花の姫君と狂犬王女

化野 雫

文字の大きさ
上 下
39 / 48

第37話 国王フレデリックの慟哭

しおりを挟む
 AHAS船内の巨大なメインコンピュータルームに運ばれた静の体は直ちにクスコー博士の手でデータ移植の作業に入った。そしてその作業自体は、何のトラブルも発生することなく丸一日と少々の時間で無事終了した。


 博士から一人でAHASのメインコンピュータルームに来る様に連絡を受けたフレデリックは当惑した表情を浮かべていた。彼はこの場で愛娘である静に再び会えると思っていたのだが、そこには博士と、たくさんのコードに繋がったメカニカルな椅子に座ったあの鬼が居るだけだった。そして、その傍らには白木の小さな箱が置かれていた。

「陛下、お待ちしておりました」

 そこに居た博士は入って来たフレデリックを見て、そう言って臣下の礼を取った。

「データ移植を終えた姫君本体は脳波フラットを確認の上、荼毘に付しました。
 少ないですがこれが姫君のご遺骨となります」

 そして、傍らに置かれた白木の箱を手でさし示し、深々と頭を下げたままそう言った。

 そこ言葉はフレデリックにとって、予想はしていた事ではあったがそれでも実際にそう聞くとかなりのショックを受けた。データ移植を終えれば本来の静の体は死を待つのみとなる。仮に生命維持装置を付け無理やり心臓を動かしたとしても、もはやそれは『人』ではなくなっている。静自身が苦しまなければ、そのままその肉体は……とと言うよりもはや『肉片』は死を迎えさせるのが妥当だとは分かっていた。データ移植が成功し、AHASのMMIUの内部、いや正確にはAHASのメインコンピュータの中で生き延びる事が出来るならそれは静にとっても今は一番幸せな事なのだとフレデリックは自身に言い聞かせた。

 それでも、今、静の残った体が骨になったと言う事は、ある意味、間違いなくそれは静の死である事は変わりないのかもしれない。『魂』をデータとして移植できたかどうかがはっきりしない今、白木に収められた静の遺骨はやはり、彼女の死を意味している可能性が高い。いや、もし『魂』のデータ移植が成功していたとしても、それはコピーでありオリジナルはあの残った肉体に残っていた可能性すらある。その場合は確実にオリジナルの静は死んだことになる。

 そう考えた時、フレデリックの胸に何か熱い物が一気に吹き上がって来た。彼は思わずその白木の箱に駆け寄ると小さなその箱を胸に抱きしめ声を上げて泣いた。それはまさに慟哭と言うにふさわしい物だった。ラマナス王として、また幼き頃はそうなると決められていた立場故、彼は今までかつてこれほど感情をストレートに表に出す事はなかった。それは最愛の妻、忍が遺体一欠けらも残さず死んだと知らされた時も含めてだった。

 博士は、そんなフレデリックから目を逸らし、3Dディスプレイが浮かび上がるコンソールを向いて何か作業を始めた。

 実は、博士とは高校からの同級生でもあるフレデリックには良く分かっていた。博士は一見、狂人の様にも見えるがそれはその感情や思ったことを表現するのにしごく不器用なだけで、その心は普通の人以上にまともであった。今回も、フレデリックがそうなるであろうことを予測して、彼一人にここへ来させ、その感情を誰はばかることなく爆発させてやりたいと言う思いやりからだったのだ。

 ひとしきりフレデリックが号泣し、やっと落ち着いて来たころを見計らい、博士はコンソールでの作業を中断して……実際、それが必要な作業があったのかどうかは疑わしいが……フレデリックに向き直ると口を開いた。

「フィレデリック、落ち着いたか?」

 そう口にした博士は今までのマッドサイエンティスト然とした感じとは全く違っていた。それは極々普通の友人に話しかける風だった。

「ああ、すまんな、アンソニー、気を使わせた」

 フィレデリックもしごく自然で柔らかい笑みを、涙でくしゃくちゃになった顔に浮かべて答えた。

「実際、この作業中は生きた心地がしなかったぞ。
 なんせ、人間一人のデータ移植なんだからな。
 相手がAHASのメインコンピュータでもその機能にかなり制限が掛かる。
 特に我々にとってAHASを動かす唯一のキーであるMMIUが
 完全に機能を休止していたからな。
 もし何か大事が起こってもAHASは使いえない状態だった。
 しかもそんな事、どこにスパイや盗聴器があるやもしれない現状では、
 お前と二人きりになれない限り絶対に言える事じゃないからな。」

