16 / 48
第14話 ベランダに佇む狂犬王女
しおりを挟む
隣に控えていたウエイターが持つ銀の盆から、会場責任者の男は細かな泡を筋を立ち上らせる琥珀色に染まったシャンパングラスを手に取りカタリナに手渡しながら言った。
「いらっしゃいませ、『花の王女』カタリナ様」
「ありがとう、今夜はお世話になります」
カタリナは優雅な仕草でそのシャンパングラスを受け取ると責任者の男に軽く頭を下げた。ちなみにカタリナは未成年の為、この一見シャンパン風の物も実はノンアルコールの特性カクテルを用意してあった。
それを合図に、カタリナの周りに集まっていた客たちが一斉にカタリナに近づき口々に挨拶を述べ始めた。
すると、まるでクローディアの陰に長身の体をかがめる様にして隠れていた静が周りの者たちに気づかれぬ様そそくさとその場を離れようとした。
「静姉様。姉様も皆さんにご挨拶を……」
まるでそんな静の行動を予見してたかの様に突然、前を向いたままカタリナが声を上げた。その声に静が驚き、かがめる様にしていたその長身を慌ててぴんとさせた。
一瞬、間の悪そうな顔になったパーティー出席者たちも、すぐにカタリナに接していた時と同じ笑顔になってその静の方へ集まり始めた。
「ちっ……カタリナの奴、余分な事を……」
静は集まって来た者たちから顔を逸らせそう舌打ちしながら呟いた。
集まって来た者達が静かに挨拶を述べようとするのを静は両手で制しながら言った。
「王位継承権を持たぬ私にそんな社交辞令は良い。
こんな『狂犬王女』の事は放って置け。
お前たちだって本音は私相手じゃ話も合わんだろうしな。
じゃあ、後は全部任せたぞ、カタリナ!
私は静かなところで一人美味い酒と料理を楽しんでる」
最後にカタリナを見てそう言った後、静はそそくさと小走りにその場を離れてパーティー会場の奥へと消えて行った。
「まったく、あの人はこんな場でも……」
そんな静を横目で見送りながらカタリナは明らかに迷惑そうな顔を浮かべてそう吐き捨てる様に呟いた。しかし、すぐにあの柔らかで人当たりの良さそう笑みを浮かべると、静に逃げられ唖然としている者達を見て言った。
「では皆さま、せっかく皆さんとゆっくりお話が出来る機会です。
今宵は、美味しい料理と飲み物を楽しみながら親交を深めてゆきましょう」
静の登場で一旦は微妙な空気になりかけたが、カタリナのその言葉で再びパーティーは楽しくまた華やかな雰囲気に戻って行った。
「ご苦労様でした、姫様」
参加者全員と一通り歓談し終え会場の隅のやや静かな場所でなんとか一息付いたカタリナに、クローディアが暖かいハーブティーのカップを差し出しながら言った。
「ありがとう、クローディア。
冷たい飲み物ばかりでちょうど暖かい飲み物が欲しかったの」
カタリナはそう言った後、会場をぐるりと見回しながら半分独り言の様に尋ねた。
「会場ではあれから一度も会わなかったけれど、
あの人はどこに居るのかしら?」
「静様ならあちらです……」
その言葉にクローディアがそう言いながらとある方向に手を伸ばした。
そこはパーティー会場とはガラス一枚隔てた先、まるで露天のベランダの様な場所だった。もちろんこの高層ホテルの最上階に露天のベランダなど安全上もあり、存在するはずもない。そこは一見、露天のベランダに見えるが、その実、会場の外にしつらえれれた天井までガラス張りになった展望室の様な物だった。
そこには、華やかに人々が行き交い会話やダンスを楽しむ喧騒をよそに、置かれた椅子に座り黒いドレスの女が一人星空を見上げながらウイスキーのショットグラスを傾けていた。向かいの椅子にはタキシードに身を包んだ男が座り、その女を見守る様にして、また同じようにウイスキーのグラスを傾けている。
そうその女は紛れもなく自身の姉である静だとカタリナには一目でわかった。しかし、その向かいに座る男が誰なのかは、瞬間分からなかった。最初、カタリナは静がさっそくこのパーティー会場で新しい男を誘惑して来たのだろうと思った。だが、静がリムジンの中で言っていた事を思い出し、もう一度、その男を注意してよく見てみると、服装こそ静同様いつもと全く違うが、あのいつも静の傍らに居るマックスだと気が付いた。
こうしてきちんとした恰好をした二人を遠めに見ているとカタリナは、まるで年上で少し気の強いお姫様と、彼女の事を心から慕うが年下の恋人が密かに逢引している現場を覗き見ている様な気になった。
「まったく『馬子にも衣裳』とはこの事を言うのね……」
カタリナが日本のことわざを口にしたのを聞いて、クローディアは何故か嬉しそうな笑みを浮かべた。
