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08 不鮮明な感情
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【いつから?】
【いつからって?】
【いつから外が安全になったの?】
【さあ、正確にいつから安全になったのかは分かっていないけど、少しずつVGの濃度が減っていって、最近では、もう人間が自浄処理できる程度の薄さになったっていうこと】
【ルジェーナのドームでは、VGの濃度が分かるの?】
VGは、ドームが出来る前からの共通語だ。
【分かるわよ】
【それって、VGの正体を突き止めたってこと?】
【そうよVGの正体が判明したの、っていう台詞も、言いたい冗談の一つではあるけど、残念ながら、未だに判明はしていない】
【VGの濃度が分かるっていうのも嘘?】
【いいえ、そっちは本当】
【どうやって?】
【どうして分かるのかって?それは、もちろん動物実験よ。定期的に蓋壁の外に出して、観察するだけ】
【そんなに簡単なんだ】
レオシュは拍子抜けしたような気分だった。
【そう、書いてしまえば、こんな簡単なことだけど、実行するのは意外と大変。だって、どこのドームでも、ドームの外に出るのって、なかなか考えられないことだもの】
【でもルジェーナのドームでは、それを実行した】
【そういうこと】
【ルジェーナ以外にも、同じドームの人たちはたくさん外に出ているの?】
【たくさんとは言えないけど、まあ、ある程度の人数はね】
【でも、ルジェーナ以外の人を見たことないよ】
彼女が少しだけ躊躇ったように見えた。
【それは、私たちがみんな、ほかのドームに近寄ることを禁じられているから】
【禁じられているって?】
【もちろん、許された一部の人だけに限られてはいるけど、ドームの外を歩くのは構わない。でも、ほかのドームには近寄ってはいけないの。正確に言うと、ほかのドームの人たちに、ドーム外にいるのを見られてはいけないことになっている】
【でも、ルジェーナは、ぼくにこうして見られてるよ】
【そうね】
【どうして、そんなルールがあるの?】
【パニックが起こるから】
【パニック?】
【外が安全だと分かると、パニックが起こるから、そうした行為は禁じられているの】
【パニックが起こる?ぼくは別にパニックなんて起こしてないけど……】
【まあ、そういうことにして禁止しているって言った方が正解かな】
どういうことだか理解できずに、
【?】とだけ打ち込んで、彼は自分の頭をかいた。
【つまりは、実際にパニックが起こるなんて、禁止する方でも思っていないわけ】
【じゃあ、どうしてほかのドームに近寄ることを禁止しているの?】
【自分たちを守るためでもない。ほかのドームの人たちを守るためでもない。単なる打算が生んだルールなのよ。そりゃあ、外が安全だって急に分かったら、びっくりするし、騒ぎにはなるだろうけど、だからって、それで危険なことになるとは考えにくい】
【そんなこと書いて平気?秘密なんじゃないの?】
重大な機密事項を知ってしまったようで、レオシュは急に不安になった。
【いいの、いいの。その禁を破って、こうして別のドームの人に見つかっちゃってるんだから】と書いて、彼女は大きな笑顔を見せた。
レオシュは何だかうれしくなってきた。
ルジェーナが続けた。
【自分たちのドームを有利な立場に置いておきたいって、為政者たちが考えているんだと思うの】
【自分たちだけで、外で好き勝手しようってこと?】
【そういうこと。この何百年間、外は手つかずでしょ。燃料やら貴金属やら、今なら採りたい放題だもの】
【なるほど】
【ひどいや】と、とっさに言ってから、レオシュは彼女のことも責めていると思われはしないかと、
【ごめん。ルジェーナのことじゃないよ】と言い添えた。
【いいのよ。レオシュの言う通り、本当にひどいんだから。それに私も、間違いなく、そのひどい人たちの一員なんだし】
苦しそうな表情の彼女を見て、レオシュは、話題を変えなくては、と焦った。
【でも、ルジェーナ、どうして、ここに来たの?】
彼女は、もっと苦しそうな、困ったような表情になった。髪を直しながら、視線が逸れていった。
レオシュは何もできずに、ただ彼女の視線の先を追った。
模造品ではない本物の針葉樹が、枝々についた無数の葉を、静かに揺らしていた。そこには風があるに違いない。彼は、もちろん自然の風を知らなかった。ドームの中にも人工的に起こされる風は存在するが、それと自然のものでは、どのように違うのだろう。きっと気持ちがいいのだろうな、と思った。
【迷ってしまったの。そうしている内に、このドームまで来てしまって】
長い沈黙の後に、ルジェーナは、そっとそう言った。
彼は、嘘に違いないと感じた。
【じゃあ、何度も来たのはどうして?】
レオシュは彼女のことを責めたかったわけではない。ただ、自分が期待している言葉が、その先にあるような気がしていたのだ。
【前々から、ほかのドームに興味があったの。そこに住んでいる人にもね。禁止されていることもそうだけど、一度見たら、自分の興味を止められないような気がしていて、だから、絶対に近寄らないようにしてきた。でも、見ちゃったら、もう、ほかのドームってどうなんだろうっていう気持ちが大きくなって】
