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07 不可解な存在
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もちろんレオシュにとっても〝世界中〟と〝ドーム中〟は、同義だった。
ドームの外を眺めるのが好きだと言っても、外はどんなだろうか、と想像するのがせいぜいで、その先の世界のことなど興味もなかった。
境界の外にあの少女を見たことで、彼は、ドームというものの存在を再認識することになった。自分がドームに覆われていることを、生まれて初めて意識したと言ってもいい。
レオシュは、急に息苦しさを感じるようになった。だから、ドームについて調べてみたくなったのだ。
ドームについて検索していると、気になる言葉が引っかかった。
「スノードーム?」
小さな声で言ってはみたが、レオシュにはまったく聞き覚えのない単語だ。
気になって、スノードームそのものを検索してみるが、何のことかを教えてくれるものがなかなか見つからない。
EMS推奨、準推奨のサイトを離れて、非推奨の少々怪しいサイトをいくつか見てみたが、EMS非推奨のサイトを初めて見るレオシュの胸は、もうそれだけで激しく動悸していた。
一般的に、健全な少年少女の成長には、多少の性的刺激は必要なものだと考えられているので、EMS準推奨サイトには、それなりに卑猥なものもある。大抵の男子には、それでもう十分なのだから、小心なレオシュであれば、それほど持ち合わせていない勇気を総動員してまで、非推奨の領域を訪れる必要など、それまでなかったのだ。
スノードームとは、ずいぶん昔に発売禁止になった玩具だった。
いろいろな種類があったようだが、やっと見つけた画像では、黒いプラスティックの土台の上に球形のガラス玉が乗っていて、その中に、いくつかの建物、塔、観覧車が置かれ、水だろうか、無色透明の液体と、白い粉末が詰まっている。スノードーム自体を振ったり逆さまにしたりすると、その白い粉末が液体中でゆっくりと舞って、雪が降っているように見えるのだ。
その有り様は、まさに自分たちが暮らしているこのドームを思わせた。実際のドームの中では雪こそ降らないが、ちまちまとした建物たちが、小さなガラス玉に閉じ込められているその様子は、自分たちそのもののように見えた。
それこそが理由で、発売が禁止されたのだ。
まるで自分たちを嘲笑っているようなその玩具は、ドーム初期の人々にとっては耐え難い存在だったのかも知れない。
確かに自分たちの厳しい現実を強く意識させるものには違いないが、そのことを別にしても、見ているだけで何とはなしに悲しい気持ちにさせる玩具だ、とレオシュは思った。
彼は、ふわりと雪が舞うスノードームの動画を、何度も何度も再生した。
さらに翌日、レオシュはスクールから帰ると、HKRの質問を適当に受け流し、諦めと期待の気持ちを半々に、いつもの場所に向かった。
少女は、境界の向こう側に、彼のことを待っているように、いた。
境界に駆け寄るレオシュ。
外側から境界にそっと手を置く少女。
レオシュがPOCOを取り出して、
【こんにちは】と入力した。
少女も、POCOに似た装置の画面を彼に向けると、
【こんにちは】と答えた。
少女が持参したコミュニケーターは、POCOに比較するとモニター部分が大きい。逆にモニター以外の部分はずいぶんと小さい。音声からの遅延もほとんどなく表示されているようで、実際に会話をしている感じだ。デザインも洗練されていて、見比べると、POCOがどうにも野暮ったく感じられた。
【私、ルジェーナ。あなたは?】
【レオシュ・エベール】
【また来てくれたのね】
【昨日も来たんですよ】
レオシュは、その書き方がルジェーナのことを責めいているように感じられるのではと後悔して、
【毎日、来てるんです。ここ、ぼくのお気に入りの場所だから】と付け加えた。
【そうなんだ】
【あなたは、どうしてここにいるのですか?】
【ルジェーナでいいよ】
【ありがとう。じゃあ、ルジェーナは、どうしてここにいるの?】
彼がそう書き直しても、ルジェーナは、それには直接答えず、
【私、隣のドームから来たの】と書いた。
【隣のドーム?】
レオシュは、隣のドームの存在など、それまで考えたこともなかった。
【そうよ】
【遠いんじゃない?】
【それほどでもないの。百五十キロくらいかな。こっちの方】
ルジェーナはそう書いて、自分の後ろを振り返って指差した。
【ルジェーナは、どうして、境界の外で平気なの?】
【これ、境界って呼んでるの?】
彼女は、また、境界に触れた。
【そうだよ。ルジェーナのドームでは、そう呼んでないの?】
【うん。蓋壁かな】
【ずいぶん難しい呼び方するんだね】
【あんまりこれのこと呼ばないの。強いて言う場合には、蓋壁って言うわね。会話の中だったら、単純に壁って言うこともあるけど】
【ふーん】
【実はね、うちのドームではVGの解毒薬を発明したの】
ルジェーナが何気なくそう書いたので、レオシュは余計に驚いた。
【びっくりした?】
【ああ、もちろん】
【嘘よ】
【えっ?】
彼は、解毒薬を発明した、と目にした時よりも驚いた。
【そんなの発明されるわけないじゃない】
【ひどいなあ】
ルジェーナにからかわれているのだと分かったが、腹は立たない。
【ごめん、ごめん。一度、この冗談、言ってみたかったんだ】
彼女は、満面の笑みだった。その笑顔を見たら、何でも許してしまいそうだ。
【それで、本当は、どうしてルジェーナは、ドームの外で平気なの?】
【もう平気なの】
【もう?】
