花の姫君と狂犬王女

化野 雫

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第20話 姫の威厳と裏腹な本音

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「さて、あまりゆっくりしてる時間はないのでね。
 大人しく一緒に来てもらいますよ、姫様」

 自分が怯えるさまを楽しもうとする意図が透けて見えるファリンとグァンミン。そしてそれを気丈夫にもきっと睨みつけていたカタリナに、大尉がわざとらしい言葉使いと態度でそう誘った。

「分かりました。大人しくあなた方に従います。
 その代わり、この場に居る無関係な人たちとクローディアには
 絶対に危害を加えないと今一度約束しなさい」

 そんな大尉にカタリナは先ほどまでの静に少しでも近づくべく勇気を振り絞り、王女としての威厳をもってそう言い切った。

「良いでしょう、あなたのその覚悟に免じて約束いたしましょう、姫君」

 カタリナの言葉に、大尉は妙に優し気な笑みを浮かべてそう答えた。カタリナはその表情に漠然とした不安を感じた。しかし、今のカタリナにはそれ以上、何も出来ない事も分かっていた。

 カタリナは胸に抱いていた静の遺体をそっと床に横たえると、羽織っていたショールをその顔を隠すようにふわりと掛けた。

「姉さん、私を守って……」

 カタリナは両手を合わせてそう呟くとすくっと立ち上がった。

「さあ、どこへでも私を連れて行くが良い」

 そしてカタリナは胸を張り、精一杯の威厳を見せる姿勢でそう言った。それでも彼女は、いくつかの修羅場を潜り抜けて来た静と違って、生まれてこのかたずっとお姫様育ちだった17歳の少女。しかも目の前で母親違いとは言え実の姉を嬲り殺しにされ、さらには自身もこれから凌辱される事を宣言されている身。少しでも気を緩めれば体の震えが止まらなくなるばかりか、泣き叫びたくなる衝動を抑えるので必死だった。

「では行きましょうか、姫君」

 大尉はそんなカタリナの見かけの冷静さとは裏腹な内心を見透かしているかの様に、不気味な笑みを浮かべた。そして、言葉だけは丁寧な言葉使いでそう言うと部屋の出口に向かって歩き出した。カタリナも精一杯の勇気を振り絞り、胸を張りしっかりとした足取りでその後に従う。

「あんた、じきに、死ぬ事の出来たあの女が羨ましくなるよ。
 まあ、あの薬を使われちまったら、そう言う事を思う事も出来ないか。
 男とやる事以外に何も考えられなくなっちまうからね」

「お上品で真面目そうな姫様が盛りの付いた雌豚に成り下がる様が目に見えるぜ。
 このお姫様がどんな痴態を見せてくれるか想像するだけでびんびんになるぜ」

 精一杯の虚勢を張るカタリナをファリンとグァンミンがそう言って言葉で辱める。

「好きにすれば良い。私は姉さんと約束した。
 どんな汚辱を受けようと必ず生きてここへ帰る。
 あなた達の様な卑劣な人たちにラマナス王家の人間は絶対に屈しない」

 しかしカタリナはその威厳を崩すことなくそう言い切った。

 それを聞いた大尉はカタリナを振り返ることなく何やらにやにやとイヤラシイ笑いをその口元に浮かべた。

「いつまでお姫様気取りでいるんだい、このあま
 大尉、こいつ、今ここで特製のバイブ突っ込んで犯してやろうぜ!
 それでバイブ突っ込んだまま、アジトまで連れてくんだ」

「良いねぇ、それ。ラマナスのお姫様の初めてがバイブなんてお笑い草だ!
 バイブ突っ込まれたまま、このお姫様がどんな歩き方するか楽しみだぜ!」

 自分たちの言葉をガン無視して強気なカタリナに腹を立てたファリンがそう叫ぶとすかさずグァンミンが同調した。その瞬間はまだ先ほどの強気の雰囲気を崩さずいたカタリナだった。しかし、ファリンがそう叫び終わるなり腰のウエストポーチから醜悪で巨大ないかがわしい物を取り出すのを見て、カタリナの表情が一変した。ファリンの言葉が脅しでない事を悟り、カタリナはその美しい顔にあからさまな怯えの表情を浮かべたのだ。それを見てファリンは満足そうに、そして嬉しそうでいやらしい笑いを浮かべ、その醜悪な物をぺろりと舐めあげた。

「やめろ、ファリン。
 ここには長居は無用だ。
 アジトに着いてからお前には気が済むまで、
 その姫様をおもちゃにさせてやるから今は我慢しろ」

「分かったよ、大尉」

 ファリンがまた冷静さを失いかけているのを見て大尉がその歩みを止めて振り返りそう言った。さすがに大尉にそう言われてはファリンもその言葉に従うしかなかった。ファリンはしぶしぶながら手に取った物をウエストポーチに戻した。

「姫様もあまりこの二人を刺激しない様にお願い致しますよ。
 私がこいつらを押さえれるのも限度がありますからね」

 ファリンが何とか落ち着いたのを確認してから大尉はカタリナにそう静かに言った。

「わ、分かりました……」

 さすがに実際に見た事はなかったが、それが何を模していて、どう使われるのかくらいの知識はカタリナにもあった。そして、自分が想像していたよりそれが遥かに大きかった事が何より彼女に恐怖を与えた。もし自分にそれが使われたらと想像しただけで体を引き裂かれる様な痛みが襲ってくる様なだった。今のカタリナにはもう先ほどの強気は消えていた。ともすれば、泣き叫んで土下座してでも許しを乞いたくなるのを、最後まで威厳を満ちた態度で死んでいった姉との約束を思い出し必死に耐えていた。


 カタリナはファリンとグァンミン両脇をしっかりと固められ、大尉の後に従ってやや薄暗さのある階段を上っていた。

 姉が嬲り殺しにされ、そのまま遺体が放置されている部屋を出た後、大尉は非常階段へと歩を進めていた。この階段の先に何があるのかカタリナは知らなかった。ただ、こう言うビルの構造上、来訪者向けには先ほどのフロアーが最上階とされている以上、そこにはエレベーター用などの機械室がありそのさらに上にはヘリポートを備えた屋上があるはずだった。途中に『機械室 STAFF ONLY』の表示がある扉の階を越えたから、自分が今向かっているのは確実に屋上であろうとカタリナは思った。

 それなら、この先にある屋上のヘリポートに迎えのヘリコプターの様な物が来ていて、自分を含めたこのテロリスト達を逃亡させるつもりなのだ。もし、このままテロリストと共にそのヘリに乗せられてしまえば自分の運命はもう彼らの手に完全に握られる事になる。それは自身にとって絶望的な状況が確定する事になる。カタリナは、このまま暴れて逃げようとすれば、頭に血が上りやすいファリンとグァンミンの事、手に持った銃で自分を撃つのではないか、そうすれば生き地獄を経験せず、綺麗な体のまま死ねるとふと思った。

 しかし、それでもなお、あの姉の言葉が、それがあえて生き地獄へ進む道であっても彼女にその決断をさせる事を拒ませていた。
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小説の匣
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