上 下
19 / 28
新しい日々の始まり

新しい日々の始まり 12

しおりを挟む
 「あの~。お取り込み中、申し訳ありません。」

 ターニャさんが泣いている状況を見て、おずおずと、ある人物が入ってきた。
 ピンクの髪に瞳。神々しかった雰囲気はなりをひそめている。しかし、その容姿は紛れもなく。

 「ラ、ラファエルさんですか?」

 眠ったままだったラファエルさんが目を覚ましたのだ。
 泣いているターニャさんも心配だが、ラファエルをそのままにしておく訳にはいかない。どうしたらいいのか……。
 それに気が付いたのか、ララはターニャさんの肩を抱き慰めているようだ。そして、俺に目線を送る。
 どうやら、ターニャさんの事は任せろ。と言っているようだ。ならば。

 「はい。この度は、大変、ご迷惑をお掛けしました。」

 ラファエルさんは、深々と頭を下げる。
 鮮やかな淡いピンク色の長い髪が耳元からはらりと流れる。
 そして、俺はある事に気が付いた。

 「ラファエルさん、耳が……。」
 「はい。目を覚ましたら、このような耳に……。」

 イリア達はその耳を見て息をのみ。事前に昨日の話をしていたマーガレット達は唖然としていた。
 ラファエルさんの耳は、俺と同じ人型だった。昨日、うどんをすする時に髪をかきあげた時に見ている。しかし、今はイリア達と同じエルフの尖った耳になっていたのである。
 これは、かなりの一大事なのでは……。それを感じた俺達は言葉が出なくなる。
 キッチンダイニングには、ターニャさんの泣き声だけが響いた。
 まず、耳の話は置いといて、体調の事から聞いた方がいいだろか?それとも、丸一日以上寝ていたのだから、お腹が空いているかも知れない。お粥でも作って食べてもらおうか……。
 俺がそう考えていると。

 「ラファエル様。お体は大丈夫なのですか?」

 俺より先にイリアが口を開いた。

 「はい。おかげさまで、体調はすこぶる好調だと言えます。それに不思議とお腹が鳴くのです。これが空腹というものなのですね。初めての経験です。」

 可愛らしくお腹をさすりながら、ラファエルさんは言う。
 何だ?天使ってお腹減らなかったのか?
 昨日は食事をしていたし……食事はするから、栄養などは必要なのか?
 そもそも、体の構造は俺達と同じなのか?消化は??
 と、とりあえず、お粥……重湯を食べてもらって話をするか。
 重湯が大丈夫だったら、次はお粥って感じで様子を見た方がいいだろう。
 話はまず、ラファエルさんの食事の後だな。
 俺は後片付けを中断し、食事を作る事にした。
 
 
 重湯を食べ終わったラファエルさんは物足りなさそうな表情を浮かべたが、腹は少し落ち着いたのだろう。手を合わせ。
  
 「ごちそうさまでした。これは、ヤマトさんの世界の挨拶でしたね。」

 ラファエルさんはそう言い、俺達に向きあった。

 「そうですね。ウチではもう習慣になっていますが。それより、ラファエルさん、本当にもう体の調子は良いんですか?」
 「はい。体調的には問題ありません。ただ……。」

 そう言い、ラファエルさんは口をつぐんだ。

 「どうかなさいましたか?」

 口をつぐんだラファエルさんに、イリアは問い掛ける。

 「……正直、考えがまとまらないのです。」
 「考え?」
 「はい。まず、皆さんが不思議、不可解に思っている事は、大きく二つだと思っています。一つは、天使の輪を失った事について。もう一つはこの耳のことでしょう。」

