花の姫君と狂犬王女

化野 雫

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第21話 屋上で隠れていた物

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 やがてカタリナの視線の先に鉄の扉が見えて来た。そして階段もそこで終わっているのを見るとそれは間違いなく屋上へ続く扉であろうとカタリナには理解出来た。

 先に階段を上る大尉がその鉄の扉を開けた。

 その瞬間、生温かで少し強い風がそこから吹き込んで来た。その風に体を煽られぬ様、カタリナは体を少し前に倒し、埃が目に入らぬ様に手を顔の前にかざした。ここラマナスは、海の真ん中、しかも南国である。そうなるとこれだけ高い高層ホテルの屋上であっても、その風は夏ともなれば夜でもこの様に生ぬるい物なのかとカタリナは少し意外に感じた。もっとも普段、この様な高層の吹きさらしになる場所などに出る事のないカタリナにはそれが普通なのかどうかは分からなかった。

 カタリナがかざした手を下ろすと、大尉が開いたドアの向こうに綺麗な満月と満点の星空が見えた。

 大尉がそのまま屋上に出た後に続いて、カタリナも両脇をファリンとグァンミンに固められて続いた。

「えっ……」

 その瞬間、カタリナは思わず声を漏らした。

 そこは紛れもなくヘリポートだった。フラットな床にヘリポートである事を示すマークも大きく描かれているのが確認できた。

 しかし、そこには何も無かったのだ。

 カタリナが当然、そこにあるべきと思っていたヘリなどは存在していなかった。たぶん、どこか見つからない場所に待機していて大尉の連絡を待って飛んで来る手はずなのだろうとカタリナは思い直した。しかし、ここは海洋国家である。短時間でここまで来られる場所に隠れている事など可能であろうか。今時、軍用なら超静音かつ対レーダーステルス仕様の機体は存在する。それを使って宵闇に紛れて先にここまで来ていた方が確実なはず、とカタリナがそう思った瞬間だった。

 何もなかったその場所に、ゆっくりと何か大きな物体が姿を現し始めた。

 最初はその部分だけ、見えていたその先の風景が陽炎の様に歪んだ。そして、その陽炎が消えて行くのと引き換えに黒く丸みを帯びた物体が見えて来たのだ。

「熱光学迷彩?」

 カタリナは思わずそう呟いた。

「ほぉ……さすが王家の人間。
 良く御分かりで……」

 カタリナの呟きを聞いた大尉が感心した顔で振り返った。

 熱光学迷彩。それはAHASから得たオーバーテクノロジー(OTA)の一つで、その物体の表面に後ろ側の風景等を浮かび上がらせ光学的に存在を確認できなくした上で、そこから発する熱もほぼ完全に遮断する事を可能にする技術だった。それまで蓄積されていたレーダー等に対するステルス技術と組み合わせれば、その物体を第三者から完全に探知不能にすることが可能だった。

 そして、そこに姿を現したのは垂直離着陸可能な兵員輸送用の小型軍用機だった。これは巨大なローターを回転さる事で上昇力や推進力を得る従来型のヘリコプター形式の機体ではなく。丸みを帯びた機体の四隅に、一昔前の旅客機が翼の下に抱えていたジェットエンジンのポッドが付いた様な形をした物だった。この四つのエンジンポッドが個別制御で360度回転する事によって垂直離着陸はもちろん、従来型のヘリや航空機では考えられない高機動な動きを可能にする機体だった。

 しかも、その軍用機はいつでもとび立てる様にエンジンがアイドリング状態のままになっていた。さきほど大尉が屋上へ続くドアを開けた時に吹き込んで来た生温かな風は、自然な物ではなく、この軍用機のエンジンポットから噴出されていた物だったのだ。そう言えば、自然な風にしては妙に強さと風向きが一定してたとカタリナは今になって気が付いた。

「良くこんなものまで……」

 カタリナはその機体を見てそう口にした。この機体は軍用の物ばかりでまだ民間用には販売されてないはずだった。もっとも、使われているOTAに関してはラマナスがその国是としてすべての国々に分け隔てなく公開していた。

「以前に比べて力は弱くなりましたが、
 まだ我々にこういう物を与えてくれる勢力があるって事ですよ」

 大尉は妙に自慢気な笑みを浮かべながらカタリナにそう言った後、その後ろに居たグァンミンに声を掛けた。

「そっちの処理はどうだ?」

 目の前で起きていた事に気を取られてカタリナは自分の傍をグァンミンが離れていた事に気が付かなかった。そのグァンミンは今カタリナ達が出て来たドアの前に跪いて何か作業をしてるところだった。

「あらかた終了してますぜ、大尉」

「そうか……」

「いったい何を……?」

 大尉とグァンミンのやりとりを聞いていたカタリナが尋ねた。

「万が一、誰かがあなたを救出に来ても面倒なので、
 そのドアを物理的に完全閉鎖させていただきました」

「完全閉鎖?」

「ドアを溶接したって事さ、姫さん。
 これで少なくともあんたをあれに乗せて連れ去る事を
 もう誰も止める事は出来ないって事だよ」

 大尉の言葉にそう聞き返したカタリナに、傍らに居たファリンがにやりと笑って答えた。

 その言葉にカタリナは絶望を深めた。

 少しだけ。そう少しだけカタリナは期待していたのだ。あの有能で頭の切れるクローディアの事だ。この緊急事態を何らかの方法で外部に知らせ助けを呼んでくれたかもしれない。そうすれば、自分があの機体で連れ去られる前に、助けがこの場に駆け付けてくれるかもしれないと。

 しかし、ドアを溶接されてしまってはもうその望みもなくなった。

 しかし、そのカタリナをさらに深い絶望を与える様な事をグァンミンが言ったのだ。

「それから万一、ドアを壊してこっちの来た時の為に、
 ドアの外に対人用指向性地雷もセット完了してますぜ」

 その言葉に改めてカタリナがドアの方を見ると、少し離れた場所に二つの板が小さな三脚に乗った様な物体が置かれていた。あれがその対人用地雷と言う物なのだろう。そしてそれはドアを突破した人間を確実に殺傷出来る物なのだろうとカタリナは確信した。そして、それは自身の助かるチャンスがますます減った、と言うよりもはや万に一つもなくなったと言う事だった。

「さて、それじゃ、先を急ぐぞ」

 グァンミンが置き土産まで完璧に設置したのを確認して大尉は言った。そして、コクピット後方に開いたドアに向かって歩き出した。

 同時にカタリナの脇に居たファリンが、その腕を掴んで歩き出した。一瞬、そのまま立ち止まり抵抗しようとしたカタリナだったが、対人地雷をセットし終えたグァンミンがもう片腕を掴んで歩き出すのを見て諦めた。相手はテロリストとは言え訓練を受けた準軍人。お姫様育ちのごくごく普通の女子高生であるカタリナにここでどうこう出来る物ではなかった。
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