4 / 34
04 不愉快な事実
しおりを挟む
この機会を待っていた人々がいる。神の存在を信じる者、そして神という名前を利用しようとする者たちだ。いくら調べても原因が分からないのは、それが神の御業であるからだ、と彼らは主張した。
既存の宗教も、この状況を何とか自分たちの都合で説明しようと試みたが、新たな信者を多く得るには至らなかった。
未経験の状況には、未経験の宗教が必要だったのだ。既存の宗教にも見られる終末思想に、自然環境保護の精神を加味した新興宗教がたくさん出現し、たくさんの信者を集めた。
それらの宗教や神は、世界中の人々の心の拠りどころにはなったかも知れないが、もちろん、現実を変える力は持っていなかった。
多少の救いだったのは、すべてを諦めるような終末観よりも、エコロジー的な考えが強い宗教の人気が高かったことだ。
やがてそれらは離合集散を繰り返し、後に〝自然始原教〟が、それらをほぼ糾合することになる。
世界中の人々が危機感を覚えてから、新興宗教が目立ち始めるまでに二十年ほどが経過していた。
人類は、この二十年でその数を三割減少させていた。
その頃、ある科学者グループが画期的な発見をしていた。
それは専門外である数学者の素朴な疑問から生まれた。彼は、その疑問を伝える相手に、学生時代からの友人である医師を選んだ。
数学者は、電話がつながると、時候の挨拶や近況を尋ねるのもそこそこに、質問を開始した。
「いま起きている個体数減少は、動物だけなんだよな?」
確かに、藻類を含む植物と、キノコなどの菌類が例外であることは、事実として確認されていた。
「ああ。だが、それがどうした?」
「なぜだ?」
「ん?」
「だから、どうして動物以外は大丈夫なんだ?」
「おい、俺は忙しいんだぞ。出来の悪い学生に生物学の補講をしている暇はないんだ。」
明らかにイライラしている医師の気持ちを和らげるために、数学者は笑い声を出してみた。
「まあ、そう言うな。医者が数学者より忙しいのはよく分かっている。俺だって、こういう状況じゃなきゃ、お前にわざわざ電話して、こんな質問をしたりはしないさ」
「どういう意味だ?」
「何となくだが、何か大事なことが分かりそうな気がしているんだ」
「ずいぶん漠然とした話だな」
「ああ、俺にとっては漠然とした話だ。だが然るべき知識のある人間にとっては、意味のあることかも知れん。それでこうしてお前に電話している」
医師の小さな溜息が、数学者に聞こえた。
「分かった。聞こう」
「最初に聞いたことだ。どうして植物なんかには影響がないんだ?」
「どうしてって、そういうものだろう。大抵の病原菌やウィルスは、発病する動物が限られる。動物と植物で違いがあるのは、むしろ当たり前だろ」
「そうか、当たり前か。しかしそれなら、すべての動物が同じ病気に罹るっていうのも異常なことじゃないのか?」
「それはそうだが、何が言いたい?」
「例えばペストは、ノミが媒介になるんだよな?」
「そうだ」
そろそろ本題に入らないと、友人が怒り出しそうだ、と数学者は思った。
「しかし、ノミはペストに罹るわけではないだろ?」
「そうだな。感染はするが発病はしない、と言った方がいいかも知れん」
「なるほど。今回の状況では、植物がその役割を果たしている、ということはないのか?」
「ベクター感染か……」
「そうだ。あるいは、植物自体が病原なのか……。どうだ、あり得ない話か?」
「いや、そんなことはない。だが……」
「植物が媒介になるなんてことは考えにくいか?しかし、いま起きているのは当たり前の状況じゃない。異常なことを想定しなきゃ解決できないことかも知れないだろ?」
人類には、植物に対して、〝善良なもの〟〝清浄なもの〟という思い込み、いや、一種の信仰があった。その感情が、植物に疑いを持つことを阻害していたのかも知れない。
数学者との電話を切ると、医師は、化学者と生物学者に連絡を取った。
半年ほどをかけて、四人は、簡単な実験で数学者の仮説をある程度まで証明することに成功した。
まず、小さなケースに、いくつかの植物とラットを入れて観察した。植物の種類ごとにケースを作り、もちろん、植物を入れないケースも複数用意した。
すると、半年後には、植物と同居していたラットはすべて死んだ。植物のないケースのラットに変化はなかった。
植物そのものが病原なのか、何かの媒介となっているのかは不明のままだったが。
四人は、専門にこの問題を研究する機関、LSI(Life-Support Institution)に実験結果を提出した。
より精細な実験が、大規模に行なわれた。
さまざまな種類の植物が、ラットとともにケース入れられて試された。結果は、ある意味予想通りに、藻類も含め、あらゆる植物がラットを殺した。
意外だったのは、キノコなどの菌類は、植物に害されることも、ラットに危害を加えることもなかったことだ。
さらには、植物とラットの間をある種の膜で隔て、空気以外は行き来できないようにもしてみたが、やはりラットは息絶えた。これにより、植物の放出する気体が原因ということまでは判明したのだが、それ以上は分からなかった。
四人の研究結果がLSIに提出されてから、三年以上が経過していた。彼らの名前は歴史に刻まれたが、この時点で四人が存命だったのかどうかを示す資料は残されていない。
既存の宗教も、この状況を何とか自分たちの都合で説明しようと試みたが、新たな信者を多く得るには至らなかった。
未経験の状況には、未経験の宗教が必要だったのだ。既存の宗教にも見られる終末思想に、自然環境保護の精神を加味した新興宗教がたくさん出現し、たくさんの信者を集めた。
それらの宗教や神は、世界中の人々の心の拠りどころにはなったかも知れないが、もちろん、現実を変える力は持っていなかった。
多少の救いだったのは、すべてを諦めるような終末観よりも、エコロジー的な考えが強い宗教の人気が高かったことだ。
やがてそれらは離合集散を繰り返し、後に〝自然始原教〟が、それらをほぼ糾合することになる。
世界中の人々が危機感を覚えてから、新興宗教が目立ち始めるまでに二十年ほどが経過していた。
人類は、この二十年でその数を三割減少させていた。
その頃、ある科学者グループが画期的な発見をしていた。
それは専門外である数学者の素朴な疑問から生まれた。彼は、その疑問を伝える相手に、学生時代からの友人である医師を選んだ。
数学者は、電話がつながると、時候の挨拶や近況を尋ねるのもそこそこに、質問を開始した。
「いま起きている個体数減少は、動物だけなんだよな?」
確かに、藻類を含む植物と、キノコなどの菌類が例外であることは、事実として確認されていた。
「ああ。だが、それがどうした?」
「なぜだ?」
「ん?」
「だから、どうして動物以外は大丈夫なんだ?」
「おい、俺は忙しいんだぞ。出来の悪い学生に生物学の補講をしている暇はないんだ。」
明らかにイライラしている医師の気持ちを和らげるために、数学者は笑い声を出してみた。
「まあ、そう言うな。医者が数学者より忙しいのはよく分かっている。俺だって、こういう状況じゃなきゃ、お前にわざわざ電話して、こんな質問をしたりはしないさ」
「どういう意味だ?」
「何となくだが、何か大事なことが分かりそうな気がしているんだ」
「ずいぶん漠然とした話だな」
「ああ、俺にとっては漠然とした話だ。だが然るべき知識のある人間にとっては、意味のあることかも知れん。それでこうしてお前に電話している」
医師の小さな溜息が、数学者に聞こえた。
「分かった。聞こう」
「最初に聞いたことだ。どうして植物なんかには影響がないんだ?」
「どうしてって、そういうものだろう。大抵の病原菌やウィルスは、発病する動物が限られる。動物と植物で違いがあるのは、むしろ当たり前だろ」
「そうか、当たり前か。しかしそれなら、すべての動物が同じ病気に罹るっていうのも異常なことじゃないのか?」
「それはそうだが、何が言いたい?」
「例えばペストは、ノミが媒介になるんだよな?」
「そうだ」
そろそろ本題に入らないと、友人が怒り出しそうだ、と数学者は思った。
「しかし、ノミはペストに罹るわけではないだろ?」
「そうだな。感染はするが発病はしない、と言った方がいいかも知れん」
「なるほど。今回の状況では、植物がその役割を果たしている、ということはないのか?」
「ベクター感染か……」
「そうだ。あるいは、植物自体が病原なのか……。どうだ、あり得ない話か?」
「いや、そんなことはない。だが……」
「植物が媒介になるなんてことは考えにくいか?しかし、いま起きているのは当たり前の状況じゃない。異常なことを想定しなきゃ解決できないことかも知れないだろ?」
人類には、植物に対して、〝善良なもの〟〝清浄なもの〟という思い込み、いや、一種の信仰があった。その感情が、植物に疑いを持つことを阻害していたのかも知れない。
数学者との電話を切ると、医師は、化学者と生物学者に連絡を取った。
半年ほどをかけて、四人は、簡単な実験で数学者の仮説をある程度まで証明することに成功した。
まず、小さなケースに、いくつかの植物とラットを入れて観察した。植物の種類ごとにケースを作り、もちろん、植物を入れないケースも複数用意した。
すると、半年後には、植物と同居していたラットはすべて死んだ。植物のないケースのラットに変化はなかった。
植物そのものが病原なのか、何かの媒介となっているのかは不明のままだったが。
四人は、専門にこの問題を研究する機関、LSI(Life-Support Institution)に実験結果を提出した。
より精細な実験が、大規模に行なわれた。
さまざまな種類の植物が、ラットとともにケース入れられて試された。結果は、ある意味予想通りに、藻類も含め、あらゆる植物がラットを殺した。
意外だったのは、キノコなどの菌類は、植物に害されることも、ラットに危害を加えることもなかったことだ。
さらには、植物とラットの間をある種の膜で隔て、空気以外は行き来できないようにもしてみたが、やはりラットは息絶えた。これにより、植物の放出する気体が原因ということまでは判明したのだが、それ以上は分からなかった。
四人の研究結果がLSIに提出されてから、三年以上が経過していた。彼らの名前は歴史に刻まれたが、この時点で四人が存命だったのかどうかを示す資料は残されていない。
1
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説


日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる