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これ以上好きになりたくない 6

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ぴたっと密着したお互いの身体から伝わる体温が混ざり合い、妖艶な雰囲気が醸し出た。
そのまま伊織くんは優しくも少し強引に私の顎をグイッと持ち上げると再び顔を近づけ私の唇を深く奪う。


顔を背けられたはずなのにそれをしなかったのは、私自身が彼とそうなってもいいと思えたからだ。
好きという気持ちが根底にある以上、それを断れるほど私はできた大人じゃなかった。


「んっぁーーーっんーーあっ」


私の口から漏れる甘ったるい声と唾液が絡み合うくちゃっという粘着音が自分の耳にも響き、それがやけに卑猥でとてつもない羞恥心に駆られる。
だけどそれ以上に伊織くんとの舌を絡めるキスが気持ちよくて離れられない。


「こは、る⋯っ」


激しい口付けの合間に掠れた声で名前を呼ばれ私の下腹部がきゅんと締め付けられる。
なんて色っぽい声で私を呼ぶんだろうか。


このキスの意味をこのまま伊織くんに聞いてしまいたい。
だけど怖くて、それができない自分に腹が立つ。


こんな熱の篭った口付けをされたら期待してしまう。
これ以上好きになりたくなんてないのに。


唇を離した私は恥ずかしすぎて伊織くんの顔が見れない。
情熱的な口付けは私の呼吸までも攫っていったため、自然と肩で呼吸をしてしまう。


(伊織くんがどんな表情をしているのか、見れない⋯⋯)


お金に目がくらんで結婚しただけだというのに、こんなキスされたら期待してしまう。
隠し切りたい好きという感情がどんどん大きくなって、私の中だけじゃ留められなくなってしまった。


「なんで⋯こんなキス、するの?」

「⋯っ」


止められなくなった思いはやがて言葉となって伊織くんにぶつけていた。
1度溢れた言葉は止まることなく湧き水のようにどんどん零れてくる。


「こんなキスされたら期待しちゃう。お互い利害の一致で結婚しただけなのに⋯伊織くんも私と同じなんじゃないかって⋯」

「心春⋯」

「私に触れる指も、名前を呼ぶ声も全部愛おしいって言われてるみたいで⋯理由の分からないキスも、なんでするの?私、これ以上⋯⋯」


"好きになりたくない"


その言葉はなんとか言わずに飲み込んだ。
こんな形で言うべきじゃないのは分かっているのに言葉が止まらない。


「伊織くんの気持ちが分からない⋯これ以上、一緒にいるのつらいよ⋯」

「心春⋯!」

「ごめん伊織くん。今日は寧々ちゃんの家に泊まってくる。一緒にいたら冷静になれないから、ごめんね。片付け、お願いしてもいいかな」

「⋯⋯分かった」

「少しだけ、冷静になりたいの。ごめんね伊織くん」


今一緒にいれば何を言ってしまうか分からない。
こんな気持ちがごちゃごちゃな状態では現状どころか結婚生活すら続けられるか自信がない。


"お互いに好きな人ができたときは潔く離婚する"


その条件は伊織くんを好きになってしまった場合はどうなるのか。
お金のための結婚なのに伊織くんの優しさや言葉にどんどん惹かれていき、いつの間にか心を奪われていた。


明日の着替えとパソコンを仕事用のバックに入れた私は足早に家を出ようとする。
こんな時にまで伊織くんは心配そうに玄関まで見送ろうとしてくれた。


「怒ってるとか、そういうのじゃないの。ただ冷静になりたいだけだから」

「⋯ごめん心春」


それは何についての謝罪なのか、私は怖くて聞けなかった。
何も言わずにキスしたこと?気持ちを弄んだこと?何に対しての謝罪なのかは最後まで分からない。


今の私は冷静になる時間が必要だった。
伊織くんからのキスの意味も、自分の気持ちの整理も、そしてお金のための結婚だということも。


全て整理する時間が必要だ。
家を出る最後の瞬間まで私は伊織くんの顔を見れなかった。


見たら、この流れで"好き"だと伝えてしまいそうで怖い。
私は最後まで伊織くんの表情を見ることなく家を後にした。
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