 確かに、大まかに言えばそうだ。

 「実は、天使が天使の輪を失うという出来事は度々あるのです。天界では。」
 「あるんですか?なら、何で魔王様はあんなにビックリしていたんだよ?」

 ラファエルさんの言葉に、エリが反応する。
 そうだな。魔王様が知っていたら、あんなに驚く訳ない。

 「もちろん、魔王様が天界に居られた時にも、その様な出来事はありました。魔王様が驚きになられたのには他に理由があります。」
 「理由ですか?」
 「はい。そもそも、天界で天使が天使の輪を失うとどうなるか……ご存知ではないですよね?」
 「はい。」
 「本来、天界の輪を失った天使は寝込んだりしません。天使の輪を天使が失うと、魔力などの能力が著しく低下するのです。それは恐ろしい程に。」
 「著しく低下って、どのくらいなんですか?」

 俺はラファエルさんにたずねる。

 「そうですね。簡単にお見せ出来ますから。見ていて下さい。『ファイアーボール』。」

 ラファエルさんは無詠唱で魔法を唱える。
 しかし、魔法陣は展開される事なく、ラファエルさんの手の平の上にはマッチで火をつけた程度の弱々しい炎が揺らめいて消えた。
 俺が今までに見てきたファイアーボールはあんなに直ぐには消えない。小さなファイアーボールなら、今はイリアが打てる。威力を圧縮したファイアーボールが。
 そうなると、本当に能力が低下した影響??
 でも、疑問も残る。

 「無詠唱だからじゃないんですか?」

 俺より先に、アリシアがラファエルさんにたずねる。

 「いいえ。詠唱があっても変わりませんでした。ここに来る前、部屋で試したので。攻撃魔法は全て、この有り様でした。ただ、生活魔法は……『ファイア』。」

 ファイアーボールみたいに飛ばす事の出来ない、火を点けるだけの生活魔法、ファイア。
 そのファイアはメラメラと音を立てんばかりに激しく燃えていた。
 このファイアの様子から、ラファエルさんの魔力は恐ろしい程だと言っていい。
 ファイアをおさめ、ラファエルさんは続ける。

 「生活魔法は問題なく使えるようなのです。そして、『パーフェクト・ルームウォッシュ』。」

 ラファエルさんがそう唱えると、キッチンダイニングは淡い光に包まれる。
 それは一瞬の出来事だった。
 そして、反射的に目を覆った目を開けると、ラファエルさんが食事をした食器が綺麗になっている?いや……食器だけじゃない。テーブルや壁や天井にいたるまで、何もかもが綺麗になっていた。

 「このように、一部の天使としての権能が使えるのです。ちなみに、この権能はお部屋の中の物全てを綺麗にする魔法で、どんな汚れでも残る事はありません。」

 天使がこんな魔法を使えるなんて……。確か、天使は神様の世話係もやってるって聞いたな。だから、出来るのか?

 「それじゃあ、攻撃魔法以外の能力は低下していないんですか?」

 俺の質問に、ラファエルさんは首を横に振る。

 「身体能力の方はまだ試していないので、分かりませんが……一番大事な能力が失われています。」
 「一番大事な能力?」
 「はい。天使の翼が無いのです。」
 
 天使の翼だって?!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

私は、忠告を致しましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。  ロマーヌ様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ?

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫の裏切りの果てに

恋愛
 セイディは、ルーベス王国の第1王女として生まれ、政略結婚で隣国エレット王国に嫁いで来た。  夫となった王太子レオポルドは背が高く涼やかな碧眼をもつ美丈夫。文武両道で人当たりの良い性格から、彼は国民にとても人気が高かった。  王宮の奥で大切に育てられ男性に免疫の無かったセイディは、レオポルドに一目惚れ。二人は仲睦まじい夫婦となった。  結婚してすぐにセイディは女の子を授かり、今は二人目を妊娠中。  お腹の中の赤ちゃんと会えるのを楽しみに待つ日々。  美しい夫は、惜しみない甘い言葉で毎日愛情を伝えてくれる。臣下や国民からも慕われるレオポルドは理想的な夫。    けれど、レオポルドには秘密の愛妾がいるらしくて……? ※ハッピーエンドではありません。どちらかというとバッドエンド?? ※浮気男にざまぁ!ってタイプのお話ではありません。

処理中です...