
対して二コーラの声は一層大きくなった。
「うん」
「心細いわね……」
「それもそうだけど、バルブを開けっ放しにするには、一人じゃ駄目なんだ」
「分かった。わたしたちも一緒にドームを出る」
二コーラの言い方が、買い物にでも行くような、あまりにも気軽な調子だったので、一瞬、レオシュは、何を言われたのか理解できなかった。
「えっ?」
「おい、何言ってるんだよ、二コーラ」
ジェトゥリオの方は、すぐに発言の大きさを理解したようだった。
「どうして一人じゃ駄目なのか、まだ説明していないけど……」
レオシュは、間の抜けたことしか言えなかった。
「そんなの聞いても意味ないわ。だって必要なんでしょ。それより、レオシュが一人ぼっちなのが問題なのよ」
「二コーラ……」
レオシュは、彼女を利用しようとしている自分を、少しだけだが恥ずかしいと思った。
「だから、わたしたちもドームを出るの」
「自分が何を言っているのか、分かっているのか」
「分かってるわよ」
ジェトゥリオが慌てているのに反して、二コーラは平然としたものだ。
「ドームの外に出るんだぞ」
「そうよ」
「植物がいっぱいの外だぞ」
「そうよ。ねえ、それより、ジェトゥリオこそ何言ってるの?わたしだけじゃなくて、ジェトゥリオも一緒に行くのよ」
「えっ?」
「えっ?」
男たちは、声をそろえて驚きの声を上げた。
「何を驚いてるの?当たり前じゃない」
「おれも一緒に行くって。どうしてそうなるんだよ」
「友だちでしょ」
「友だちって……」
ジェトゥリオは、自分でもどんな顔をしていいのか決めかねているような表情をしていた。
「ジェトゥリオのことは、まあいいとして」
「まあいいとしてって何だよ」
まだ何か言いたそうなジェトゥリオを手で制して、二コーラは、
「レオシュ、三人で足りるの?」と尋ねた。
「いや、十人くらいは必要なんだけど……」
レオシュの声は消え入りそうだった。
「じゃあ、ほかの人にも声をかけてみましょう」
「ほかに誰を誘うんだよ」
自分のことは観念したのか、ジェトゥリオがそう質問した。
「まだ考えてないけど……」
「おいおい……」
「あんまりいろんな人に話すと、そこから計画が発覚するかも知れないから、注意してもらわないと駄目だよ」
誰にも話せなかったにもかかわらず、今度は広がり過ぎることを恐れている違和感を、レオシュは自覚できていなかった。
「分かってる」
「おれたちだって、大して友だちが多いわけでもないしな」
「そうだ。いいこと思いついた」
「何だよ」
「心当たりがあるの。いいから任せておいて」
「任せるって……」
ジェトゥリオは不満そうだ。
「いいでしょ?レオシュ」
「ぼくはいいけど」
レオシュは、ちらっとジェトゥリオの方に目をやった。
「ああ、そうだ。何で十人必要なの?」
「そんなの聞いても、意味がないんじゃなかったのか?」
ジェトゥリオは、二コーラを心配しているのか、あるいは展開の早さに不安を感じているのか。
「わたしはいいけど、みんなを説得するには必要だもの」
レオシュは、
「なるほど」と言って、バルブから通路にかけての構造や、そこを開けっ放しにするための計画を説明した。
翌日の放課後、自然研究部のクラブルームには、二十人ほどの部員が集まっていた。大した活動もしていない割には、いつもほぼ全員が出席しているこの部は、きっと居心地がいいのだろう。出席していないのは、レオシュのような幽霊部員だけだ。
自然研究とは、まさに自然を研究することなのだが、実際にはドームの住民が、自然に触れることは、もちろんできない。海や川、雨や雪、海草や樹木など、あらゆる自然は資料の中にしか存在しないのだ。
自然そのものだけではなく、それらとともに生きていた昔の人々の暮らしを想像し、風習や文化といった生活様式をも考察する、というのが活動主旨だ。書いてしまうと堅苦しそうだが、正解があるわけでもないので、想像の占める割合が大きい。また目標といっても、年に一度の研究発表くらいなので、当然、自由な雰囲気の中、脱線気味のお喋りが活動の主なものだった。
「みんな、ちょっと聞いてくれる?」
二コーラのその急な発言で、ジェトゥリオを除いた全員が彼女に注目した。
「なあに?」と、ヘルタ・ホガースが気軽な調子で聞いた。
ヘルタは、二コーラやジェトゥリオとクラスは違うが、同級で、二コーラと話すことが多い女子生徒だった。体格のよさから想像される通りの快活な性格で、いつも周囲に人が集まる人柄だ。
「あのね、協力してほしいことがあるの」
二コーラでも話しにくいってことがあるんだな、とジェトゥリオは思った。
「だから、なあに?」
今度は、いつも理論的で、みんなから一目置かれているカルラ・アサーニャが、緩いウェーブのかかった自慢の長い髪を指に絡めながら聞いた。彼女も二コーラたちと同級だ。
「実は、みんなで一緒にドームを飛び出してほしいの」
いろいろと話す順番などを考えて、最も説得力のある言い方は何か、と昨晩悩んでいた二コーラだったが、実際には、レオシュと同じことになってしまった。
「境界の外は、もう安全なんだそうだ。VGの濃度は人間に影響のないほどの低さになっているらしい」
まだ納得しているわけではなかったが、二コーラが困っているのを見ると、ジェトゥリオは助け舟を出さずにはいられない。みんなの視線が、今度は彼へ一斉に向けられた。
その言葉に頷くと、ようやく冷静になった二コーラが、一呼吸置いて言葉を継いだ。
「そうなの。境界の外は安全になった。でもね、ドームの中にいるままだと、とっても危険なの。わたしも昨日聞いたばかりで驚いてるんだけど、本当の話よ。順番に話すわね」
