5 / 34
05 不均一な協議
しおりを挟む
原因の究明も大切なことだが、対処方法の考案はより重大事だった。人類滅亡という言葉まで巷間では囁かれるようになっていたのだ。
この現象に歯止めをかけないことには、滅亡の前に恐慌が起こる。
LSIは、原因究明のための少数を残し、研究者のほとんどを対処方法の対策に当てることにした。
動物を殺すその気体は、仮にVG(Venomous Gas)と名づけられた。(ただしこの仮名は、数十年後に、追認という形で正式名称になる。)
対処方法を担当する研究者たちは、VGを発生する植物の様態を特定するためのチームと、VGをいかに濾し取るかということに主眼を置くチームに分けられた。
前者のチームは、比較的早く結果を出した。
どうやら生体だけがVGを発生することが判明した。完全に枯れてしまったものは安全なのだ。
後者のチームは、苦戦を強いられた。
何らかの微粒子が存在すると仮定して、空気清浄機に使用される不織布フィルターで濾過してみたが、効果はなかった。同時に電気集塵の方法も試みられたが、やはりラットを延命させることはなかった。
理由は定かではなかったが、いくつかの活性炭が、ほんの少しではあったが効果らしきものを示した。竹と胡桃殻を、高温で炭化させたものと化学的に多孔状態にしたものを混合して組み合わせることで、ラットは最も長生きした。
その活性炭を通過させたVGを、アセトンなどの有機溶媒に浸した不織布に透過させると、ラットへの影響をさらに軽減させることができた。活性炭は少しでも有効なものを何種類も組み合わせることで、その効果を高められた。
石炭や椰子殻は当然として、骨を原料とする活性炭までが加えられた。そしてようやく、この時点でベストと考えられるバランスを決めることができた。
ただし、VGの毒性をゼロに近づけるには、膨大な量の活性炭と、不織布を潤し続けるための十分なアセトンが必要だった。
つまり、完成したのは、あまりにも巨大な空気清浄機だったのだ。
これはとんでもないことを意味していた。そのような空気清浄機は、携帯用は言うに及ばす、家庭用でさえも設置が極めて困難だということだ。
小型化、そして軽量化は解決せねばならない課題だが、原因物質さえ定かでない現状では、それは暗闇を手探りで進むような作業であると予想された。
一方、世の中の要求は日々切実さを増していた。人口はますます減少し、あの数学者が疑問を呈してから、すでに半数になっていたのだ。
人類は今後どうすべきか。世界中の代表者たちが集まって協議が行われた。
有史以来、もしかすると初めて真剣に、人類の行く末について、全世界の人々が利己心を捨てた瞬間だったかも知れない。
多くの人間が、自主的に外出を控えてはいたのだが、不要の外出も不急の外出も各政府によって正式に禁じられ、実質的な戒厳令が敷かれた。
同時に、仮の対策として、既存のガスマスクや小型の空気清浄機に活性炭を付加して改造したものが多く作られた。それらは無償で全人類に配布された。
副作用として、各種の税率が上がってしまったが、それに反対するような気力は、もはや民衆にはなかった。現在の困苦は失政のためではなかったから、誰も責める相手を見出せなかったのだ。
また、戸建てに住む人々は、より気密性の高い集合住宅への移転が強いられた。
幸か不幸か、人口が減ったことで、空き部屋の供給数は十分だった。それらの集合住宅には、開発したばかりの大型の空気清浄機が取り付けられた。
もちろん、要人や高官なども、集合住宅に移された。
自力でノウハウを手に入れて大型の空気清浄機を製造させ、自邸に設置してそこに留まろうとする財産家も現れたが、これには人々から非難の声が上がり、その声を鎮めるために、各国の政府が慌てて法を整備する、という混乱もあった。
その大型空気清浄機は、ピュアリティと命名された。
協議は、当然のごとく難航した。
主張は大別すると、この状況を受け入れるか拒絶するかの二つだった。
受け入れるという主張の極端な例は、いささか宗教的だった。こうなったのも神の思し召しであるから、何もせずに、今まで通り暮らしていこうというもので、人類に存続するだけの価値があるのなら、人口減少もどこかでストップするだろうということだった。
逆に、最も極端な拒絶を主張する人々は、植物という植物を焼き払ってしまえと言った。
多くの支持を集めたのは、このまま研究を進めていきながら、植物と共生していく道を探ろうという意見と、この惑星を離れて、別の星に移住しようという意見だった。この時点で、月には、ある程度の規模を有する研究用の滞在施設が、すでに存在していた。
権力による意思統一は、もちろん無理だった。
家族や友人などと話し合いを重ね、意を決した人々は、各国から費用と人材を強引に奪い取るようにして、早々に集団で宇宙へと出発していった。その数は、当時の全人口の三パーセントほどだった。
さらに、遅々として進まない議論に業を煮やした人々も、少しずつ宇宙船を調達しては月の研究施設へと集結していき、結局は当初の三倍の人数に及んだ。彼らは可能な限りの動物たちも同行させた。
残った人々は、よく言えば慎重、悪く言えば優柔不断だった。
このまま過ごすほどには神を信じていなかったが、宇宙へ飛び出して行くほどの思い切ったこともできなかった。彼らは自分から行動することもなく、自らの政府に悪態をつくことで、耐えられないような不安から目を逸らしていた。
