スノードーム・リテラシー

棚引日向

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05 不均一な協議

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 原因の究明も大切なことだが、対処方法の考案はより重大事だった。人類滅亡という言葉まで巷間では囁かれるようになっていたのだ。
 この現象に歯止めをかけないことには、滅亡の前に恐慌が起こる。
 LSIは、原因究明のための少数を残し、研究者のほとんどを対処方法の対策に当てることにした。
 動物を殺すその気体は、仮にVG(Venomous Gas)と名づけられた。(ただしこの仮名は、数十年後に、追認という形で正式名称になる。)
 対処方法を担当する研究者たちは、VGを発生する植物の様態を特定するためのチームと、VGをいかに濾し取るかということに主眼を置くチームに分けられた。
 前者のチームは、比較的早く結果を出した。
 どうやら生体だけがVGを発生することが判明した。完全に枯れてしまったものは安全なのだ。
 後者のチームは、苦戦を強いられた。
 何らかの微粒子が存在すると仮定して、空気清浄機に使用される不織布フィルターで濾過してみたが、効果はなかった。同時に電気集塵の方法も試みられたが、やはりラットを延命させることはなかった。
 理由は定かではなかったが、いくつかの活性炭が、ほんの少しではあったが効果らしきものを示した。竹と胡桃殻を、高温で炭化させたものと化学的に多孔状態にしたものを混合して組み合わせることで、ラットは最も長生きした。
 その活性炭を通過させたVGを、アセトンなどの有機溶媒に浸した不織布に透過させると、ラットへの影響をさらに軽減させることができた。活性炭は少しでも有効なものを何種類も組み合わせることで、その効果を高められた。
 石炭や椰子殻は当然として、骨を原料とする活性炭までが加えられた。そしてようやく、この時点でベストと考えられるバランスを決めることができた。
 ただし、VGの毒性をゼロに近づけるには、膨大な量の活性炭と、不織布を潤し続けるための十分なアセトンが必要だった。
 つまり、完成したのは、あまりにも巨大な空気清浄機だったのだ。
 これはとんでもないことを意味していた。そのような空気清浄機は、携帯用は言うに及ばす、家庭用でさえも設置が極めて困難だということだ。
 小型化、そして軽量化は解決せねばならない課題だが、原因物質さえ定かでない現状では、それは暗闇を手探りで進むような作業であると予想された。
 一方、世の中の要求は日々切実さを増していた。人口はますます減少し、あの数学者が疑問を呈してから、すでに半数になっていたのだ。

 人類は今後どうすべきか。世界中の代表者たちが集まって協議が行われた。
 有史以来、もしかすると初めて真剣に、人類の行く末について、全世界の人々が利己心を捨てた瞬間だったかも知れない。
 多くの人間が、自主的に外出を控えてはいたのだが、不要の外出も不急の外出も各政府によって正式に禁じられ、実質的な戒厳令が敷かれた。
 同時に、仮の対策として、既存のガスマスクや小型の空気清浄機に活性炭を付加して改造したものが多く作られた。それらは無償で全人類に配布された。
 副作用として、各種の税率が上がってしまったが、それに反対するような気力は、もはや民衆にはなかった。現在の困苦は失政のためではなかったから、誰も責める相手を見出せなかったのだ。
 また、戸建てに住む人々は、より気密性の高い集合住宅への移転が強いられた。
 幸か不幸か、人口が減ったことで、空き部屋の供給数は十分だった。それらの集合住宅には、開発したばかりの大型の空気清浄機が取り付けられた。
 もちろん、要人や高官なども、集合住宅に移された。
 自力でノウハウを手に入れて大型の空気清浄機を製造させ、自邸に設置してそこに留まろうとする財産家も現れたが、これには人々から非難の声が上がり、その声を鎮めるために、各国の政府が慌てて法を整備する、という混乱もあった。
 その大型空気清浄機は、ピュアリティと命名された。

 協議は、当然のごとく難航した。
 主張は大別すると、この状況を受け入れるか拒絶するかの二つだった。
 受け入れるという主張の極端な例は、いささか宗教的だった。こうなったのも神の思し召しであるから、何もせずに、今まで通り暮らしていこうというもので、人類に存続するだけの価値があるのなら、人口減少もどこかでストップするだろうということだった。
 逆に、最も極端な拒絶を主張する人々は、植物という植物を焼き払ってしまえと言った。
 多くの支持を集めたのは、このまま研究を進めていきながら、植物と共生していく道を探ろうという意見と、この惑星を離れて、別の星に移住しようという意見だった。この時点で、月には、ある程度の規模を有する研究用の滞在施設が、すでに存在していた。
 権力による意思統一は、もちろん無理だった。
 家族や友人などと話し合いを重ね、意を決した人々は、各国から費用と人材を強引に奪い取るようにして、早々に集団で宇宙へと出発していった。その数は、当時の全人口の三パーセントほどだった。
 さらに、遅々として進まない議論に業を煮やした人々も、少しずつ宇宙船を調達しては月の研究施設へと集結していき、結局は当初の三倍の人数に及んだ。彼らは可能な限りの動物たちも同行させた。
 残った人々は、よく言えば慎重、悪く言えば優柔不断だった。
 このまま過ごすほどには神を信じていなかったが、宇宙へ飛び出して行くほどの思い切ったこともできなかった。彼らは自分から行動することもなく、自らの政府に悪態をつくことで、耐えられないような不安から目を逸らしていた。
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