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尚の抱えるもの 8
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話を聞いた後に精一杯、私が出せた言葉はそれだけだった。
自分だったらと考えたら辛くなかったなんて言えるはずない。
プログラマーにとって作品は我が子に等しいくらい愛情や時間をかけて作ってきたものだ。
時間も努力も評価も何もかも全て奪われて、辛くないわけがない。
「辛くないわけないじゃん。悔しいよ、悲しいよ、ムカつくよ。殴ってやる勢いで怒っていいんだよ」
「⋯⋯っ」
「だからそんなふうに隠さなくていい。繕おうとしないで。嘘つかなくていいよ」
「⋯⋯──しいです」
「⋯⋯うん」
「悔しいです。めちゃくちゃムカついてます。本当は俺が出すつもりだった。なのにあいつが全部奪っていった。俺の努力も時間も何もかも⋯⋯許せるわけないです!顔を見るのだって死ぬほど腹が立ちます。殴ってやりたいくらいです」
溢れ出すその感情はずっと尚くんが心の内に無理やり押し留めていたもので、初めて感情を顕にした彼のメガネの奥の瞳には薄らと涙が溜まっていた。
きっと何もかも投げ出して諦めていたんだろう。
誰に言っても信じてもらえない、真実は嘘で塗り固められたもので、本当の真実を誰にも信じてもらえない。
その悔しさや悲しさは計り知れないはずだ。
「教えてくれてありがとう。私、尚くんの話、聞けてよかったと思ってるよ」
「いや、俺こそ勝手に話しちゃってすみません」
「尚くん。私は尚くんを信じてるからね。これからもずっと何があっても」
きっと尚くんにとってはこんな言葉、気休めにもならないだろう。
それでも絶対に伝えたかった。
私は尚くんの話を信じている、と。
私の瞳を見つめてゆっくりと瞬きをしたと同時に尚くんの瞳から一筋の涙が零れた。
黒縁メガネの向こう側で流れるその雫はとても美しく綺麗だ。
「───心春」
名前を呼ばれた先に視線を向けるとハザードをたき車から降りてきた伊織くんがこちらに向かってきていた。
伊織くんが来るまでにその涙を拭おうと、尚くんはメガネを1度外し手で頬を拭う。
「お疲れ様です。東雲専務」
「お疲れ様。心春と一緒にいてくれたのか」
「はい。1人じゃ危ないと思いましたので」
「そうか。ありがとうな」
「それでは俺は帰ります。心春さん、また仕事で」
「うん。気をつけてね」
伊織くんに深々とお辞儀をした尚くんは1人、背中を向けて歩き出す。
その後ろ姿を見つめる私の拳はきつく握りしめられており、それに気づいた伊織くんが優しく私の手に触れた。
「何かあったのか?」
「分かるの?」
「当たり前だろ。ずっと心春を見てきたんだ。様子がおかしいのなんてすぐ分かるよ」
私の握り締めた拳の力を解くようにゆっくりと伊織くんが私の指に手を絡める。
伊織くんが触れてくれるだけで不思議と心が穏やかになり荒ぶっていた感情が少しづつ落ち着いていくのが分かった。
それでも私の心に芽生えた怒りの感情は簡単には消えない。
余計なお世話と言われてしまうかもしれないけど、私はどうしても何か行動に移したかった。
「伊織くん。一つ、お願いがあるんだけど」
「心春のお願いならなんでも聞くよ」
真っ直ぐ見つめる伊織くんの瞳は柔らかく口角は緩やかに弧を描いていた。
以前に、みんなと同じ扱いでいいと言ったことを前言撤回させてほしい。
私は今、全力で専務である夫の立場を利用しようとしている。
余計なお世話だと言われるかもしれないが、私は止まれなかった。
自分だったらと考えたら辛くなかったなんて言えるはずない。
プログラマーにとって作品は我が子に等しいくらい愛情や時間をかけて作ってきたものだ。
時間も努力も評価も何もかも全て奪われて、辛くないわけがない。
「辛くないわけないじゃん。悔しいよ、悲しいよ、ムカつくよ。殴ってやる勢いで怒っていいんだよ」
「⋯⋯っ」
「だからそんなふうに隠さなくていい。繕おうとしないで。嘘つかなくていいよ」
「⋯⋯──しいです」
「⋯⋯うん」
「悔しいです。めちゃくちゃムカついてます。本当は俺が出すつもりだった。なのにあいつが全部奪っていった。俺の努力も時間も何もかも⋯⋯許せるわけないです!顔を見るのだって死ぬほど腹が立ちます。殴ってやりたいくらいです」
溢れ出すその感情はずっと尚くんが心の内に無理やり押し留めていたもので、初めて感情を顕にした彼のメガネの奥の瞳には薄らと涙が溜まっていた。
きっと何もかも投げ出して諦めていたんだろう。
誰に言っても信じてもらえない、真実は嘘で塗り固められたもので、本当の真実を誰にも信じてもらえない。
その悔しさや悲しさは計り知れないはずだ。
「教えてくれてありがとう。私、尚くんの話、聞けてよかったと思ってるよ」
「いや、俺こそ勝手に話しちゃってすみません」
「尚くん。私は尚くんを信じてるからね。これからもずっと何があっても」
きっと尚くんにとってはこんな言葉、気休めにもならないだろう。
それでも絶対に伝えたかった。
私は尚くんの話を信じている、と。
私の瞳を見つめてゆっくりと瞬きをしたと同時に尚くんの瞳から一筋の涙が零れた。
黒縁メガネの向こう側で流れるその雫はとても美しく綺麗だ。
「───心春」
名前を呼ばれた先に視線を向けるとハザードをたき車から降りてきた伊織くんがこちらに向かってきていた。
伊織くんが来るまでにその涙を拭おうと、尚くんはメガネを1度外し手で頬を拭う。
「お疲れ様です。東雲専務」
「お疲れ様。心春と一緒にいてくれたのか」
「はい。1人じゃ危ないと思いましたので」
「そうか。ありがとうな」
「それでは俺は帰ります。心春さん、また仕事で」
「うん。気をつけてね」
伊織くんに深々とお辞儀をした尚くんは1人、背中を向けて歩き出す。
その後ろ姿を見つめる私の拳はきつく握りしめられており、それに気づいた伊織くんが優しく私の手に触れた。
「何かあったのか?」
「分かるの?」
「当たり前だろ。ずっと心春を見てきたんだ。様子がおかしいのなんてすぐ分かるよ」
私の握り締めた拳の力を解くようにゆっくりと伊織くんが私の指に手を絡める。
伊織くんが触れてくれるだけで不思議と心が穏やかになり荒ぶっていた感情が少しづつ落ち着いていくのが分かった。
それでも私の心に芽生えた怒りの感情は簡単には消えない。
余計なお世話と言われてしまうかもしれないけど、私はどうしても何か行動に移したかった。
「伊織くん。一つ、お願いがあるんだけど」
「心春のお願いならなんでも聞くよ」
真っ直ぐ見つめる伊織くんの瞳は柔らかく口角は緩やかに弧を描いていた。
以前に、みんなと同じ扱いでいいと言ったことを前言撤回させてほしい。
私は今、全力で専務である夫の立場を利用しようとしている。
余計なお世話だと言われるかもしれないが、私は止まれなかった。
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