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第百五十九話
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しばらく進むと、板額の歩みが止まった。同時に、立ち止まった板額の足元辺りに紫色の大きな座布団が見えた。
「二人とも、お座りなさい……」
『お婆様』と思われる人の落ち着いた声がした。
その声を聴いて、板額がきれいな所作でその座布団に座るのが見えた。もちろん正座だ。それを見て僕も慌てて座布団の上に正座した。その座布団は、足がどこまでも沈み込んでしまいそうな錯覚を覚えるほどふかふかだった。
「与一君……いや……」
僕が座るのを確認すると『お婆様』がそう僕に声をかけてきた。『お婆様』はそこまで言って、しばし言葉を切った。
「婿殿、いつまでかしこまっているのですか?
そろそろ頭をあげなさい」
再び『お婆様』の声が聞こえた。そして、その後、くすくすと笑う声がした。
笑い声? あれ、これ、『お婆様』の声じゃない。しかも『お婆様』の他に何人か他に居る。
……と言うか、この笑い声、僕は知ってる。それどころじゃない。この笑い声の中には『僕以外、普通の人には聞こえないはずの声』も混ざってるぞ。
僕の頭の中で、その瞬間、自分自身の声がした。
でも、僕はそっちが先に気になって、もっと重要な事にその時は気づいてはいなかったのだ。
「与一君、もう逃げられないね」
クスクス笑いながら、その声が僕のすぐ耳元でそう囁いた。
「白瀬?!」
僕は思わず声を上げて頭を上げた。
まず目に入ったのが、いつもの様に僕の肩辺りにふわふわと漂う様に浮かぶ幽霊である『白瀬 京子』の姿。
そして、その向こう、広い和室の床の間を背に、座る落ち着いた柄ながらいかにも高級そうな和服を着てふかふかの座布団に座る、やわらかい笑みを浮かべて座る品の良さそうな小柄な老婆。
やさしそうな笑みを浮かべてはいるが、それでも分かる者には分かる相対する者を圧倒するような威厳に満ちたオーラを放っていた。
この老婆が、『お婆様』に間違いない。
そして、その横に思いもよらなかった女性が同じく座布団の上に座っていた。
思いもよらなかった、とは言ったけど決して知らない女性じゃない。
この人に『女性』と言う言い方はなんかすごく違和感がある。でも女性である事には違いないのだ。間違いなくこの女性、僕が一番よく知ってる。そうすっごくよく知ってる女性なのだ。
この女性、女性と言う前に、確実に間違いなくこの人は僕の『母親』なのだ!
「か、母さん?!
なんでもここに?」
僕が驚きの声を上げると、母はにっこりと笑って僕に小さく手を振った。
「与一、私も居るんだからね。
忘れないでよね!」
僕が母さんの姿にくぎ付けになってると、聞き覚えのある声が飛んできた。
その声の方、母の隣には、何と緑川まで居たのだ。
「ったく……『お婆様』の前で、
『僕の与一』を呼び捨てなんて、肝が据わってるね、巴は」
緑川の声に、僕の隣に居た板額が小さな舌打ちと共にこう言った。
『僕の与一』、まあこれは良い。高校時代から板額の常套句みたいなものだ。
そうだ、問題は『お婆様』の言った言葉の方だ。
『お婆様』は僕の事を……『与一君』と言った後にわざわざ言い直したぞ。その言い直した言葉って、確か……
『婿殿』
……だったよな。
うん、間違いない。いくら緊張しててその場では聞き流してしまってたけど、僕の記憶にははっきりと残ってる。
烏丸家現当主である『お婆様』が僕の事を『婿殿』と呼んだんだ。
これって、もしかして……
「……と言うわけでおめでとう、与一。
晴れて烏丸家当主様から『次期当主の婿』って認定を受けたのよ。
まあ、まだ正式って訳じゃないけど喜びなさい」
『お婆様』の横に座る母がクスクス笑いながら言った。
「ホント、これでもう絶対に逃げられないね、与一君。
私もちょっと悔しいけど、祝福してあげる」
僕の肩辺りをふわふわ漂う白瀬も笑いながらそう僕の耳元で囁いた。
「私としては承服しかねる事態ではあるけど、
少なくとも当主様が私を排除する事はないとおっしゃってるし、
これで板額と京子以外は与一に絶対に手が出せなくなるのなら、
まあ、それも悪い事じゃないととりあえず受け入れたわけ」
一方、緑川は少し苦々しそうな表情でそう言った。
「私としても『烏丸家の婿殿』なら当家公認の愛人の一人くらいは、
いて当然だし、そのくらいの度量は我が烏丸家にはありますからね」
そんな緑川を見て、くすりと笑って『お婆様』はそう答えた。
「二人とも、お座りなさい……」
『お婆様』と思われる人の落ち着いた声がした。
その声を聴いて、板額がきれいな所作でその座布団に座るのが見えた。もちろん正座だ。それを見て僕も慌てて座布団の上に正座した。その座布団は、足がどこまでも沈み込んでしまいそうな錯覚を覚えるほどふかふかだった。
「与一君……いや……」
僕が座るのを確認すると『お婆様』がそう僕に声をかけてきた。『お婆様』はそこまで言って、しばし言葉を切った。
「婿殿、いつまでかしこまっているのですか?
