花の姫君と狂犬王女

化野 雫

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第41話 マリアが知った姫の決意

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 結局、マリアは『ラマナス王の新たな后』となる話を受ける事にした。

 それは、今の静があのAHASのMMIUと一体化してその存在を維持している事を静の口から聞いたからだった。

 しかし、マリアが、静の申し出を受ける事にしたのは、そんな極々一部の者しか知らされていないラマナスの最高機密を語られる程自分を買われたからではない。

 静は言った。

『私はこの世でただ一人実在するスワンプマン』だと。

 たった10歳そこそこの少女がそう言ったのだ。

 そう、事実はマリアが想像したより遥かに残酷な物だった。

 マリアは、静は最悪全身義体化しても脳はオリジナルのまま移植された物と思っていた。しかし、実際にはその脳さえも今目の前に居る静の体には残ってはいなかったのだ。はっきり言えば、オリジナルの静の体はその中にあった情報以外、一欠けらも残ってはいなかったのだ。それがどれほど残酷な事なのかマリアには痛いほど分かった。しかもその決断をしたのは他ならぬフレデリックだったと言うのだ。それは愛情と言うより、もはや助ける事の出来なかった亡き妻への『妄執』だとマリアは思った。

 それを知ってマリアは、心に深い傷を負った愛するフレデリックの傍に居てその支えになりたいと思った。そして、何よりその父の妄執で人ならざるバケモノにされてしまった静に寄り添いその心を少しでも救いたいと思った。

 ただ、それはその時、マリアが思った程簡単な事ではなかった。


 フレデリックの後妻になる事を承諾した後、静から聞かされた計画は驚くべき物だった。

 それは、今のままではともすれば世間の好奇の目に晒され、色々あらぬ詮索をされ悪役にされかねないマリアとその子供の為に、静自身が『汚れ役』を買って出ようと言う物だった。

 もちろん、表向きは、まだ幼く五体満足ながらもその顔に酷い火傷と縫い傷の残った静では、ラマナス王のパートナーとして公式の場に出る事は酷ではないかと言う理由で、静の代わりと公式の場に出る為、後妻としてマリアが選ばれたと言う事になる。

 しかし、亡くなった忍は国民の人気も高かった。しかもその娘である静も国民に絶大な人気を誇っていた。そんな中でマリアが後妻になれば、ともすれば国民から『下心あって傷心のフレデリックに近付いた年増女』として誹らる憎まれ役となるのは火を見るより明らかだった。特に、候補に挙がりながら王妃の座を逃した者たちは意図的、あるいは無意識の内にその様な噂を広める様な事をしかねない。

「ですから、私は不良娘になります。
 この歳で母を理不尽に奪われ、
 命が助かったとは言え女の命とも言える顔や体中に、
 酷い火傷と縫い傷が残る体になれば、
 何不自由なく育った姫君の心が捻じ曲がって不思議ありません。
 いわんや私はまだ10歳そこそこです。
 世間を憎み、色々な事に斜に構える面倒な娘になったとしても、
 国民は、ある程度、それを許容してくれるでしょう。
 ただ、私への同情はあっても、素行不良が酷ければ、
 当然、以前の様な人望はなくなります。
 そうすれば勢い、相手があなたの様な性格の方なら、
 そちらの方へ国民の信望は向かう物です。
 そして、将来的には、見た目も似醜く、その上の素行不良の姫より、
 あなたが生む美しく素直な子供を次期国王にと、
 自然と国民は望む様になります」

「しかし、それでは姫様があまりにも……」

 静がそう説明するとマリアは思わずそう口にした。

「私がもう『人間ひと』でない以上これが一番良いのです。
 今の私はこの星の人間がまだ触れてはならない技術の塊です。
 私の本当の姿は絶対に人々には知られてはならないラマナスの秘密。
 それを守りながら、ラマナス王家の血を残し、
 なおかつそれを国民、いえ世界中の人々が自然に受け入れるには、
 この方法以外ないでしょう。
 それに、私自身も王家からドロップアウトした形の方が、
 色々自由に動けますからね。
 私は裏からこのラマナスと言う国を、
 そして、お父様や新しいお母様であるあなた、
 さらには生まれて来る私の弟か妹を支えます」

 マリアの言葉を制して静はそう続けて笑った。マリアにはその静の壮大な計画がすべて理解出来た。そしてその中で自分が演じなければならない役割も良く分かった。それは表向きは『善人』を演ずることであるが、並の神経では務まらない程大変な事でもある事も理解できていた。そして、そんな大役に多くの候補者の中から自分が選ばれた事を誇りに思うと共に、その責任と役割の重さに身が引き締まる想いだった。

 もっともこれは、事情を知らない者から見れば、こんな事は『中二病に掛かった幼いお姫様のたわ言』と一笑に付されてしまいかねない事である。目の前の静はテロにあってその精神がおかしくなっていると考える者も多いだろう。そんな子供相手に自分の様な大の大人がと真面目に相手をしてと笑われかねない。

 しかし、今のマリアにとって、目の前に居る静は10歳の幼い姫君ではなった。人類の英知の全てを結集しても太刀打ちできない遥か上位に位置する存在である事は間違いないと言う確信があった。その、言わば『神にも近い存在』から、一生同じ秘密を共有するパートナーに選ばれたのだ。これは間違いなく名誉な事だとマリアは思った。

「でもね、マリアさん。
 一つだけ絶対に忘れないでいて欲しい事があります」

 自身がこれから背負う運命の過酷さに身が引き締まる想いで立ちすくんでいたマリアに、突然、静が柔らかい、そう、それは紛れもなく10歳の少女が見せるにふさわしい笑みを浮かべて言った。

「何でしょう、姫様」

 マリアは姿勢を整えて聞いた。

「これからは私は、あなたの事を口汚く罵る事が多くなります。
 事情を知っていても、あなたが怒りたくなるような事もします。
 でもね、本当の私の心は、
 あなたに『私の新しいお母様になって欲しい』これだけなのです。
 もうすでに『人間ひと』でなくなっただけでなく、
 自身の中に『魂』と言う物が残っているかどうかすら私は分からないのです。
 『静=ラマナス』と言う既に死んでしまった人間を
 完璧に演じるロボットであるかもしれないのです。
 いえ、むしろ、私はそちらの可能性の方が高いと思っています。
 でもね、私はそんな存在でも、10歳の静の心も持っているのです。
 例えそれが偽物の作り物でも確実に存在するのです。
 その心が泣くのです。母が恋しいと泣くのです。
 でも、そんな甘えは許されぬ立場である事を知る自分も居るのです。
 だから、マリアさん、せめて誰も居ない時は……」

 そう語る静の目からは涙がこぼれ落ちていた。その姿を見てマリアはその時、何かをはっきりと確信した。
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小説の匣
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