39 / 40
追憶のキーマカレー編
追憶のキーマカレー編8
しおりを挟む
姉さんと大森さんをなだめる事、数分。
「すみません。愛奈さんの泣いてる姿みて、つい、マスターが辞めちゃうんじゃないかと思って……。」
大森さんは顔をトマトのように、赤くして俯きながら喋る。
「お姉ちゃんも、ごめんね。大人気なく、大声で泣いちゃって……。」
姉さんも珍しく、しおらしい。
「二人とも、大丈夫だから。」
そう言い、僕は二人にホットコーヒーを煎れた。
「京ちゃんは、ほんとにいいの?岩下さんの所へ行けば、料理の腕だって『かもめ』に居るより上がるかもしれないよ?」
「大丈夫だよ。『かもめ』に居ても、腕は僕次第でしょ?」
「でも……。」
姉さんは下を向く。
「僕は『かもめ』が好きだから、ここに居るよ。姉さんや大森さんの事が大好きだから、ここに居る。」
姉さんと大森さんは、パッと花の咲いたように明るい表情になる。
「静江ばあちゃんも景子さんも源さん……大好きな人達が沢山居るから、僕は『かもめ』に居る。」
その言葉を聞いた途端に、二つの花はしおれてしまった。
「それに分かったんだ。『かもめ』にキーマカレーなんかのレシピブックが無い理由が……。」
「レシピブックが無い理由?」
姉さんは不思議そうに少し首を傾げる。
「うん。無い理由。僕達二人で『新しく作れ』って事じゃないかと思うんだ。自分達で新しい味を。もちろん、二人とも生きていたら、僕達もまだ『かもめ』で働いていなかったかもしれないし、ヒントや作り方も聞けたのかもしれないけど。それに、仮にだけど、家族四人で、お店をやることが出来ていたとしていても、四人で試行錯誤して、新しいレシピを作っていたんじゃないかと思うんだ。だから、残すようなレシピブックは無かったんだと思う。」
姉さんは少し考えて口を開く。
「……うん。そうかも。スパイスの配合も、お母さんの事だから暗記していただろうしね。」
「母さんが作ってくれたキーマカレーは、もう思い出の味になっちゃったけど、それを再現するように努力するのも、新しい『かもめ』のキーマカレーを作り出すのも、僕達は自由なんだ。」
姉さんはまた、うんうんと頷きながら、ポロポロと涙を零す。
それを見て、大森さんもまた泣き始める。
おっと、いけない。一つ大森さんには伝えないといけない事があった。
「大森さん。」
「はい?」
大森さんは涙を拭いて、僕を見つめる。
「僕、この前の答えですけど……。」
「はっ、はい!」
大森さんは姿勢を正す。でも、少しオロオロしている。
「さっき、二人で新しいメニューを作れ。みたいな事を言ってしまったのですけど……。良かったら、三人で新しいメニューを作りませんか?大森さんも僕と一緒にメニューを作ってくれませんか?よ!よろしくお願いします!!」
僕は頭を下げながら右手を出した。
「はっ!はいぃぃぃ!!こっつらこそ、よろしくお願いします!!」
大森さんはそう言い、僕の手を強く握り返してくれた。
「うふふふふ。早苗ちゃん。よかったわね~。あ、そうそう。京ちゃん。さっきの言い方だと、告白をOKしたのより、プロポーズに近いんじゃないかしら?」
姉さんは祝福してくれたけど、声はなぜか笑っていなかった。
二日後。
休み明けの『かもめ』は賑わっていた。
「京ちゃん!愛奈ちゃん!来たばい!」
静江ばあちゃんは颯爽と現れ、颯爽と食べて帰って行き。
ランチには景子さんがパン屋に戻りたくないと駄々をこね。源さんや鉄男さん、常連客の皆さんも次々とやってきた。
「皆さん、京ちゃんが残ってくれた事が嬉しいのね~。」
姉さんは嬉しそうに言いながら、オーダーを受けに行く。
そして閉店時間、間際。
「えへへ~。京一郎さん、来ちゃいました~。」
大森さん……いや、早苗ちゃんが、にこやかにやってきた。
「あらあら、早苗ちゃん。いらっしゃ~い。私は~?」
姉さんは早苗ちゃんの目の前に立ちはだかる。
「愛奈お姉さん、こんばんは。」
二人はニコニコと不気味に微笑みあう。
……今日も『かもめ』は平和だった。
「すみません。愛奈さんの泣いてる姿みて、つい、マスターが辞めちゃうんじゃないかと思って……。」
大森さんは顔をトマトのように、赤くして俯きながら喋る。
「お姉ちゃんも、ごめんね。大人気なく、大声で泣いちゃって……。」
姉さんも珍しく、しおらしい。
「二人とも、大丈夫だから。」
そう言い、僕は二人にホットコーヒーを煎れた。
「京ちゃんは、ほんとにいいの?岩下さんの所へ行けば、料理の腕だって『かもめ』に居るより上がるかもしれないよ?」
「大丈夫だよ。『かもめ』に居ても、腕は僕次第でしょ?」
「でも……。」
姉さんは下を向く。