対して二コーラの声は一層大きくなった。
「うん」
「心細いわね……」
「それもそうだけど、バルブを開けっ放しにするには、一人じゃ駄目なんだ」
「分かった。わたしたちも一緒にドームを出る」
二コーラの言い方が、買い物にでも行くような、あまりにも気軽な調子だったので、一瞬、レオシュは、何を言われたのか理解できなかった。
「えっ?」
「おい、何言ってるんだよ、二コーラ」
ジェトゥリオの方は、すぐに発言の大きさを理解したようだった。
「どうして一人じゃ駄目なのか、まだ説明していないけど……」
レオシュは、間の抜けたことしか言えなかった。
「そんなの聞いても意味ないわ。だって必要なんでしょ。それより、レオシュが一人ぼっちなのが問題なのよ」
「二コーラ……」
レオシュは、彼女を利用しようとしている自分を、少しだけだが恥ずかしいと思った。
「だから、わたしたちもドームを出るの」
「自分が何を言っているのか、分かっているのか」
「分かってるわよ」
ジェトゥリオが慌てているのに反して、二コーラは平然としたものだ。
「ドームの外に出るんだぞ」
「そうよ」
「植物がいっぱいの外だぞ」
「そうよ。ねえ、それより、ジェトゥリオこそ何言ってるの?わたしだけじゃなくて、ジェトゥリオも一緒に行くのよ」
「えっ?」
「えっ?」
男たちは、声をそろえて驚きの声を上げた。
「何を驚いてるの?当たり前じゃない」
「おれも一緒に行くって。どうしてそうなるんだよ」
「友だちでしょ」
「友だちって……」
ジェトゥリオは、自分でもどんな顔をしていいのか決めかねているような表情をしていた。
「ジェトゥリオのことは、まあいいとして」
「まあいいとしてって何だよ」
まだ何か言いたそうなジェトゥリオを手で制して、二コーラは、
「レオシュ、三人で足りるの?」と尋ねた。
「いや、十人くらいは必要なんだけど……」
レオシュの声は消え入りそうだった。
「じゃあ、ほかの人にも声をかけてみましょう」
「ほかに誰を誘うんだよ」
自分のことは観念したのか、ジェトゥリオがそう質問した。
「まだ考えてないけど……」
「おいおい……」
「あんまりいろんな人に話すと、そこから計画が発覚するかも知れないから、注意してもらわないと駄目だよ」
誰にも話せなかったにもかかわらず、今度は広がり過ぎることを恐れている違和感を、レオシュは自覚できていなかった。
「分かってる」
「おれたちだって、大して友だちが多いわけでもないしな」
「そうだ。いいこと思いついた」
「何だよ」
「心当たりがあるの。いいから任せておいて」
「任せるって……」
ジェトゥリオは不満そうだ。
「いいでしょ?レオシュ」
「ぼくはいいけど」
レオシュは、ちらっとジェトゥリオの方に目をやった。
「ああ、そうだ。何で十人必要なの?」
「そんなの聞いても、意味がないんじゃなかったのか?」
ジェトゥリオは、二コーラを心配しているのか、あるいは展開の早さに不安を感じているのか。
「わたしはいいけど、みんなを説得するには必要だもの」
レオシュは、
「なるほど」と言って、バルブから通路にかけての構造や、そこを開けっ放しにするための計画を説明した。
翌日の放課後、自然研究部のクラブルームには、二十人ほどの部員が集まっていた。大した活動もしていない割には、いつもほぼ全員が出席しているこの部は、きっと居心地がいいのだろう。出席していないのは、レオシュのような幽霊部員だけだ。
自然研究とは、まさに自然を研究することなのだが、実際にはドームの住民が、自然に触れることは、もちろんできない。海や川、雨や雪、海草や樹木など、あらゆる自然は資料の中にしか存在しないのだ。
自然そのものだけではなく、それらとともに生きていた昔の人々の暮らしを想像し、風習や文化といった生活様式をも考察する、というのが活動主旨だ。書いてしまうと堅苦しそうだが、正解があるわけでもないので、想像の占める割合が大きい。また目標といっても、年に一度の研究発表くらいなので、当然、自由な雰囲気の中、脱線気味のお喋りが活動の主なものだった。
「みんな、ちょっと聞いてくれる?」
二コーラのその急な発言で、ジェトゥリオを除いた全員が彼女に注目した。
「なあに?」と、ヘルタ・ホガースが気軽な調子で聞いた。
ヘルタは、二コーラやジェトゥリオとクラスは違うが、同級で、二コーラと話すことが多い女子生徒だった。体格のよさから想像される通りの快活な性格で、いつも周囲に人が集まる人柄だ。
「あのね、協力してほしいことがあるの」
二コーラでも話しにくいってことがあるんだな、とジェトゥリオは思った。
「だから、なあに?」
今度は、いつも理論的で、みんなから一目置かれているカルラ・アサーニャが、緩いウェーブのかかった自慢の長い髪を指に絡めながら聞いた。彼女も二コーラたちと同級だ。
「実は、みんなで一緒にドームを飛び出してほしいの」
いろいろと話す順番などを考えて、最も説得力のある言い方は何か、と昨晩悩んでいた二コーラだったが、実際には、レオシュと同じことになってしまった。
「境界の外は、もう安全なんだそうだ。VGの濃度は人間に影響のないほどの低さになっているらしい」
まだ納得しているわけではなかったが、二コーラが困っているのを見ると、ジェトゥリオは助け舟を出さずにはいられない。みんなの視線が、今度は彼へ一斉に向けられた。
その言葉に頷くと、ようやく冷静になった二コーラが、一呼吸置いて言葉を継いだ。
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