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曖昧なキス 1

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9月頭の土曜日、私は1人ソワソワと落ち着かない時間を過ごしていた。
今日は冬麻が私たちの家に泊まりに来る日だ。


冬麻には事前に結婚したこと、今は旦那さんと一緒に暮らしていることを伝えている。
もちろんそれを伝えた直後、冬麻はめちゃくちゃ驚いていて、それと同時に何も相談せずに結婚したことが少しだけ悲しそうだった。


「ごめんね伊織くん。ご両親に挨拶する前に弟に会うことになっちゃって」

「謝ることなんてない。心春の家族に会えることは嬉しいことだよ」


しっかりと髪を整え、襟付きのシャツとパンツ姿の伊織くんはシンプルな服装にも関わらずすごくかっこいい。
本当の夫婦じゃないけどそんな素敵な彼の隣にいられることが幸せなんだと感じるようになった。


「心春」

「ん?」


私に近づいてきた伊織くんはそのまま私の腰に腕を回して自分に抱き寄せる。
突然の行動に身体が固まり、ただ彼を見上げることしかできない。


大きくてがっしりとした身体に抱き寄せられピタッとお互いの体温が溶け合う。
私を見下ろす表情はとても穏やかでその目尻は優しく下げられていた。


「ど、どうしたの?」

「⋯心春が可愛くてつい」


(本当にどういう意味でそんなこと言ってくれるのか分からなさすぎる⋯からかわれてる?)


伊織くんは満足そうに微笑んでくれているがやっぱりその言葉の真意は分からない。
そんな甘い言葉を囁かれドキドキしないわけないし、どうしてもトキメキを感じてしまう。


「そんなの言われると⋯恥ずかしいよ⋯⋯」


視線を伊織くんから逸らしボソッと呟いた。
私の顔は自然と赤く熱を帯びており、耳まで熱くなったのが分かる。


そんな私を見下ろしながら抱き寄せる伊織くんの腕の力はなぜか強まり更に密着度が増した。
それに驚きつつ彼を見上げると伊織くんの顔がどんどん近づいてくる。


(えっ、待って、キスされる?!)


そう思いギュッと目を閉じるが唇にはなんの感触もなく私の勘違いに終わった。
伊織くんの顔は私の肩に埋められており、彼の吐息が肩にかかり少しくすぐったい。


「その反応は⋯ずるい」

「え⋯伊織くん?」


ため息を深く吐くその意図が理解できず、私は抱きしめられたまま身動きが取れずにいた。
会社ではみんなに尊敬されて淡々と仕事をこなす伊織くんが家ではこんなふうな一面を見せてくれるなんて誰も知らないんだろう。


私だけが見られると思うと、なぜか私の中に優越感が生まれた。
そんな感情を抱ける資格なんてないというのに。


私たちを包み込む空気がいつの間にか甘く甘美なものに変わりつつあった雰囲気を遮るように私のスマートフォンに連絡が入った。
まるで私のおこがましい感情をかき消すようなタイミングで一気に現実に引き戻された気がする。


身体を離した私はスマートフォンを確認すると冬麻がタクシーで家の前に着いたとのことだった。
私たちの身体が離れた時、伊織くんの顔が少しだけ残念そうに見えたのは気のせいだろうか。


「弟が家の前に着いたみたい。迎えに行ってくるね」

「気をつけて」


火照った顔の熱を冷ますようにパタパタと玄関に向かい、エントランスを出て冬麻を迎えに行く。
キャリーケースを持った冬麻は私の姿が見えると笑顔で手を振ってくれた。
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