スノードーム・リテラシー

棚引日向

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10 不気味な錯覚

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【学者って、ルジェーナはぼくと同じくらいの年じゃないの?】
【レオシュは何歳?】
【十六歳】
【そう、それじゃあ、一つだけ私の方がお姉さんね】
【十七歳?】
【そうよ】
【で、人類学者?】
【そうよ。飛び級したから】
【飛び級って?】
【このドームには、飛び級がないの?勉強の進みが早かったら、ほかの人より先に、上の学年に進級するの】
【そんな制度があるんだ。ぼくたちは、どんなに勉強ができる人でも、ずっと一緒の学年だよ】
【それって、不公平じゃない?もうその項目が終わっちゃっても、ほかの人たちを待ってなきゃいけないなんて】
【まさか。そんな不合理なことするわけないよ。できる人は、どんどん先に進んじゃうし、できない人は、何度も何度も同じ項目をやるんだ。それでも、みんな同じ学年】
【個別指導ってこと?】
【まあ、そうだね。ルジェーナのドームでは違うの?】
【私たちは、みんな一斉に、同じものを勉強するの。それで、早くできちゃう人は、飛び級】
【じゃあ、ルジェーナは、とっても優秀ってことなんだ】
【そういうこと】
【それで、どのくらい飛び級したの?】
【十一学年よ】
【そりゃあ、本当に優秀だ】
【まあね】
 彼女は、胸を張って自慢するようなポーズを取った。
 それから、また真剣な顔つきに戻って、
【たとえ私が本当に優秀でも、若い学者には、説得力がない。どんなに根拠となる数字を示しても、権力者の思惑まではひっくり返せなかった】と、肩を落とした。
【危険な状態であることを理解してもらえないの?】
【何とか、危険だということは分かってもらえたけど、利害を超えるような必要性を持っているほど切迫しているとは考えていないみたい。それは為政者だけじゃなく、学会のお偉方も同じで、お嬢ちゃんが、自分たち以上の発見ができるわけがない、と最初から決めてかかっているから、はいはい、それは大変だねえ、って感じよ】
【ルジェーナ、苦労しているんだね】
 茶化したつもりはなかったが、彼女は少しムッとしたような表情になった。
【私のことより、人類の方が心配。このままのんびり構えていたら、取り返しのつかないことになる】
【ごめん】
 すると、ルジェーナは満面の笑みで、
【だから、レオシュに助けてほしいの】と、と手を合わせた。
【ぼくが、ルジェーナを助ける?できるわけないよ】
【そんなことない。レオシュにしかお願いできないの】
 ルジェーナの言葉に、レオシュはついつい期待が膨らんでしまうが、そこはなるべく冷静になって、
【そんなあ。ほんの二週間前に会ったばっかりなのに?】と、入力した。
【確かに、それはそうだけど、私が、助けてほしいから、じゃ駄目かな?】
 彼のような普通の少年には、美しい少女のそんな言葉があれば、どんなことをするのだとしても、理由としては十分だった。
 しかし実際には、わざと怒ったような表情を作って、
【分かったよ】と言った。
【ありがとう】
 彼女の笑顔まで加われば、もう何も要らなかった。
【でも、ひとつだけ聞いていい?】
【なあに?】
【ルジェーナのドームの偉い人が、言うことを聞いてくれないのは分かったけど、このドームの人たちはどうなのかな?】
 彼は何となく境界を見上げた。
【どういうこと?】
【正式に会談とかを申し込んで、状況を説明してみたらどうなの?】
【もちろん、まずは正規のルートで研究結果を提出してみたんだけど、駄目だった】
【駄目って?】
【隣接ドームの陰謀か何かだと思われたみたい】
【そんなあ】

 ルジェーナはレオシュに、かなり以前の出来事を詳しく書いてくれた。どうして隣のドームの提案を受け入れられないのか、どうして陰謀だなんて考えてしまうのか、その原因となった経緯を。

 別のドームとの連絡が意味をなくし、次第に人々はほかのドームを意識しなくなっていった。
 それぞれのドームは、それぞれのドームだけで存在するようになり、各ドームは完全に孤立した。
 孤立し、まるで自分たちのドームがポツンと世界に存在しているような気持ちになると、人間の存在しない周囲のことがより気になってくる。すべての方角に無限の空間が広がっているような不気味な錯覚に陥っていった。外に出てはいけないと思えば思うほど、外のことが気になっていったのだ。
 どこでも同じようなことはあったかも知れないが、ある事件が起きたのは、まさにこのドームで、だった。
 このドームの人間は、危険だとは分かっていても、宇宙服と同様のATS(Airtight Suit)を着た調査員を境界外に派遣せずにはいられなかった。
 当初は、何となくドームの周りを調べていただけだった。
 植物を調べ、土壌を調べ、大気を調べ、河川などを調べて、以前の資料のデータと変化がないか見比べていた。
 さしたる意図のない調査は、徐々に目的を求めるようになる。人々の興味は、少しずつ天然資源に集中していった。
 ATSは機動性に欠け、また調査員たちは体力を必要とする作業には不適格だった。高くなる一方の資源採取量の期待が、その事故を引き起こしたのかも知れない。
さらに、しばらく触れていなかったことで、ドーム外の空気に対する恐怖心が強くなっていたのだ。そのことが、小さな事故を大きな惨事につなげた可能性は否定できない。
「ああ、大変だ。ATSに穴が開いているぞ」
 穴を発見したその男は、自分のATSでもないのに、必要以上に狼狽えて、大きな声で、そう指摘した。
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