ハンガク!

化野 雫

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第百五十八話

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 この日本を裏から支配してるとも言われる烏丸家現当主の『お婆様』と対峙した時、僕はどういう態度をとるのが正解なんだろうって。

 あっ、ちなみに……ここに居る女性たちは、板額の専任メイドの篠原さんみたいに英国風のクラシカルなメイド姿ではなくて、みんな着物に割烹着のいかにも『女中さん』と言ういでたちだった。それはたぶん伝統みたいなものだろうけど、僕はやっぱり篠原さんみたいメイドさんの方が好みだ。


『板額はもう俺の女だ!
 婆、つべこべ言わず俺たちの事を認めろ!』

 と男らしさを前面に出して強気にかっこよく啖呵を切るか?

 映画やドラマ、アニメならこれが正解の場合が多い。

 でも、現実的に考えれば、これは完全に『バッドエンド』だ。

 間違いなく、僕はこの屋敷に『出禁』確実。いや、相手が烏丸家となると今日の夜には僕は大阪南港に沈んでいて、終日中には僕が存在した事すら『なかった事』になってるんじゃないかと思う。

 となれば選択の余地はない。


 入室即、土下座。畳に額を擦りつけつつ……

『すみません、若い衝動を抑えられず、
 お嬢様に色々しちゃいました。
 この責任はきちんと取ります。
 ですので、僕とお嬢様との仲を認めてください』

……と全身全霊を込めて哀願する。

 必要なら涙を流し嗚咽する事も厭わず。

 ……うん、これしかない。『男のプライド』? そんな些細な事にこだわってる場合じゃない。

 ただ唯一の心配事が、そんな風に卑屈になる僕を、板額がどう思うかだけだ。


 などと色々考えている内に、僕らは『お婆様』の私的な応接間の前まで来ていた。

 長い長い廊下、母屋の廊下の突き当りから、池を渡る橋を渡ってすぐの所にそれはあった。

 橋と言っても、きちんと屋根と風雨を防ぐ簡素ながら壁があり、気が付かないと廊下そのままで、そこが橋だとは気づかない凝った造りになっている。

 それでもその構造とロケーションに気づけば、壁に付けられた和風の障子を開けて風景を楽しみつつ、池の鯉に餌をやったりする様な優雅な事も出来てしまう。

 そんな橋と言うか廊下と言うか分からない場所を渡り切った所には、少ししっかりした木戸があった。

 女中さんは、一度、軽く二度とんとんとノックした後、その木戸を開いた。

 ここでは中からこれと言った返答はなかった。

 ここでは『来ました』と言う合図を送るだけで良い様だ。もし、誰かが入る事を『お婆様』が望まぬ時は、この木戸自体に鍵がかかり中には入れない様になっていると後で僕は知った。

 女中さんに従って、木戸をくぐると、その先にL字型の廊下と障子に囲まれた広めの和室が見えた。母屋の大広間と比べると小さいながら、ぱっと見たところ十畳以上は軽くありそうな広さだった。

 女中さんは、その正面の廊下に正座した。板額もそれに従って廊下に正座したので、僕も板額の横に正座して控えた。

「主様、板額お嬢様と平泉様をお連れしました」

 女中さんは閉められたままの障子に向かって深々と頭を下げて、そう、良く通る声でそう言った。

「霧島、ご苦労様。
 板額、それと平泉君、お入りなさい」

 中から声がした。

 少し低めの落ち着いた声。決して相手を脅そうとか威圧しようとかする気配はなく、とても穏やかで優しい響きではあった。でも、その中に僕は、それでも相手に有無を言わせぬ目や耳では感じられない不思議な威厳の様な物を感じていた。

「はい、お婆様……」

 その声を聴くと、板額もその場で深々と頭下げた。それを見て、僕も思わず、廊下に額を擦りつけるくらいに頭を下げてしまった。

「では、私はこれで……」

 すると、霧島と『お婆様』に呼ばれた女中さんの小さな声がした。そして、女中さんが静かに立ちあがり、その場を去って行く気配がした。

 そして、良く磨かれた敷居の上を障子が滑る音がした。

 板額が障子を開けたのであろうと僕は思った。

 頭を下げたままちらりと横を盗み見すると、板額が静かに立ち上がるのが見えた。

 それを確認して僕もゆっくりと立ち上がった。それでも、何故か、頭を上げてその部屋の先を見る事は出来なかった。この部屋を支配する不思議な力に対して僕が本能的な畏れ……恐れではない……を感じていたのだろう。

 足元を見る様に頭を下げたまま、ちらりと見える板額の着物から除く白い足袋の後を辿る様にして僕はゆっくりと前へ進んだ。

 この部屋、『お婆様』の私的な応接間って言ってたけど、それでもかなりの広さがあるようだ。やはり十畳は優に超えてるような気がする。
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