ちなみにラマナス海洋王国の標準言語は、初代王にして建国者でもあったエドワード=ラマナスが英個人であった関係で英語となっている。あと、その地理的な要因から中国語も同じ様にほとんど通じる。日本語に関してはリチャードの先代王妃で静の母である忍が日本人であった事から日本との繋がりも深く親日国であった為に第二、第三外国語として学ぶ者も多かった。もちろん静は日本が普通に喋れたし、ことわざ、古文等にも精通していた。カタリナに関して言えば王族のたしなみとして日本語の勉強もしていたが、会話でこの様なことわざを使いこなすにはまだまだ勉強中の身であった。
ただ静に関しては、中国語、日本語以外にもかなりの言語を器用に使いこなすとカタリナは聞いたことがあった。フィリピンなどこの辺りの国々のローカルな言語も結構流暢に話すことが出来るらしく、その事がそう言う言葉を主に話すアウトロー達の信頼を得ている要因の一つだと言われている。
「ねぇ、クローディア、姉さんとマックスさんって、
やっぱり恋人同士なのかしら。
こうしてあんな風な二人を見てるとそう思っちゃう」
カタリナは静とマックスを見ながら独り言のように言った。
「さぁどうでしょう。
お二人は仲がよろしいのは間違いございません。
でもどちらかと言うと仲の良い姉弟と言う感じだと私は思います」
その言葉にクローディアはそう言って微笑んだ。この時、カタリナはクローディアの浮かべた微笑みに少し疑問を感じた。それはその笑みがあまりに自然過ぎたのだ。クローディアの様な立場の人間が浮かべる社交辞令的な笑みとは明らかに違う様な気がしたのだ。
「いらっしゃいませ、『花の王女』カタリナ様」
「ありがとう、今夜はお世話になります」
カタリナは優雅な仕草でそのシャンパングラスを受け取ると責任者の男に軽く頭を下げた。ちなみにカタリナは未成年の為、この一見シャンパン風の物も実はノンアルコールの特性カクテルを用意してあった。
それを合図に、カタリナの周りに集まっていた客たちが一斉にカタリナに近づき口々に挨拶を述べ始めた。
すると、まるでクローディアの陰に長身の体をかがめる様にして隠れていた静が周りの者たちに気づかれぬ様そそくさとその場を離れようとした。
「静姉様。姉様も皆さんにご挨拶を……」
まるでそんな静の行動を予見してたかの様に突然、前を向いたままカタリナが声を上げた。その声に静が驚き、かがめる様にしていたその長身を慌ててぴんとさせた。
一瞬、間の悪そうな顔になったパーティー出席者たちも、すぐにカタリナに接していた時と同じ笑顔になってその静の方へ集まり始めた。
「ちっ……カタリナの奴、余分な事を……」
静は集まって来た者たちから顔を逸らせそう舌打ちしながら呟いた。
集まって来た者達が静かに挨拶を述べようとするのを静は両手で制しながら言った。
「王位継承権を持たぬ私にそんな社交辞令は良い。
こんな『狂犬王女』の事は放って置け。
お前たちだって本音は私相手じゃ話も合わんだろうしな。
じゃあ、後は全部任せたぞ、カタリナ!
私は静かなところで一人美味い酒と料理を楽しんでる」
最後にカタリナを見てそう言った後、静はそそくさと小走りにその場を離れてパーティー会場の奥へと消えて行った。
「まったく、あの人はこんな場でも……」
そんな静を横目で見送りながらカタリナは明らかに迷惑そうな顔を浮かべてそう吐き捨てる様に呟いた。しかし、すぐにあの柔らかで人当たりの良さそう笑みを浮かべると、静に逃げられ唖然としている者達を見て言った。
「では皆さま、せっかく皆さんとゆっくりお話が出来る機会です。
今宵は、美味しい料理と飲み物を楽しみながら親交を深めてゆきましょう」
静の登場で一旦は微妙な空気になりかけたが、カタリナのその言葉で再びパーティーは楽しくまた華やかな雰囲気に戻って行った。
「ご苦労様でした、姫様」
参加者全員と一通り歓談し終え会場の隅のやや静かな場所でなんとか一息付いたカタリナに、クローディアが暖かいハーブティーのカップを差し出しながら言った。
「ありがとう、クローディア。
冷たい飲み物ばかりでちょうど暖かい飲み物が欲しかったの」
カタリナはそう言った後、会場をぐるりと見回しながら半分独り言の様に尋ねた。
「会場ではあれから一度も会わなかったけれど、
あの人はどこに居るのかしら?」
「静様ならあちらです……」
その言葉にクローディアがそう言いながらとある方向に手を伸ばした。
そこはパーティー会場とはガラス一枚隔てた先、まるで露天のベランダの様な場所だった。もちろんこの高層ホテルの最上階に露天のベランダなど安全上もあり、存在するはずもない。そこは一見、露天のベランダに見えるが、その実、会場の外にしつらえれれた天井までガラス張りになった展望室の様な物だった。
