花の姫君と狂犬王女

化野 雫

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第31話 鬼の中に住むもう一人

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「あんたの……いや、今は私のでもあるか。
 いくらAHAS本体は動かさないとしても、
 OTA兵器を使用するとまた大事になるからな。
 それに、この方法でも確実に処理できる確信があった」

「ソノ思考、今ハ理解デキル。
 私モオ前ト言ウ存在ヲ通シテコノ星ノ人類ヲ学ンダカラナ」

「まあ、この星の人類はあんたらからすればまだまだ子供だよ。
 いや、まだ赤ん坊と言うべきかもね」

「イッソノ事、オ前ガ私本体ヲ使ッテコノ星ヲ制圧シ、
 ソノ後、完全管理下ニ置イタラドウダ?
 オ前ナラ、コノ星ノ管理者トシテノ資質ハ有ルト
 私ハ判断シテイル。
 オ前ガ、ソウ望ムナラ私ハ協力ヲ惜シマナイ」

「それは光栄な事ね。
 でも私は女王って柄じゃない。
 この星の人類って奴は頭ごなしに押さえつけると、
 例えそれが『正しい事』でも反発するものなのよ。
 時間がかかっても判断は彼ら自身に任せるのが良いと思う」

「ソウカ。ソノ事、重要事項トシテ記録シテオコウ」

「おっと、大気も濃くなって減速もそろそろ十分ね。
 そろそろ変形を解いての自由落下に移るか……」

 つかの間、謎の声を会話してた静は、モニター上の数値の一つがイエローからグリーンに変わったのを見てそう呟いた。

「じゃあ、またね、もう一人の私」

「了解。デハマタ」

 静はそう言って声の主に挨拶すると全身に意識を集中した。

 やや機首を上げ大気を波に見立ててまるでサーフィンする様降下していた静の機体の刺青がその赤い光を増した。同時に、そのシルエット全体がぼやける様にぶれた。

 するとまるで綺麗に巻き付けられたラッピングの紙がほどける様に機体表面がするすると開いていった。最初は幅の広いテープ状だった物が、直ぐに月明かりを浴びて光り輝く銀糸に変化した。

 そしてその銀糸の中から、白銀の体に二本の角を持ちフェイスガードを付けたあの鬼の姿が現れた。

 鬼は背伸びをする様に体を一度大きくのけぞらせると、今度はその両手、両足を広げ、降下する地面を見て大の字になった。銀色の長い髪は、降下する風圧に流され、まるで夜空を走る流れ星の尾の様に美しくたなびいていた。

 通常の鬼の姿で地上へ向かって降下を続ける静は、その両手と両足を細かく動かしてエドワード島への降下軌道を正確にコントロールしていた。


「さあ、静様を迎えに参りましょう、姫様」

 AHASの監視衛星から送られてくる3D映像から、降下中の静が基本体形に戻ったのを確信したクローディアがそう言ってカタリナの肩に振れた。

「今から港へ行って待機するのですか?」

 カタリナはそう言って少し怪訝な表情を浮かべた。それはカタリナにしてみれば無理もない話だった。彼女は当然、静がこのエドワード島近海に着水すると思っていたのだ。こちらから静の正確な着水点など分からないのが普通だ。静が出すビーコンを船で追って着水点で回収するものと思っていた。

「いやいや、僕らはこのホテルの屋上に行くだけっすよ。
 姐御は間違いなくそこへ帰ってきます」

 するとマックスがそう答えた。

「屋上って、あのヘリポートにって、
 衛星軌道から降下してこんな狭い場所に?
 いえ、その前にラマナスは内陸じゃないんだから、
 わざわざリスクの高い陸地への着地を選ばなくても」

 カタリナは驚いて聞き返した。そうなのだ。衛星軌道から大気圏に再突入して帰還するなら、ラマナスの場合、無理に着地を選ぶより領海内への着水を選んだ方が範囲に広いし、減速が不十分でも生き残れる可能性が高い。

「静様なら大丈夫です。
 間違いなく出発したこのホテルに帰ってきますよ」

 そんなカタリナにクローディアが笑って答えた。

「地球の技術力では針の穴を通す様な事でも、
 姐御からすれば、このホテルの上に帰還する事など
 だたっ広い太平洋に着水するのと同じ事なんですよ」

 マックスもそう言って同じ様に笑った。

 二人の表情と様子からして、言ってることに間違いはないのだろうとカタリナは納得できた。


 やがて静の視界に、東シナ海に宝石を散らしたかの如くきらめく島々の姿が見えて来た。最初は点であったその一つ一つがやがて島の姿を浮かび上がらせて来る。その島の中でも一際大きく、そしてその自体がまるで宝石箱の様に様々な光を放ち暗い夜の海に美しく浮かび上がるのが他でもないラマナスの首都島エドワード島だった。

「目標……
 エドワード島ホテルラマナスベイサドキャッスル屋上ヘリポート。
 降下軌道オンラインで正常降下中。
 重力および慣性制御システム起動、減速開始」

 静が対地距離計と速度計を注視しながらそう呟いた。

 その瞬間、猛スピードで地上へ向けて降下……いや落下を続ける静の背中に大きな光の翼が広がった。その時の静は天使の翼を持った鬼と言うべき姿だった。同時に降下速度にブレーキがかかる。しかし、それは通常パラシュートに拠る減速の様に感じではなく、対地速度こそ確実に落ちてはいるがその変化が緩やかな物だった。それはあたかも鳥が翼をはためかせてその飛ぶ速度を殺してゆく様な生物的な動きだった。

 静は速度を落としながらエドワード島へと降下を続けていた。

 やがて、ズームアップされた静の視界に降下目標地点であるベイサイドキャッスルホテルの屋上にヘリポートを表す丸に『H』文字がはっきりと映し出された。そしてさらにズームをするとその脇に三人の人影も確認できた。それは紛れもなく、カタリナ、クローディア、マックスの三人だった。


 屋上ヘリポートに再びやって来たカタリナは月明かりが少し眩しい星空を見上げていた。今夜、最初にこのヘリポートに来た時は、目の前で仲違いを続けていたとは言え腹違いの姉を目の前で惨殺された後で、しかも自身の身もこのまま酷い辱めを与えられると宣言されたいた。今まで生きて来た中で、これほどの恐怖と絶望を感じた事はないと思えるほどだった。しかし、今は同じ場所なのにとても晴れ晴れしい気持ちだった。生まれてこのかたずっと心に刺さった棘がするりと抜け落ちた感じだった。

 カタリナはこの時、今までずっと欲しかった『本当の姉』をやっと手に入れた様に思えていた。確かにクローディアは、静との仲があの様になっていた関係で姉の様に慕っていた。しかし、それはこちらの想いでクローディアからすればカタリナはあくまで『姫』であり『主』であった。どんなに焦がれても本当の姉妹の様にはなれない事は分かっていた。しかし、今、エドワード島とそこに居る多くの人々の命を救い宇宙そらから帰って来る姉は血の繋がった本当の姉なのだ。そして、まだその明確な理由は分からないが、今まであったわだかまりは消えようとしている事は間違いないとカタリナには思えた。
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小説の匣
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