「僕は『かもめ』が好きだから、ここに居るよ。姉さんや大森さんの事が大好きだから、ここに居る。」
姉さんと大森さんは、パッと花の咲いたように明るい表情になる。
「静江ばあちゃんも景子さんも源さん……大好きな人達が沢山居るから、僕は『かもめ』に居る。」
その言葉を聞いた途端に、二つの花はしおれてしまった。
「それに分かったんだ。『かもめ』にキーマカレーなんかのレシピブックが無い理由が……。」
「レシピブックが無い理由?」
姉さんは不思議そうに少し首を傾げる。
「うん。無い理由。僕達二人で『新しく作れ』って事じゃないかと思うんだ。自分達で新しい味を。もちろん、二人とも生きていたら、僕達もまだ『かもめ』で働いていなかったかもしれないし、ヒントや作り方も聞けたのかもしれないけど。それに、仮にだけど、家族四人で、お店をやることが出来ていたとしていても、四人で試行錯誤して、新しいレシピを作っていたんじゃないかと思うんだ。だから、残すようなレシピブックは無かったんだと思う。」
姉さんは少し考えて口を開く。
「……うん。そうかも。スパイスの配合も、お母さんの事だから暗記していただろうしね。」
「母さんが作ってくれたキーマカレーは、もう思い出の味になっちゃったけど、それを再現するように努力するのも、新しい『かもめ』のキーマカレーを作り出すのも、僕達は自由なんだ。」
姉さんはまた、うんうんと頷きながら、ポロポロと涙を零す。
それを見て、大森さんもまた泣き始める。
おっと、いけない。一つ大森さんには伝えないといけない事があった。
「大森さん。」
「はい?」
大森さんは涙を拭いて、僕を見つめる。
「僕、この前の答えですけど……。」
「はっ、はい!」
大森さんは姿勢を正す。でも、少しオロオロしている。
「さっき、二人で新しいメニューを作れ。みたいな事を言ってしまったのですけど……。良かったら、三人で新しいメニューを作りませんか?大森さんも僕と一緒にメニューを作ってくれませんか?よ!よろしくお願いします!!」
僕は頭を下げながら右手を出した。
「はっ!はいぃぃぃ!!こっつらこそ、よろしくお願いします!!」
大森さんはそう言い、僕の手を強く握り返してくれた。
「うふふふふ。早苗ちゃん。よかったわね~。あ、そうそう。京ちゃん。さっきの言い方だと、告白をOKしたのより、プロポーズに近いんじゃないかしら?」
姉さんは祝福してくれたけど、声はなぜか笑っていなかった。
二日後。
休み明けの『かもめ』は賑わっていた。
「京ちゃん!愛奈ちゃん!来たばい!」
静江ばあちゃんは颯爽と現れ、颯爽と食べて帰って行き。
ランチには景子さんがパン屋に戻りたくないと駄々をこね。源さんや鉄男さん、常連客の皆さんも次々とやってきた。
「皆さん、京ちゃんが残ってくれた事が嬉しいのね~。」
姉さんは嬉しそうに言いながら、オーダーを受けに行く。
そして閉店時間、間際。
「えへへ~。京一郎さん、来ちゃいました~。」
大森さん……いや、早苗ちゃんが、にこやかにやってきた。
「あらあら、早苗ちゃん。いらっしゃ~い。私は~?」
姉さんは早苗ちゃんの目の前に立ちはだかる。
「愛奈お姉さん、こんばんは。」
二人はニコニコと不気味に微笑みあう。
……今日も『かもめ』は平和だった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
快適に住めそうだわ!家の中にズカズカ入ってきた夫の浮気相手が家に住むと言い出した!私を倒して…
白崎アイド
大衆娯楽
玄関を開けると夫の浮気相手がアタッシュケースを持って立っていた。
部屋の中にズカズカ入ってくると、部屋の中を物色。
物色した後、えらく部屋を気に入った女は「快適ね」と笑顔を見せて、ここに住むといいだして…
ああ、本気さ!19歳も年が離れている会社の女子社員と浮気する旦那はいつまでもロマンチストで嫌になる…
白崎アイド
大衆娯楽
19歳も年の差のある会社の女子社員と浮気をしている旦那。
娘ほど離れているその浮気相手への本気度を聞いてみると、かなり本気だと言う。
なら、私は消えてさしあげましょう…
今ここで認知しなさいよ!妊娠8ヶ月の大きなお腹を抱えて私に子供の認知を迫る浮気相手の女が怖い!違和感を感じるので張り込むと…
白崎アイド
大衆娯楽
妊娠8ヶ月という大きなお腹を抱えて、浮気相手が家に来て「認知してよ」と迫ってきた。
その目つきは本気で、私はショックと恐怖で後ずさりをする。
すると妊婦は家族の写真立てを床に投げつけ、激しく「認知しろ!」と叫ぶのだった…
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる