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伝えたかった事。伝えたい事。

伝えたかった事。伝えたい事。9

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 おっさんは、エドガーさんに頼んでいたビールを片手に庭のベンチに座り、ぼ~っと空を眺める。
 アリシアの歓迎会もかねたパーティー。イリア実家の庭は賑やかなのに、おっさん一人、黄昏ていた。
 結局、分かった答え。俺は『怖い』のだと。
 それが一番の理由だと。気が付いたんだ。
 あれこれと理由を並べたが……。
 ……イリア達と同じ時間をずっと歩めないのが怖い。
 ……俺が居なくなって、イリア達が傷付くのが怖い。
 ……怖いのだ。
 俺は、溜め息を漏らし、ぬるくなったビールを飲み干す。
 予想以上のビールの出来のはずなのに、ビールはやたらと苦く感じた。
 「どうしたんですか?ヤマト??」
 呼び方が昔に戻っているイリアがそう言い、ビール瓶を片手に俺の横に座った。
 「ん?ああ……何でもないよ。」
 「そうですか?では、一杯、どうぞ。」
 「ああ。悪い。」
 氷で冷やしていたのだろう。注がれるビールは冷たさがグラス越に伝わってくる。
 「このビール、本当に揚げ物によく合いますね。ヤマト。」
 「そうだろ?この喉越しがたまらないよな。」
 まあ、実際、今日はその喉越しや味を楽しめていないが。
 「ふふふ。そうですね。」
 イリアは何時ものように、豪快に飲み干すのではなく、チビチビとグラスに口をつける。何をしおらしくしているのだろう?
 しかも、そう言ったっきり、イリアは言葉を発しなくなった。
 何時もなら気にならない事なのに、正直、今の俺の状態だと気まずい。何かいい話題は……。
 あっ!そうだ。
 「なあ、イリア。」
 「はい?何ですか?」
 イリアはなぜかウキウキしたような表情でこちらを見つめる。
 はっきり言って、今の俺には眩しすぎる。
 「あ……いや、あのな。お前、いつの間にか、昔のように、俺の事、呼び捨てになってるよな?」
 「え?!あ!気が付きませんでした。私、昔みたいに呼び捨てにしていましたか……嫌でしたか?」
 なんだ、本人も気が付いていなかったのか。
 「いや、嫌じゃないけど、何で『様』なんてつけていたんだ?」
 「……良かった。なら、昔と同じようにしていいですね。」
 「ああ。」
 イリアは嬉しそうな表情を浮かべ話を続けた。
 「そうですね。……一つは、私が照れくさかった事。もう、ヤマトも知っていると思いますけど、私は何度も変装してヤマトに会いに行きました。それでも、本当の私を見せるのは恥ずかしく、照れくさかったのです。それと、ターニャに相談したんです。ヤマトに私が昔会った事のある事がバレるといけない。昔みたいに呼び捨てだと、記憶が戻ってしまうのではないかと。そうしたら、メイドの自分のように『様』を付ければいいって……。」
 「そうだったのか……。」
 「……はい。」
 それっきり、また会話は途絶え少しの沈黙が流れる。
 様付けに関しては、ターニャさんに少し遊ばれている感はあるよな。普通に『さん』でも良さそうだし。料理出来ない、整理整頓出来ない、だらしない。メイドに向かない性格だってターニャさんは知っていただろうしな。もしかして、少しちゃんとして欲しかったのだろうか?
 ……そう考えると少し笑える。
 「どうかしましたか?ヤマト??何を笑っているのです?」
 どうやら、無意識に笑い声が出ていたのか、イリアが俺にたずねる。
 「……いや、何でもないよ。イリアとターニャさんはずっと一緒に居るんだよな?」
 「そうですね。ヤマトと別れてから、そんなに日にちの経たないうちに出会いましたから。ターニャとは本当に長いです。エルフで初めて出来た友達です。それがどうしたのですか?」
 「いや、俺は最近記憶が戻ったからさ、少し気になっただけだ。俺の記憶の中じゃ、お前、イジメられていただろ?」
 「……そうですね。あの日は。いえ……あの日まではイジメられていましたね。この瞳の事で。でも、あの日、ヤマトが人間界に帰った日から決めたんです。この瞳に誓って、変わろうと思ったんです。この瞳の色に誇りが持てるよう。私と同じ瞳の子が虐げられない世界を作ろう。って思ったんです。今度、もし、ヤマトと会う機会があったら褒めてもらえるよう。……それから、私、本当に変わったんですよ。イジメられっぱなしではなくなりました。良いことか分かりませんが、時にはガツンとやり返しもしました。勉強もいっぱいしました。モンスター退治だって大人に混じってやりました。ターニャを助けた時のように、盗賊や夜盗も退治しました。他人の為になる事も必死でやりました。そのかいもあって、段々と認めてもらえるようになりました。王宮魔術師にもなって、その長まで務めるまでになりました。いっぱいの人に褒めてもらえるようになりました。でも……!」
 そう言い、最初のにこやかな表情とは違い、イリアは涙目で俺を見つめ続けた。
 「どこか何時も虚しかった。その理由は分かっていました。一番、褒めて貰いたかった人には褒めて貰えない。いや、褒めて貰える訳がなかったんです。もう、二度と会う事自体が出来ないのですから。私は諦めていました。」
 「隻眼のワイバーンの後、俺の事を知ったんだな。」
 イリアは無言で頷き、続けた。
 「私は嬉しかった。どんなに想い焦がれても会えないと思っていたのに……。そこからの私はどうかしていたのでしょう。猪突猛進のエルフらしく、周りが見えていなかった。女王様の命もあって、足繁く人間界に通い、ニホン語を勉強し、ヤマトの事を知ろう。それだけで、頭がいっぱいになった。ターニャから、ヤマトをこの世界の住人にしよう。そんなとてつもない計画を聞いた時でさえ、僅かな躊躇しかしなかった。ヤマトと居られる。その事だけで、ヤマトの生活を、あるべきだった幸せ、あるかもしれなかった幸せを私は壊したんです。奪ったんです。私のワガママで。」
 グッとイリアは唇を噛み締め、更に続ける。
 「ヤマトは、私の事を許してくれる。と言ってくれました。それは凄く嬉しかった。でも……。私は本当に許させるのですか?許されていいのですか??……私は……私は……ヤマトの事がずっと好きで、ヤマトの事だけが好きで……大好きで、愛してます。こんな事を言ってはいけないと思っていますが、ヤマトをこの世界の住人にした事を後悔はしていません。自分勝手な事を言っている事も分かっています。でも、ヤマトは違う。ヤマトには、違う世界で違う道があったのです。家族や恋人は居なかったかもしれません。でも、想い人はいたかもしれない。夢だって私が知らないだけであったかもしれない。それを奪った私を、ヤマトは本当に許してくれるのですか?」
 
 
 
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