 そんなフレデリックを見て、少しだけいつもの様子に戻った博士が言い訳がましく説明をした。

「私の娘の為に気苦労を掛けてた。
 本当にありがとう、アンソニー」

「まあ、なんだ、他ならぬお前とその娘の為だ、気にするな」

 フィレデリックはそう再び友人として礼を述べると、博士は珍しく照れた様に頭を掻きながらそう答えた。

「それでアンソニー、結果はどうなんだ。
 見た所、MMIUには何の変化はないようだが?」

 何か自身を落ち着ける様に大きく深呼吸を一度してからフレデリックが博士にそう尋ねた。

「安心しろ、すべては何のトラブルもなく完璧に終了している。
 後はMMIUを再起動させれば、そこに姫君の意思が発現するはずだ。
 そうなれば、その意志が持つ記憶から、
 全身を構成するナノマシンを組み替えて、その姿もテロ前の姫君に戻るはずだ」

「そうか、では頼む、アンソニー」

 博士の説明を聞いたフレデリックは、はやる気持ちを押さえ、あえてゆっくりと落ち着いた口調で博士を促した。そして博士もその言葉を聞いて、再びコンソールに向かい何やら操作を始めた。

 すると、椅子に座る鬼の、今まで消えていたあの特徴ある全身を覆う幾何学模様の刺青が再び青白く浮かび上がて来た。そして最後にぶんっと言う小さな音を立てて濃いバイザー越しに二つの赤い光が点った。


 そして鬼がゆっくりと椅子から立ち上がり、少しふらつきながらフレデリックにゆっくりと近づいて来た。その動きは、いつもの人間と全く変わらぬスムーズな鬼の動きとは明らかに違っていた。

 当のフレデリックも、そしてコンソールの前で見守る博士も、その光景に思わず息を飲んだ。

「お……おと……おと……」

 鬼が言葉を発した。それは、たどたどしいながら今までの抑揚のない機械的な音声とは明らかに違っていた。まるで初めて声と言う物を出すかのように何度か少し苦し気に声を出した後、鬼がはっきりと聞き取れる声で言った。

「お父様……」

 それは、フレデリックにとって決して聞き間違える事のない声だった。少々、のど風邪を引いた後のしゃがれ気味ではあったが、それは紛う事なき、愛娘『静』の肉声だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー 魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。 「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。 <第一章 「誘い」> 粗筋 余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。 「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。 ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー 「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ! そこで彼らを待ち受けていたものとは…… ※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。 ※SFジャンルですが殆ど空想科学です。 ※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。 ※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中 ※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。

追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい

桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜
SF
超絶美人なのに男を虫ケラのようにあしらう社長秘書『玲子』。その虫けらよりもひどい扱いを受ける『裕輔』と『田吾』。そんな連中を率いるのはドケチでハゲ散らかした、社長の『芸津』。どこにでもいそうなごく普通の会社員たちが銀河を救う使命を背負わされたのは、一人のアンドロイド少女と出会ったのが始まりでした。 『アカネ・パラドックス』では時系列を複雑に絡めた四次元的ストーリーとなっております。途中まで読み進むと、必ず初めに戻って読み返さざるを得ない状況に陥ります。果たしてエンディングまでたどり着きますでしょうか――。

蒼白のリヴァイアサン

黒木箱 末宝
SF
失恋に思い悩む青年──南海 流児(みなみ りゅうじ)が気晴らしに早朝の散歩をしている途中、地球上に存在し得ない異形の存在を発見する。 その異形の存在が巻き起こした波に飲まれてスマホを落としてしまった流児は、スマホを追って海へと飛び込んでしまう。 しかし、その海は何処か不思議で不自然で…………。 これは、不思議な海で巻き起こる、青年の新たな恋と冒険の物語。 ■本編完結済み。 ※カクヨム、小説家になろう、ハーメルにも投稿しています。 誤字脱字の報告、イイねやエール、コメントやお気に入り登録などの応援をよろしくお願いします。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

魔法と科学の境界線

北丘 淳士
SF
時代は22世紀半ば。 一人で留守番をしていた幼少の旭(あきら)は自宅の廊下で、ある少女と出会う。 その少女は映像だったが意思疎通をし仲が深まっていく。 その少女との約束を果たす前に彼女は消えてしまう。そこから科学者の道へと舵を切る旭。 青年になった彼を待ち受ける真実とは。 宗教、戦争、科学技術、未来、の根本を問うS(少し)F(不思議な)物語。

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

処理中です...