花の姫君と狂犬王女

化野 雫

文字の大きさ
上 下
24 / 48

第22話 そこに現れた白銀の鬼

しおりを挟む
 カタリナは、大尉がステップを上がりその軍用機に乗り込む背中を見ていた。

 極度のステルス性を求めているのだろう、機体内部は最低限の照明しかなかった。いや、照明と言うより最低限必要な機器のパイロットランプがぼんやりと点いているだけだ。機体内部は夜ともあって、月明かりで明るい外より暗く、それはまるで暗い奈落の底へ続く様な感じがカタリナにはした。

 大尉に続いて待機する軍用機に乗り込もうと左右の腕を掴むファリンとグァンミンがカタリナの腕を引いた。あの軍用機に乗せられてしまえばもう本当に助かる可能性はない。このテロリスト達の言葉通りなら、薬漬けにされ、思う存分凌辱され、それを記録され、若い娘としては死ぬより辛い生き地獄へと堕とされる事になる。

 カタリナは無駄と知りつつも、そのまま軍用機に乗せられまいとその場に踏み止まろうとした。

「無駄だよ、姫さん。諦めな。
 ここで痛い目には会されたくないだろう?」

「今、無駄に抵抗して痛い想いをするより、
 大人しくしてれば、あっちでは優しく可愛がってやるからさ」

 そんなカタリナにファリンはそう恫喝し、グァンミンは下卑た笑みを口元に浮かべてそう囁いた。

 一旦、目を閉じ、大きく深呼吸をして覚悟を決めたカタリナはゆっくりと地獄への一歩を踏み出した。

 カタリナが踏み止まっていた足を進めたのを見て、ファリンとグァンミンはにやりと笑ってそのままステップを上がろうとした。


 その時だった。

 何かが金属製の物が破壊する様な大きな音が彼らの背後でした。

 カタリナとファリンとグァンミンはもちろん、既に軍用機に乗っていた大尉も驚いて後ろを振り返った。

 彼らの目にしっかりと溶接してあったはずの鉄製のドアがこちらに向かって吹き飛んで来るのが見えた。そしてドアはファリンとグァンミン達の居る場所とドアのあった場所の中間辺りに音を立てて落ちた。

 経験のまだ浅いファリンとグァンミンは感じなかったが、大尉はその時、爆薬などが使用された感じがない事をいぶかった。しかもヘリポートの床に落ちた頑丈な鉄のドアは中央部が大きく凹んだ形になっていた。それは溶接されていたドアを内側から何か凄まじい力で打ち破った事を物語っていた。

「どうやって、あのドアを……」

 そしてドアが吹き飛び開いた所から人影がゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 それを見た彼らは一瞬、完全に思考停止してしまった。


 そこには月明かりを浴びて白銀に輝く長い髪。
 頭部の左右から斜め後ろに伸びる長い角。
 そして白銀に輝く細身のボディーと、
 全身に刻まれた青白く輝く幾何学模様の刺青。
 それは、まさに『鬼』と言うべきモノだった。
 その顔があるべき場所には、
 頭部を一周するヘッドセットに取り付けられたバイザーと
 フェイスガード様な物で覆われていた。
 その下に人間の顔があるのか、
 あるいはこのバイザーとフェイスガードに見える物が顔なのかは分からない。