【そう。もう平気なの。私だけじゃなくて、誰だって、もちろんレオシュも、外に出られるのよ】
そんなことを言われても、俄かには信じられなかった。
ドームの外を眺めるのが好きだと言っても、外はどんなだろうか、と想像するのがせいぜいで、その先の世界のことなど興味もなかった。
境界の外にあの少女を見たことで、彼は、ドームというものの存在を再認識することになった。自分がドームに覆われていることを、生まれて初めて意識したと言ってもいい。
レオシュは、急に息苦しさを感じるようになった。だから、ドームについて調べてみたくなったのだ。
ドームについて検索していると、気になる言葉が引っかかった。
「スノードーム?」
小さな声で言ってはみたが、レオシュにはまったく聞き覚えのない単語だ。
気になって、スノードームそのものを検索してみるが、何のことかを教えてくれるものがなかなか見つからない。
EMS推奨、準推奨のサイトを離れて、非推奨の少々怪しいサイトをいくつか見てみたが、EMS非推奨のサイトを初めて見るレオシュの胸は、もうそれだけで激しく動悸していた。
一般的に、健全な少年少女の成長には、多少の性的刺激は必要なものだと考えられているので、EMS準推奨サイトには、それなりに卑猥なものもある。大抵の男子には、それでもう十分なのだから、小心なレオシュであれば、それほど持ち合わせていない勇気を総動員してまで、非推奨の領域を訪れる必要など、それまでなかったのだ。
スノードームとは、ずいぶん昔に発売禁止になった玩具だった。
いろいろな種類があったようだが、やっと見つけた画像では、黒いプラスティックの土台の上に球形のガラス玉が乗っていて、その中に、いくつかの建物、塔、観覧車が置かれ、水だろうか、無色透明の液体と、白い粉末が詰まっている。スノードーム自体を振ったり逆さまにしたりすると、その白い粉末が液体中でゆっくりと舞って、雪が降っているように見えるのだ。
その有り様は、まさに自分たちが暮らしているこのドームを思わせた。実際のドームの中では雪こそ降らないが、ちまちまとした建物たちが、小さなガラス玉に閉じ込められているその様子は、自分たちそのもののように見えた。
それこそが理由で、発売が禁止されたのだ。
まるで自分たちを嘲笑っているようなその玩具は、ドーム初期の人々にとっては耐え難い存在だったのかも知れない。
確かに自分たちの厳しい現実を強く意識させるものには違いないが、そのことを別にしても、見ているだけで何とはなしに悲しい気持ちにさせる玩具だ、とレオシュは思った。
彼は、ふわりと雪が舞うスノードームの動画を、何度も何度も再生した。
さらに翌日、レオシュはスクールから帰ると、HKRの質問を適当に受け流し、諦めと期待の気持ちを半々に、いつもの場所に向かった。
少女は、境界の向こう側に、彼のことを待っているように、いた。
境界に駆け寄るレオシュ。
外側から境界にそっと手を置く少女。
レオシュがPOCOを取り出して、
【こんにちは】と入力した。
少女も、POCOに似た装置の画面を彼に向けると、
【こんにちは】と答えた。
少女が持参したコミュニケーターは、POCOに比較するとモニター部分が大きい。逆にモニター以外の部分はずいぶんと小さい。音声からの遅延もほとんどなく表示されているようで、実際に会話をしている感じだ。デザインも洗練されていて、見比べると、POCOがどうにも野暮ったく感じられた。
【私、ルジェーナ。あなたは?】
【レオシュ・エベール】
【また来てくれたのね】
【昨日も来たんですよ】
レオシュは、その書き方がルジェーナのことを責めいているように感じられるのではと後悔して、
【毎日、来てるんです。ここ、ぼくのお気に入りの場所だから】と付け加えた。
【そうなんだ】
【あなたは、どうしてここにいるのですか?】
【ルジェーナでいいよ】
【ありがとう。じゃあ、ルジェーナは、どうしてここにいるの?】
彼がそう書き直しても、ルジェーナは、それには直接答えず、
【私、隣のドームから来たの】と書いた。
【隣のドーム?】
レオシュは、隣のドームの存在など、それまで考えたこともなかった。
【そうよ】
【遠いんじゃない?】
【それほどでもないの。百五十キロくらいかな。こっちの方】
ルジェーナはそう書いて、自分の後ろを振り返って指差した。
【ルジェーナは、どうして、境界の外で平気なの?】
【これ、境界って呼んでるの?】
彼女は、また、境界に触れた。
【そうだよ。ルジェーナのドームでは、そう呼んでないの?】
【うん。蓋壁かな】
【ずいぶん難しい呼び方するんだね】
【あんまりこれのこと呼ばないの。強いて言う場合には、蓋壁って言うわね。会話の中だったら、単純に壁って言うこともあるけど】
【ふーん】
【実はね、うちのドームではVGの解毒薬を発明したの】
ルジェーナが何気なくそう書いたので、レオシュは余計に驚いた。
【びっくりした?】
【ああ、もちろん】
【嘘よ】
【えっ?】
彼は、解毒薬を発明した、と目にした時よりも驚いた。
【そんなの発明されるわけないじゃない】
【ひどいなあ】
ルジェーナにからかわれているのだと分かったが、腹は立たない。
【ごめん、ごめん。一度、この冗談、言ってみたかったんだ】
彼女は、満面の笑みだった。その笑顔を見たら、何でも許してしまいそうだ。
【それで、本当は、どうしてルジェーナは、ドームの外で平気なの?】
【もう平気なの】
【もう?】
【そう。もう平気なの。私だけじゃなくて、誰だって、もちろんレオシュも、外に出られるのよ】
そんなことを言われても、俄かには信じられなかった。
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