そろそろ頭をあげなさい」
再び『お婆様』の声が聞こえた。そして、その後、くすくすと笑う声がした。
笑い声? あれ、これ、『お婆様』の声じゃない。しかも『お婆様』の他に何人か他に居る。
……と言うか、この笑い声、僕は知ってる。それどころじゃない。この笑い声の中には『僕以外、普通の人には聞こえないはずの声』も混ざってるぞ。
僕の頭の中で、その瞬間、自分自身の声がした。
でも、僕はそっちが先に気になって、もっと重要な事にその時は気づいてはいなかったのだ。
「与一君、もう逃げられないね」
クスクス笑いながら、その声が僕のすぐ耳元でそう囁いた。
「白瀬?!」
僕は思わず声を上げて頭を上げた。
まず目に入ったのが、いつもの様に僕の肩辺りにふわふわと漂う様に浮かぶ幽霊である『白瀬 京子』の姿。
そして、その向こう、広い和室の床の間を背に、座る落ち着いた柄ながらいかにも高級そうな和服を着てふかふかの座布団に座る、やわらかい笑みを浮かべて座る品の良さそうな小柄な老婆。
やさしそうな笑みを浮かべてはいるが、それでも分かる者には分かる相対する者を圧倒するような威厳に満ちたオーラを放っていた。
この老婆が、『お婆様』に間違いない。
そして、その横に思いもよらなかった女性が同じく座布団の上に座っていた。
思いもよらなかった、とは言ったけど決して知らない女性じゃない。
この人に『女性』と言う言い方はなんかすごく違和感がある。でも女性である事には違いないのだ。間違いなくこの女性、僕が一番よく知ってる。そうすっごくよく知ってる女性なのだ。
この女性、女性と言う前に、確実に間違いなくこの人は僕の『母親』なのだ!
「か、母さん?!
なんでもここに?」
僕が驚きの声を上げると、母はにっこりと笑って僕に小さく手を振った。
「与一、私も居るんだからね。
忘れないでよね!」
僕が母さんの姿にくぎ付けになってると、聞き覚えのある声が飛んできた。
その声の方、母の隣には、何と緑川まで居たのだ。
「ったく……『お婆様』の前で、
『僕の与一』を呼び捨てなんて、肝が据わってるね、巴は」
緑川の声に、僕の隣に居た板額が小さな舌打ちと共にこう言った。
『僕の与一』、まあこれは良い。高校時代から板額の常套句みたいなものだ。
そうだ、問題は『お婆様』の言った言葉の方だ。
『お婆様』は僕の事を……『与一君』と言った後にわざわざ言い直したぞ。その言い直した言葉って、確か……
『婿殿』
……だったよな。
うん、間違いない。いくら緊張しててその場では聞き流してしまってたけど、僕の記憶にははっきりと残ってる。
烏丸家現当主である『お婆様』が僕の事を『婿殿』と呼んだんだ。
これって、もしかして……
「……と言うわけでおめでとう、与一。
晴れて烏丸家当主様から『次期当主の婿』って認定を受けたのよ。
まあ、まだ正式って訳じゃないけど喜びなさい」
『お婆様』の横に座る母がクスクス笑いながら言った。
「ホント、これでもう絶対に逃げられないね、与一君。
私もちょっと悔しいけど、祝福してあげる」
僕の肩辺りをふわふわ漂う白瀬も笑いながらそう僕の耳元で囁いた。
「私としては承服しかねる事態ではあるけど、
少なくとも当主様が私を排除する事はないとおっしゃってるし、
これで板額と京子以外は与一に絶対に手が出せなくなるのなら、
まあ、それも悪い事じゃないととりあえず受け入れたわけ」
一方、緑川は少し苦々しそうな表情でそう言った。
「私としても『烏丸家の婿殿』なら当家公認の愛人の一人くらいは、
いて当然だし、そのくらいの度量は我が烏丸家にはありますからね」
そんな緑川を見て、くすりと笑って『お婆様』はそう答えた。
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