上 下
39 / 186

曖昧なキス 2

しおりを挟む
私よりも身長は高く短い黒髪はしっかり整えられており、爽やかな印象を感じる。
くしゃっと笑うその笑顔はどことなく私に似ていた。


「姉ちゃん何このマンション!こんなとこに住んでるの?」

「うん⋯まあね」


目をキラキラさせながらマンション内をきょろきょろ見回す冬麻は単純な好奇心からのものなんだろう。
だけど全て偽りのもので、全部伊織くんのおかげだということを隠し続けなければならない。


エントランスを抜けて冬麻と一緒に私たちの住む部屋まで向かう。
その間ずっと冬麻はワクワクしながらテンション高く話していた。


「ドキドキしてきた⋯姉ちゃんの旦那さんに会うの初めてだし」

「大丈夫だよ。すごくいい人だから」


ガチャっと扉を開けるとリビングの扉を開けて伊織くんが私たちを迎えに来てくれた。
彼の素顔を見た途端、冬麻が私の耳元で"めちゃイケメンだね"と囁く。


「いらっしゃい、心春から聞いてるよ。はじめまして、東雲伊織です」

「は、はじめまして!加賀美冬麻です。よろしくお願いします!」


少しだけ緊張したように背筋をピンッと伸ばして自己紹介する冬麻の姿を見て思わずクスッと笑ってしまう。
明らかに緊張しているのが伝わってきて面白い。


「よかったら持つよ」

「え、いいんですか!すみません、ありがとうございます」


冬麻が持ってきたキャリーケースを受け取るとそのまま伊織くんはリビングに案内してくれた。
廊下を歩きながらキョロキョロと辺りを見渡す冬麻はそわそわしているようだ。


「冬麻、お昼まだだよね?」

「うん。もしかして姉ちゃんが作ってくれるの?」

「そのつもりだよ。冬麻の好きな唐揚げ作るからね」

「まじか!最高~姉ちゃん大好き!」


冬麻は私が作る唐揚げが大好物で、帰ってくる度に作って欲しいと希望があるくらいには気に入ってくれている。
今回も冬麻のために唐揚げを前日から下味をつけて仕込んでいたため、あとは揚げるだけの状態だ。


リビングに着いた冬麻はお土産を買ってきてくれたようでそれを伊織くんに渡していた。
冬麻の住む寮の近くにあるケーキ屋さんの私の大好きなバームクーヘンのようだ。


「これ、姉ちゃんが好きなんですよ。よければ食べてください」

「ありがとう。あとでいただくことにするよ」


冬麻を騙していることには心が痛むが、伊織くんと冬麻が仲良さそうに話している姿を見るのはすごく嬉しい。
滞りなく過ごすための演技だって分かってはいるが、まるで本当の家族のように感じた。


「冬麻くんよかったら座ってて。お昼ができるまでコーヒーでも入れるよ」

「すみません、ありがとうございます」


ダイニングテーブルに冬麻を残し、伊織くんもキッチンにやって来た。
そんな彼は下味で漬けた唐揚げに片栗粉と小麦粉を混ぜた粉をまぶす私の耳元で吐息をかけながら囁く。


(絶対わざとやってるでしょ⋯!)


「いい子だな、心春の弟」

「うん。最高に優しい弟なんだ」


私と冬麻はたった2人の家族だからこそ、弟のことをそんなふうに褒めてもらえてすごく嬉しい。
冬麻は姉の私が言うとブラコンと言われるかもしれないが、本当にいい子で優しい子だ。


コーヒーを準備した伊織くんはカップを2つ持ち、ダイニングテーブルに座る冬麻に差し出す。
向かい合うように座る姿を見つめながら私は唐揚げを順番に揚げていった。


その間にサラダの準備と豚汁をもう一度温める。
冬麻が帰ってくるとのことでいつもよりも気合い入れてたくさん準備してしまった。


「あの、俺はなんて呼んだらいいですかね?義兄さん?伊織さん?」

「好きなように呼んでくれて構わないよ」

「なら伊織さんって呼ばせてください!」


人懐こい笑顔を見せ一瞬で誰とでも仲良くなれるのは冬麻のすごいところだと思う。
フレンドリーですぐに距離を詰められる冬麻だからこそ、無口で無愛想な伊織くんともこんなふうに打ち解けられるのかもしれない。


「俺、めっちゃびっくりしてて。姉ちゃんが突然結婚したって言い出して、付き合ってる人なんていないって聞いてたのに」

「冬麻!いいんだって、その話は」

「いやいやだって驚くじゃんか!結婚したと思えば相手は俺でも知ってる東雲ホールディングスの方だなんて」

「そりゃ驚くよな。俺と心春は高校の同級生で、たまたま再会して俺からアプローチしたんだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。 その肩書きに恐れをなして逃げた朝。 もう関わらない。そう決めたのに。 それから一ヶ月後。 「鮎原さん、ですよね?」 「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」 「僕と、結婚してくれませんか」 あの一夜から、溺愛が始まりました。

年上幼馴染の一途な執着愛

青花美来
恋愛
二股をかけられた挙句フラれた夕姫は、ある年の大晦日に兄の親友であり幼馴染の日向と再会した。 一途すぎるほどに一途な日向との、身体の関係から始まる溺愛ラブストーリー。

冷徹上司の、甘い秘密。

青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。 「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」 「別に誰も気にしませんよ?」 「いや俺が気にする」 ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。 ※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。

閉じ込められて囲われて

なかな悠桃
恋愛
新藤菜乃は会社のエレベーターの故障で閉じ込められてしまう。しかも、同期で大嫌いな橋本翔真と一緒に・・・。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜

青花美来
恋愛
「……三年前、一緒に寝た間柄だろ?」 三年前のあの一夜のことは、もう過去のことのはずなのに。 一夜の過ちとして、もう忘れたはずなのに。 「忘れたとは言わせねぇぞ?」 偶然再会したら、心も身体も翻弄されてしまって。 「……今度こそ、逃がすつもりも離すつもりもねぇから」 その溺愛からは、もう逃れられない。 *第16回恋愛小説大賞奨励賞受賞しました*

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

処理中です...