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06 不完全な結論
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集合住宅の気密性を高めて、その中だけで暮らす、という無謀とも思える案は、誰によるものだったか分かっていない。
しかしその発言は、意外にも専門家たちに真剣に検討されることとなった。植物を根絶やしにすることなく、自分たちとVGを分離するには、なにも惑星外に出ていなかなくても可能であることを、人々に知らせる効果があったのだ。
当初は、集合住宅をなるべく大きくする方法が考えられたが、それは、あまりにも過渡的な案に思えた。人間という身勝手で欲望だらけの動物が、緊急避難的に、ならともかく、永久に建物の中だけで暮らすというのは、あらゆる意味で人間的ではないと想像された。
また、この方法は、人間以外の動物を完全に無視した案だった。そんなことに構っていられるか、との暴言もあったが、さまざまな種類の動物を無視するくらいなら、そもそも植物を焼き払うのと変わらないではないか、との批判が、それらの意見を封じ込めた。
そこで考えられたのが、いくつもの町を丸ごと覆う巨大なドームの建設だった。
表面を銀の薄膜でコーティングした分厚いポリカーボネートを用意し、それをアクリルでサンドすることで、十分な強度と天候などへの耐性が得られた。またこの素材なら、必要以上の赤外線や紫外線もカットできた。
その中であれば、人間はそれほど不自由を感じずに暮らせそうだった。
多くのドームが建設され、あらゆる動物とともに、人間は自分たちを透明な巨大ドームに隔離した。
植物から隔離したのだ。
同時に人々は、海や山などの自然を失った
そして、ほんの一部の人たちは、ドームに入ることを拒み、植物との共生を選んだ。
翌日、いつもの場所に少女は来なかった。
「お帰りなさい。今日はいつもより早いですね」
科学の進歩は、HKRに余計なことを言わせる働きまで与えるのだな、とレオシュは思った。
「まあね」
「お飲物をご用意しましょうか」
「うん、お願い」
自室は、キノコ茶の香りでいっぱいだった。食用のキノコとは違い、お茶に使われるキノコは、苦味と甘味、そして酸味が微妙なバランスで混在する、何とも言えぬ味と香りで人の心を落ち着かせる。
かなり暗い焦げ茶色のフローリングに、コンクリート打ちっ放しの壁。このコーディネートが最近のお気に入りだ。
実際の床材は、もちろん木ではないのだが、色やデザインを設定すれば、その反発係数まで再現されるので、フローリングの上を歩いている感覚が得られる。もっとも彼には、本物のフローリングを歩いた経験がないので、そこにどこまでリアリティがあるのかは分からない。ただ、壁のコンクリートの質感は、本物そっくりだ。
CS(Conveyance System)によって運ばれていたキノコ茶のカップを、室内の小さな扉を開けて受け取ると、レオシュは、机上のPCを起動させた。
もちろんPOCOでも用は足りるのだが、POCOはEMSとつねに情報共有しているので、ネット検索の結果がスクールに知られてしまう。咎められるようなことを調べようとしているわけではないが、どうも気が引けた。
ドームは、多少の大小はあるものの、その昔、ほぼ同じような規模で千個弱が造られた。
ドームには、地名のような名前はなく、番号だけが付けられた。ドーム間を移動できるわけではないので、個性的な名称は邪魔なだけだったのだろう。
当初は、通信上ではあるが、すべてのドームの代表が参加して話し合いが持たれていた。そこでは、共通のルールが確認されたり、依然として進められていたVGに関する研究についての情報交換などが行われたりしていた。
ところが、どこのドームにしても、役に立つような研究結果は、まったくと言っていいほど得られなかった。また、共通のルールにしても、人が行き来しないことが前提のドームで、どうして規則を共通化する必要があるのかが疑問視され出し、全ドーム参加の定例会は、その回数を減らしていった。
残ったのは、比較的近距離にある、言葉がそのまま通じるドーム同士の、ご機嫌伺いのような交流のみだった。
元々明確な目的を持っていなかった、そのようなドーム間通信も、お互いに意味を感じられずに、次第にどちらからともなく、回線を開かなくなっていった。もしかすると、ほかのドームとの関わりは、ドームの外の世界を想像させて、自分たちの哀れさを意識させてしまったのかも知れない。
それぞれのドームは、それぞれのドームだけで存在するようになった。ドーム内の人間にとって、世界は、名実ともにドームの広さに縮小されたのだ。各ドームは完全に孤立し、唯一の識別手段であった番号という名前すら、その意味を失った。
どのような関係があるのかは不明だったが、ドームが孤立していくにつれ、宗教活動は縮小していった。何となく天や神を口にすることはあっても、休みの度に宗教施設に足を運ぶことはもちろん、結婚や出産、成長や死亡という人生の節目にも、宗教が介在することはほとんどなくなった。
しかしその発言は、意外にも専門家たちに真剣に検討されることとなった。植物を根絶やしにすることなく、自分たちとVGを分離するには、なにも惑星外に出ていなかなくても可能であることを、人々に知らせる効果があったのだ。
当初は、集合住宅をなるべく大きくする方法が考えられたが、それは、あまりにも過渡的な案に思えた。人間という身勝手で欲望だらけの動物が、緊急避難的に、ならともかく、永久に建物の中だけで暮らすというのは、あらゆる意味で人間的ではないと想像された。
また、この方法は、人間以外の動物を完全に無視した案だった。そんなことに構っていられるか、との暴言もあったが、さまざまな種類の動物を無視するくらいなら、そもそも植物を焼き払うのと変わらないではないか、との批判が、それらの意見を封じ込めた。
そこで考えられたのが、いくつもの町を丸ごと覆う巨大なドームの建設だった。
表面を銀の薄膜でコーティングした分厚いポリカーボネートを用意し、それをアクリルでサンドすることで、十分な強度と天候などへの耐性が得られた。またこの素材なら、必要以上の赤外線や紫外線もカットできた。
その中であれば、人間はそれほど不自由を感じずに暮らせそうだった。
多くのドームが建設され、あらゆる動物とともに、人間は自分たちを透明な巨大ドームに隔離した。
植物から隔離したのだ。
同時に人々は、海や山などの自然を失った
そして、ほんの一部の人たちは、ドームに入ることを拒み、植物との共生を選んだ。
翌日、いつもの場所に少女は来なかった。
「お帰りなさい。今日はいつもより早いですね」
科学の進歩は、HKRに余計なことを言わせる働きまで与えるのだな、とレオシュは思った。
「まあね」
「お飲物をご用意しましょうか」
「うん、お願い」
自室は、キノコ茶の香りでいっぱいだった。食用のキノコとは違い、お茶に使われるキノコは、苦味と甘味、そして酸味が微妙なバランスで混在する、何とも言えぬ味と香りで人の心を落ち着かせる。
かなり暗い焦げ茶色のフローリングに、コンクリート打ちっ放しの壁。このコーディネートが最近のお気に入りだ。
実際の床材は、もちろん木ではないのだが、色やデザインを設定すれば、その反発係数まで再現されるので、フローリングの上を歩いている感覚が得られる。もっとも彼には、本物のフローリングを歩いた経験がないので、そこにどこまでリアリティがあるのかは分からない。ただ、壁のコンクリートの質感は、本物そっくりだ。
CS(Conveyance System)によって運ばれていたキノコ茶のカップを、室内の小さな扉を開けて受け取ると、レオシュは、机上のPCを起動させた。
もちろんPOCOでも用は足りるのだが、POCOはEMSとつねに情報共有しているので、ネット検索の結果がスクールに知られてしまう。咎められるようなことを調べようとしているわけではないが、どうも気が引けた。
ドームは、多少の大小はあるものの、その昔、ほぼ同じような規模で千個弱が造られた。
ドームには、地名のような名前はなく、番号だけが付けられた。ドーム間を移動できるわけではないので、個性的な名称は邪魔なだけだったのだろう。
当初は、通信上ではあるが、すべてのドームの代表が参加して話し合いが持たれていた。そこでは、共通のルールが確認されたり、依然として進められていたVGに関する研究についての情報交換などが行われたりしていた。
ところが、どこのドームにしても、役に立つような研究結果は、まったくと言っていいほど得られなかった。また、共通のルールにしても、人が行き来しないことが前提のドームで、どうして規則を共通化する必要があるのかが疑問視され出し、全ドーム参加の定例会は、その回数を減らしていった。
残ったのは、比較的近距離にある、言葉がそのまま通じるドーム同士の、ご機嫌伺いのような交流のみだった。
元々明確な目的を持っていなかった、そのようなドーム間通信も、お互いに意味を感じられずに、次第にどちらからともなく、回線を開かなくなっていった。もしかすると、ほかのドームとの関わりは、ドームの外の世界を想像させて、自分たちの哀れさを意識させてしまったのかも知れない。
それぞれのドームは、それぞれのドームだけで存在するようになった。ドーム内の人間にとって、世界は、名実ともにドームの広さに縮小されたのだ。各ドームは完全に孤立し、唯一の識別手段であった番号という名前すら、その意味を失った。
どのような関係があるのかは不明だったが、ドームが孤立していくにつれ、宗教活動は縮小していった。何となく天や神を口にすることはあっても、休みの度に宗教施設に足を運ぶことはもちろん、結婚や出産、成長や死亡という人生の節目にも、宗教が介在することはほとんどなくなった。
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