この現象に歯止めをかけないことには、滅亡の前に恐慌が起こる。
LSIは、原因究明のための少数を残し、研究者のほとんどを対処方法の対策に当てることにした。
動物を殺すその気体は、仮にVG(Venomous Gas)と名づけられた。(ただしこの仮名は、数十年後に、追認という形で正式名称になる。)
対処方法を担当する研究者たちは、VGを発生する植物の様態を特定するためのチームと、VGをいかに濾し取るかということに主眼を置くチームに分けられた。
前者のチームは、比較的早く結果を出した。
どうやら生体だけがVGを発生することが判明した。完全に枯れてしまったものは安全なのだ。
後者のチームは、苦戦を強いられた。
何らかの微粒子が存在すると仮定して、空気清浄機に使用される不織布フィルターで濾過してみたが、効果はなかった。同時に電気集塵の方法も試みられたが、やはりラットを延命させることはなかった。
理由は定かではなかったが、いくつかの活性炭が、ほんの少しではあったが効果らしきものを示した。竹と胡桃殻を、高温で炭化させたものと化学的に多孔状態にしたものを混合して組み合わせることで、ラットは最も長生きした。
その活性炭を通過させたVGを、アセトンなどの有機溶媒に浸した不織布に透過させると、ラットへの影響をさらに軽減させることができた。活性炭は少しでも有効なものを何種類も組み合わせることで、その効果を高められた。
石炭や椰子殻は当然として、骨を原料とする活性炭までが加えられた。そしてようやく、この時点でベストと考えられるバランスを決めることができた。
ただし、VGの毒性をゼロに近づけるには、膨大な量の活性炭と、不織布を潤し続けるための十分なアセトンが必要だった。
つまり、完成したのは、あまりにも巨大な空気清浄機だったのだ。
これはとんでもないことを意味していた。そのような空気清浄機は、携帯用は言うに及ばす、家庭用でさえも設置が極めて困難だということだ。
小型化、そして軽量化は解決せねばならない課題だが、原因物質さえ定かでない現状では、それは暗闇を手探りで進むような作業であると予想された。
一方、世の中の要求は日々切実さを増していた。人口はますます減少し、あの数学者が疑問を呈してから、すでに半数になっていたのだ。
人類は今後どうすべきか。世界中の代表者たちが集まって協議が行われた。
有史以来、もしかすると初めて真剣に、人類の行く末について、全世界の人々が利己心を捨てた瞬間だったかも知れない。
多くの人間が、自主的に外出を控えてはいたのだが、不要の外出も不急の外出も各政府によって正式に禁じられ、実質的な戒厳令が敷かれた。
同時に、仮の対策として、既存のガスマスクや小型の空気清浄機に活性炭を付加して改造したものが多く作られた。それらは無償で全人類に配布された。
副作用として、各種の税率が上がってしまったが、それに反対するような気力は、もはや民衆にはなかった。現在の困苦は失政のためではなかったから、誰も責める相手を見出せなかったのだ。
また、戸建てに住む人々は、より気密性の高い集合住宅への移転が強いられた。
幸か不幸か、人口が減ったことで、空き部屋の供給数は十分だった。それらの集合住宅には、開発したばかりの大型の空気清浄機が取り付けられた。
もちろん、要人や高官なども、集合住宅に移された。
自力でノウハウを手に入れて大型の空気清浄機を製造させ、自邸に設置してそこに留まろうとする財産家も現れたが、これには人々から非難の声が上がり、その声を鎮めるために、各国の政府が慌てて法を整備する、という混乱もあった。
その大型空気清浄機は、ピュアリティと命名された。
協議は、当然のごとく難航した。
主張は大別すると、この状況を受け入れるか拒絶するかの二つだった。
受け入れるという主張の極端な例は、いささか宗教的だった。こうなったのも神の思し召しであるから、何もせずに、今まで通り暮らしていこうというもので、人類に存続するだけの価値があるのなら、人口減少もどこかでストップするだろうということだった。
逆に、最も極端な拒絶を主張する人々は、植物という植物を焼き払ってしまえと言った。
多くの支持を集めたのは、このまま研究を進めていきながら、植物と共生していく道を探ろうという意見と、この惑星を離れて、別の星に移住しようという意見だった。この時点で、月には、ある程度の規模を有する研究用の滞在施設が、すでに存在していた。
権力による意思統一は、もちろん無理だった。
家族や友人などと話し合いを重ね、意を決した人々は、各国から費用と人材を強引に奪い取るようにして、早々に集団で宇宙へと出発していった。その数は、当時の全人口の三パーセントほどだった。
さらに、遅々として進まない議論に業を煮やした人々も、少しずつ宇宙船を調達しては月の研究施設へと集結していき、結局は当初の三倍の人数に及んだ。彼らは可能な限りの動物たちも同行させた。
残った人々は、よく言えば慎重、悪く言えば優柔不断だった。
このまま過ごすほどには神を信じていなかったが、宇宙へ飛び出して行くほどの思い切ったこともできなかった。彼らは自分から行動することもなく、自らの政府に悪態をつくことで、耐えられないような不安から目を逸らしていた。
1
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説


日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる