スノードーム・リテラシー

棚引日向

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04 不愉快な事実

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 この機会を待っていた人々がいる。神の存在を信じる者、そして神という名前を利用しようとする者たちだ。いくら調べても原因が分からないのは、それが神の御業であるからだ、と彼らは主張した。
 既存の宗教も、この状況を何とか自分たちの都合で説明しようと試みたが、新たな信者を多く得るには至らなかった。
 未経験の状況には、未経験の宗教が必要だったのだ。既存の宗教にも見られる終末思想に、自然環境保護の精神を加味した新興宗教がたくさん出現し、たくさんの信者を集めた。
 それらの宗教や神は、世界中の人々の心の拠りどころにはなったかも知れないが、もちろん、現実を変える力は持っていなかった。
 多少の救いだったのは、すべてを諦めるような終末観よりも、エコロジー的な考えが強い宗教の人気が高かったことだ。
 やがてそれらは離合集散を繰り返し、後に〝自然始原教〟が、それらをほぼ糾合することになる。
 世界中の人々が危機感を覚えてから、新興宗教が目立ち始めるまでに二十年ほどが経過していた。
 人類は、この二十年でその数を三割減少させていた。

 その頃、ある科学者グループが画期的な発見をしていた。
 それは専門外である数学者の素朴な疑問から生まれた。彼は、その疑問を伝える相手に、学生時代からの友人である医師を選んだ。

 数学者は、電話がつながると、時候の挨拶や近況を尋ねるのもそこそこに、質問を開始した。
「いま起きている個体数減少は、動物だけなんだよな?」
 確かに、藻類を含む植物と、キノコなどの菌類が例外であることは、事実として確認されていた。
「ああ。だが、それがどうした?」
「なぜだ?」
「ん?」
「だから、どうして動物以外は大丈夫なんだ?」
「おい、俺は忙しいんだぞ。出来の悪い学生に生物学の補講をしている暇はないんだ。」
 明らかにイライラしている医師の気持ちを和らげるために、数学者は笑い声を出してみた。
「まあ、そう言うな。医者が数学者より忙しいのはよく分かっている。俺だって、こういう状況じゃなきゃ、お前にわざわざ電話して、こんな質問をしたりはしないさ」
「どういう意味だ?」
「何となくだが、何か大事なことが分かりそうな気がしているんだ」
「ずいぶん漠然とした話だな」
「ああ、俺にとっては漠然とした話だ。だが然るべき知識のある人間にとっては、意味のあることかも知れん。それでこうしてお前に電話している」
 医師の小さな溜息が、数学者に聞こえた。
「分かった。聞こう」
「最初に聞いたことだ。どうして植物なんかには影響がないんだ?」
「どうしてって、そういうものだろう。大抵の病原菌やウィルスは、発病する動物が限られる。動物と植物で違いがあるのは、むしろ当たり前だろ」
「そうか、当たり前か。しかしそれなら、すべての動物が同じ病気に罹るっていうのも異常なことじゃないのか?」
「それはそうだが、何が言いたい?」
「例えばペストは、ノミが媒介になるんだよな?」
「そうだ」
 そろそろ本題に入らないと、友人が怒り出しそうだ、と数学者は思った。
「しかし、ノミはペストに罹るわけではないだろ?」
「そうだな。感染はするが発病はしない、と言った方がいいかも知れん」
「なるほど。今回の状況では、植物がその役割を果たしている、ということはないのか?」
「ベクター感染か……」
「そうだ。あるいは、植物自体が病原なのか……。どうだ、あり得ない話か?」
「いや、そんなことはない。だが……」
「植物が媒介になるなんてことは考えにくいか?しかし、いま起きているのは当たり前の状況じゃない。異常なことを想定しなきゃ解決できないことかも知れないだろ?」
 人類には、植物に対して、〝善良なもの〟〝清浄なもの〟という思い込み、いや、一種の信仰があった。その感情が、植物に疑いを持つことを阻害していたのかも知れない。
 数学者との電話を切ると、医師は、化学者と生物学者に連絡を取った。

 半年ほどをかけて、四人は、簡単な実験で数学者の仮説をある程度まで証明することに成功した。
まず、小さなケースに、いくつかの植物とラットを入れて観察した。植物の種類ごとにケースを作り、もちろん、植物を入れないケースも複数用意した。
 すると、半年後には、植物と同居していたラットはすべて死んだ。植物のないケースのラットに変化はなかった。
 植物そのものが病原なのか、何かの媒介となっているのかは不明のままだったが。
 四人は、専門にこの問題を研究する機関、LSI(Life-Support Institution)に実験結果を提出した。

 より精細な実験が、大規模に行なわれた。
 さまざまな種類の植物が、ラットとともにケース入れられて試された。結果は、ある意味予想通りに、藻類も含め、あらゆる植物がラットを殺した。
 意外だったのは、キノコなどの菌類は、植物に害されることも、ラットに危害を加えることもなかったことだ。
 さらには、植物とラットの間をある種の膜で隔て、空気以外は行き来できないようにもしてみたが、やはりラットは息絶えた。これにより、植物の放出する気体が原因ということまでは判明したのだが、それ以上は分からなかった。

 四人の研究結果がLSIに提出されてから、三年以上が経過していた。彼らの名前は歴史に刻まれたが、この時点で四人が存命だったのかどうかを示す資料は残されていない。
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