たまたま会っただけなのだから、もちろん、自分でなくてもよかったのだ。
【いつからって?】
【いつから外が安全になったの?】
【さあ、正確にいつから安全になったのかは分かっていないけど、少しずつVGの濃度が減っていって、最近では、もう人間が自浄処理できる程度の薄さになったっていうこと】
【ルジェーナのドームでは、VGの濃度が分かるの?】
VGは、ドームが出来る前からの共通語だ。
【分かるわよ】
【それって、VGの正体を突き止めたってこと?】
【そうよVGの正体が判明したの、っていう台詞も、言いたい冗談の一つではあるけど、残念ながら、未だに判明はしていない】
【VGの濃度が分かるっていうのも嘘?】
【いいえ、そっちは本当】
【どうやって?】
【どうして分かるのかって?それは、もちろん動物実験よ。定期的に蓋壁の外に出して、観察するだけ】
【そんなに簡単なんだ】
レオシュは拍子抜けしたような気分だった。
【そう、書いてしまえば、こんな簡単なことだけど、実行するのは意外と大変。だって、どこのドームでも、ドームの外に出るのって、なかなか考えられないことだもの】
【でもルジェーナのドームでは、それを実行した】
【そういうこと】
【ルジェーナ以外にも、同じドームの人たちはたくさん外に出ているの?】
【たくさんとは言えないけど、まあ、ある程度の人数はね】
【でも、ルジェーナ以外の人を見たことないよ】
彼女が少しだけ躊躇ったように見えた。
【それは、私たちがみんな、ほかのドームに近寄ることを禁じられているから】
【禁じられているって?】
【もちろん、許された一部の人だけに限られてはいるけど、ドームの外を歩くのは構わない。でも、ほかのドームには近寄ってはいけないの。正確に言うと、ほかのドームの人たちに、ドーム外にいるのを見られてはいけないことになっている】
【でも、ルジェーナは、ぼくにこうして見られてるよ】
【そうね】
【どうして、そんなルールがあるの?】
【パニックが起こるから】
【パニック?】
【外が安全だと分かると、パニックが起こるから、そうした行為は禁じられているの】
【パニックが起こる?ぼくは別にパニックなんて起こしてないけど……】
【まあ、そういうことにして禁止しているって言った方が正解かな】
どういうことだか理解できずに、
【?】とだけ打ち込んで、彼は自分の頭をかいた。
【つまりは、実際にパニックが起こるなんて、禁止する方でも思っていないわけ】
【じゃあ、どうしてほかのドームに近寄ることを禁止しているの?】
【自分たちを守るためでもない。ほかのドームの人たちを守るためでもない。単なる打算が生んだルールなのよ。そりゃあ、外が安全だって急に分かったら、びっくりするし、騒ぎにはなるだろうけど、だからって、それで危険なことになるとは考えにくい】
【そんなこと書いて平気?秘密なんじゃないの?】
重大な機密事項を知ってしまったようで、レオシュは急に不安になった。
【いいの、いいの。その禁を破って、こうして別のドームの人に見つかっちゃってるんだから】と書いて、彼女は大きな笑顔を見せた。
レオシュは何だかうれしくなってきた。
ルジェーナが続けた。
【自分たちのドームを有利な立場に置いておきたいって、為政者たちが考えているんだと思うの】
【自分たちだけで、外で好き勝手しようってこと?】
【そういうこと。この何百年間、外は手つかずでしょ。燃料やら貴金属やら、今なら採りたい放題だもの】
【なるほど】
【ひどいや】と、とっさに言ってから、レオシュは彼女のことも責めていると思われはしないかと、
【ごめん。ルジェーナのことじゃないよ】と言い添えた。
【いいのよ。レオシュの言う通り、本当にひどいんだから。それに私も、間違いなく、そのひどい人たちの一員なんだし】
苦しそうな表情の彼女を見て、レオシュは、話題を変えなくては、と焦った。
【でも、ルジェーナ、どうして、ここに来たの?】
彼女は、もっと苦しそうな、困ったような表情になった。髪を直しながら、視線が逸れていった。
レオシュは何もできずに、ただ彼女の視線の先を追った。
模造品ではない本物の針葉樹が、枝々についた無数の葉を、静かに揺らしていた。そこには風があるに違いない。彼は、もちろん自然の風を知らなかった。ドームの中にも人工的に起こされる風は存在するが、それと自然のものでは、どのように違うのだろう。きっと気持ちがいいのだろうな、と思った。
【迷ってしまったの。そうしている内に、このドームまで来てしまって】
長い沈黙の後に、ルジェーナは、そっとそう言った。
彼は、嘘に違いないと感じた。
【じゃあ、何度も来たのはどうして?】
レオシュは彼女のことを責めたかったわけではない。ただ、自分が期待している言葉が、その先にあるような気がしていたのだ。
【前々から、ほかのドームに興味があったの。そこに住んでいる人にもね。禁止されていることもそうだけど、一度見たら、自分の興味を止められないような気がしていて、だから、絶対に近寄らないようにしてきた。でも、見ちゃったら、もう、ほかのドームってどうなんだろうっていう気持ちが大きくなって】
たまたま会っただけなのだから、もちろん、自分でなくてもよかったのだ。
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