「まさか……あれって『白銀の鬼』?」

 真っ先に、それを見たカタリナが最初にそう半分無意識の内に呟いた。

 そう、それは紛れもなく、ラマナスで噂され、あの倉庫街で拉致された女を救った『白銀の鬼』だった。


 ぶんっ……微かな音と共にバイザーで隠された目の部分に赤い光が二つ灯った。

 同時に鬼はゆっくりと軍用機に向かって歩き出した。

「ちっ……新型の警備ロボットか?
 妙に華奢な感じはするが。
 まあ、良い。あれはそれも想定しての物だからな」

 一瞬、予想外の事に戸惑った大尉だったが、さすがに実戦経験も豊富なだけにすぐに冷静さを取り戻し、そう言って余裕の笑みを浮かべた。

「バンッ!」

 鬼が数歩こちらへ進んだ時、突然、何かが弾ける大きな音がして、鬼の周りが煙に包まれた。

 その瞬間、グァンミンが仕掛けていた指向性の対人地雷が作動したのだ。センサーによって起爆した地雷は爆風と共にその前面に向けて無数のパチンコ玉大の鉄球を打ち出した。これが人間ならこれだけの至近距離、一瞬で体をズタズタにされる。そして軍用車両でもその装甲版を打ち抜き内部にいる人員や機器を破壊して行動不能に出来る凶悪な代物だった。

 あの華奢なボディーを持つ警備用ロボットなら行動不能なまでに破壊できているはずだと、この時、大尉は疑うことなく確信していた。


 しかしだ。

 一呼吸の後、地雷がさく裂した煙の中から二つの赤い光がゆっくりと揺れながらはっきりと見え始めた。軍用機のジェットポッドからの風が地雷の煙を吹き飛ばすと、そこには先ほどと全く変わらぬ姿で鬼は立っていた。

 そう全く変わらぬ姿。その白銀に輝くボディーには何の損傷もないばかりではなく、今工場から出て来たばかりの様に傷一つなく輝いていた。

 そして鬼は何事もなかったかの様にまたゆっくりとこちらに向かって歩き出した。


「おい、嘘だろ、あの強化した特製地雷が二個だぞ。
 しかも至近距離で相手はあの貧相なボディーのロボット。
 どうなってんだ!」

 グァンミンが恐怖が混じった表情で叫んだ。

「ちくしょう! このバケモンが!」

 同時にファリンが手に持った自動小銃を鬼向かって乱射し始めた。

 そのほとんどが鬼に命中していたが、鬼はまったく動じず、群がる小虫の中を歩く様にその手を上げて顔を守る様にしただけだった。そればかりか、体に当たる銃弾にはまったくお構いなしの様子だった。

 歩みを進める鬼がおもむろに床に落ちていたひしゃげたドアを片手でひょいと拾い上げた。そして、自動小銃のフルオート射撃を受けながらそれを無造作に放り投げた。そう、見ている限り、軽く放り投げた様に見えた。

 しかし、鬼の手を離れたドアは凄まじい勢いでカタリナを拉致しようとしている軍用機に向かって一直線に飛んだ。それはまるで小型のミサイルか砲弾の様であった。そしてそれは正確に四つある可動式ジェットポッドの一つに命中した。

 凄まじい轟音と共に鬼によって投げつけられた鉄の扉はジェットポッドに突き刺ささりその機能を完全に破壊していた。

 同時に、軍用機のコクピットでは緊急事態を告げるアラームが鳴り響き、ディスプレイ上には赤い表示がせわしなく点滅していた。そこに座る二人のパイロットは何が起こったのか分からずパニック状態に陥っていた。今の彼らに分かるのはただ一つ、何らかの事情でジェットポッドの一つが機能を失い、それは同時にこの機体を離陸させる事もほぼ不可能になったと言う事だけだった。
しおりを挟む


小説の匣
感想 0

あなたにおすすめの小説

ミッシング・ムーン・キング

和本明子
SF
月が消失してから百年後の地球で出逢った、青年“ライト”と月の化身“ルナ”の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

漆黒の万能メイド

化野 雫
ファンタジー
 初代女帝が英雄だった実の姉を大悪人として処刑する事で成立した血塗られた歴史を持つ最強にして偉大なるクレサレス帝国。そこを行商しながら旅する若き商人と珍しい黒髪を持つ仮面の国家公認万能メイド。世間知らずのボンボンとそれをフォローするしっかり者の年上メイドと言う風体の二人。彼らはゆく先々では起こる様々な難事件を華麗に解決してゆく。そう、二人にはその見かけとは違うもう一つの隠された顔があったのだ。  感想、メッセージ等は気楽な気持ちで送って頂けると嬉しいです。  気にいって頂けたら、『お気に入り』への登録も是非お願いします。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...