花の姫君と狂犬王女

化野 雫

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第43話 本当の姉を知った夕べ

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「まあ、その後、カタリナお前が生まれて
 私はそれを理由になお一層ひねくれて行ったって感じ。
 その辺りの表の事情はお前も知っての通りだよ。
 ちなみに私から王位継承権を剥奪の宣言をする時の
 お父様の演技は下手な役者が裸足で逃げるほど素晴らしい物だったよ」

 静はそう言って笑うと大きな丸い氷の入ったグラスにく口を付けた。琥珀色の液体に浮かぶ氷がカランと綺麗な音を奏でた。

「そうそう、あの時は、王宮で緊急会見と称してマスコミ集めて、
 静さんの20歳の誕生日に合わせて『王位継承権剥奪宣言』をしたのです。
 その場に居た私も二人の演技と知りながら一瞬背筋が寒くなりました。
 だって、静さんは王宮に軟禁されてたはずが、
 会見の終了間際に会見場に乗り込んで来て、
 用意されてた水差しの水を演台に居たこの人に豪快にかけた上に、
 殴り掛かったんですもの。
 そうしたらなんとこの人、腰に付けてた王家の宝刀を引き抜いて、

 『そこに直れ、静!
  父であるこの私がこの場で引導渡してやる!』

 なんて叫んで静さんに切りかかったものだから会場はもう大パニック。
 SPや侍従やらが一斉に二人に飛び掛かり暴れる二人を必死に押さえつけてね。
 しかもその状況はTVで生中継ですものね」

 するとフレデリックに寄り添う様に座っていたマリアがそう懐かしそうに語って笑った。

「でも、あれも姉さんの演技だったんでしょ。
 お父様もお母様も知ってたのに私一人が蚊帳の外だったなんて……。
 あの時、私なんかあんな会見がある事も知らず、
 学校に行っていて、ちょうどランチタイムで、
 友達がスマホで会見を見てて知ったのよ。
 もう、私、恥ずかしいやら腹が立つやらで……」

 話を聞いていたカタリナが、テーブルにあった焼き菓子が乗って皿に手を伸ばしながら苦笑した。

「そうそう、あなた、学校から帰るなり、
 いきなり静さんの部屋に乗り込んで怒鳴り散らかした挙句、
 静さんに今度はあなたが殴り掛かって姉妹で取っ組み合いの喧嘩。
 今度はメイド達やら執事達やらが駆けつけて取り押さえる大騒ぎに」

「あの時の騒ぎはいまだに王宮じゃ語り草だものな。
 『あの時はお淑やかで大人しいカタリナ様とは思えぬ暴れ様だった』とね」

 そんなカタリナを見てマリアとフレデリックはまるで他人事の様にそう言って愉快そうに笑った。

「もう笑い事じゃないわよ。
 その時の私は、
 マスコミの前であんな事してお父様に恥をかかせたお姉さまに、
 心底腹立ててたんだから。
 じいや達が来なければ私が姉さんを殺してたところだったわ」

 そんな両親を見てカタリナは少しその頬を膨らませてそう呟いた。

「実際、私もあの時は、このままじゃヤバいかもって思ったからな。
 いざとなったら私の隠された力でお前を気絶でもさせるしかないかと。
 幸い、執事やメイド連中が、
 王宮に帰って来たお前の様子がおかしいのに気が付いてそれとなく、
 身構えていたからそうならなくて済んだがな。
 おかげで私も王宮左翼から右翼に部屋替えする口実が出来たから
 結果良ければって奴だった」

「あの時、姉さんがお部屋を右翼に変えたのって、
 『私達と顔を突き合わせて暮らすなんてもうまっぴらだ!』って
 言う表向きの理由の他にちゃんとした理由があったの?」

 フレデリックとマリア同様に笑いながらそう言った静にカタリナが尋ねた。

「左翼は王家の者のプライベートエリアで、
 私の裏の仕事関係の人間との接触には色々使いづらかったからな。
 右翼にすればメイド達使用人の目も行き届かなくなるし、
 何より王宮に入ってるそっちの仕事の関係者とも接触がしやすくなる」

「王宮に入っている関係者って?」

「そりゃ、静の『Heaven’s Gate』の関係者に決まってるだろ」

 カタリナの問い掛けに静ではなくフレデリックがにやにや笑いながらそう答えた。

「『Heaven’s Gate』ってラマナス戦略情報部の事よね。
 ダウンタウンの路地裏にバーに偽装されてあるのはさっき聞いたけど、
 この王宮にも出張所みたいなのがあるの?」

「実質的に私の為の組織なんだからこっちにも窓口はあるさ。
 なんせ一応私の住む王宮なんだからクローディアみたいに、
 私の息のかかった奴も少なからず居るからな。
 そいつらが情報交換したりする場所が必要だろ?」

「そう言われればここで姉さんの事知ってるのが、
 お父様、お母様とクローディアだけってのも不自然だしね。
 でも、王宮にそんな部署あったかしら?」

「王宮史編纂部……」

 静とカタリナの会話にくすくす笑いながらマリアが割り込んでそう呟いた。

「ああ、あの王宮の皆からあそこに落ちたら最後言う意味で、
 『奈落の底』って陰口叩かれてる王宮の隅っこにあるとこ?」

 カタリナは、王宮の事務棟と客用宿泊施設を兼ねた右翼棟一階の隅、しかも裏庭に面した陽も当たらない場所にある『王宮史編纂部』を想い出した。そこは、何か大きな不始末をしでかした王宮で働く者が送られる、言わば『姥捨て山』の様な部署だった。王宮で働く以上、外部には漏らせない事を知ってしまう事もある。その為、そう言う者が不祥事を起こしても簡単に解雇する訳に行かず、この部署に置いて飼い殺しにすると言うのがカタリナのそれまで聞いていた『王宮史編纂部』の実態だった。

「そうだよ、カタリナ。
 おかげで普通の使用人達は絶対に近寄らないから都合が良い」

「まあ、どうせ、姉さんたちがわざとそう言う部署にしたんでしょうけどね。
 そう言えばそんな部署なのに、
 時々クローディアが尋ねて行くのを見て不思議に思ってたんのよね。
 その時は、そんな連中だから時折メイド長として監視に行ってると思ってた。
 それもそう言う事なら何の不思議もないわよね。
 クローディアもあそこの所属って事なんだから。
 ホント、この王宮って言うかこの国って、
 そこの国の王女なのにこの私が知らない事がまだどれだけある事やら……」

 静の言葉に、半分、呆れた様な、そして半分諦めた様な顔になってカタリナがそう呟いた。

「所属と言うか、あの部屋の統括者がクローディア本来の役職だけどな。
 クローディアの場合、メイド長としてもあまりに有能だから、
 どっちが本来の職務だったか、この私でも時々分からなくなる」

「そうそう、それは私達も同じよ。
 クローディアって本当、優秀な人よね」

「その上、美人だしな。
 マックスの奴にはもったいなさすぎる」

 静がそう言うと、マリアとフレデリックも頷きながらそう同意した。

「あら……あなたもクローディアを狙ってた口でしたの?」

 マリアが迂闊にそう口にしてしまったフレデリックの言葉尻を捉えてじろりと上目遣いに彼を睨んだ。

「いや、そんな、今の私にはお前以外の女など眼中にない!」

 そんなマリアに慌てたフレデリックがそう言い訳すると、それを見た静とカタリナが愉快そうにけらけらと笑った。
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