そこには、華やかに人々が行き交い会話やダンスを楽しむ喧騒をよそに、置かれた椅子に座り黒いドレスの女が一人星空を見上げながらウイスキーのショットグラスを傾けていた。向かいの椅子にはタキシードに身を包んだ男が座り、その女を見守る様にして、また同じようにウイスキーのグラスを傾けている。
そうその女は紛れもなく自身の姉である静だとカタリナには一目でわかった。しかし、その向かいに座る男が誰なのかは、瞬間分からなかった。最初、カタリナは静がさっそくこのパーティー会場で新しい男を誘惑して来たのだろうと思った。だが、静がリムジンの中で言っていた事を思い出し、もう一度、その男を注意してよく見てみると、服装こそ静同様いつもと全く違うが、あのいつも静の傍らに居るマックスだと気が付いた。
こうしてきちんとした恰好をした二人を遠めに見ているとカタリナは、まるで年上で少し気の強いお姫様と、彼女の事を心から慕うが年下の恋人が密かに逢引している現場を覗き見ている様な気になった。
「まったく『馬子にも衣裳』とはこの事を言うのね……」
カタリナが日本のことわざを口にしたのを聞いて、クローディアは何故か嬉しそうな笑みを浮かべた。
ちなみにラマナス海洋王国の標準言語は、初代王にして建国者でもあったエドワード=ラマナスが英個人であった関係で英語となっている。あと、その地理的な要因から中国語も同じ様にほとんど通じる。日本語に関してはリチャードの先代王妃で静の母である忍が日本人であった事から日本との繋がりも深く親日国であった為に第二、第三外国語として学ぶ者も多かった。もちろん静は日本が普通に喋れたし、ことわざ、古文等にも精通していた。カタリナに関して言えば王族のたしなみとして日本語の勉強もしていたが、会話でこの様なことわざを使いこなすにはまだまだ勉強中の身であった。
ただ静に関しては、中国語、日本語以外にもかなりの言語を器用に使いこなすとカタリナは聞いたことがあった。フィリピンなどこの辺りの国々のローカルな言語も結構流暢に話すことが出来るらしく、その事がそう言う言葉を主に話すアウトロー達の信頼を得ている要因の一つだと言われている。
「ねぇ、クローディア、姉さんとマックスさんって、
やっぱり恋人同士なのかしら。
こうしてあんな風な二人を見てるとそう思っちゃう」
カタリナは静とマックスを見ながら独り言のように言った。
「さぁどうでしょう。
お二人は仲がよろしいのは間違いございません。
でもどちらかと言うと仲の良い姉弟と言う感じだと私は思います」
その言葉にクローディアはそう言って微笑んだ。この時、カタリナはクローディアの浮かべた微笑みに少し疑問を感じた。それはその笑みがあまりに自然過ぎたのだ。クローディアの様な立場の人間が浮かべる社交辞令的な笑みとは明らかに違う様な気がしたのだ。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
H.I.S.A.H.I.T.O. みだりにその名を口にしてはならない小説がある。
あめの みかな
ファンタジー
教会は、混沌の種子を手に入れ、神や天使、悪魔を従えるすべを手に入れた。
後に「ラグナロクの日」と呼ばれる日、先端に混沌の種子を埋め込んだ大陸間弾道ミサイルが、極東の島国に撃ち込まれ、種子から孵化した神や天使や悪魔は一夜にして島国を滅亡させた。
その際に発生した混沌の瘴気は、島国を生物の住めない場所へと変えた。
世界地図から抹消されたその島国には、軌道エレベーターが建造され、かつての首都の地下には生き残ったわずかな人々が細々とくらしていた。
王族の少年が反撃ののろしを上げて立ち上がるその日を待ちながら・・・
※この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい
桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

縁の鎖
T T
恋愛
姉と妹
切れる事のない鎖
縁と言うには悲しく残酷な、姉妹の物語
公爵家の敷地内に佇む小さな離れの屋敷で母と私は捨て置かれるように、公爵家の母屋には義妹と義母が優雅に暮らす。
正妻の母は寂しそうに毎夜、父の肖像画を見つめ
「私の罪は私まで。」
と私が眠りに着くと語りかける。
妾の義母も義妹も気にする事なく暮らしていたが、母の死で一変。
父は義母に心酔し、義母は義妹を溺愛し、義妹は私の婚約者を懸想している家に私の居場所など無い。
全てを奪われる。
宝石もドレスもお人形も婚約者も地位も母の命も、何もかも・・・。
全てをあげるから、私の心だけは奪わないで!!

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる