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第百五十七話
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そう、板額はすでに和服姿なのだ。しかも昨夜の着物とはまた違う。
昨夜は友禅染の落ち着いた中にも若々しさがある着物だったけど、今の板額はピシっとした黒紋付の留めそでを着ていた。そして、帯もすっごく高そうな素敵な帯。
僕は思い出した。
ここは烏丸家の本宅なのだ。そして、板額の言うお婆様……戸籍上は『義母』なのだが……はここを仕切る絶対支配者。
ここでその『お婆様』の意に反する事をするのは、自殺行為に等しい。そうだ、この『お婆様』に僕と板額のこれから、いや、僕自身の運命すら握られてると言っても過言じゃない。
僕は慌てて布団から飛び起きると、一目散に身支度を整えるために洗面所へ走った。
「あまりゆっくりは出来なけど、そんなに慌てなくても良いよ」
そんな僕を見て板額は笑いながら言った。
昨日まで僕の知ってる板額は、ほとんどが葵高の制服姿だった。私服の時だって清楚ではあったけど高校生らしい服装だった。それが一年近く間をあけていきなり現れた板額は着物姿だった。
それはそれは新鮮な驚きだった。マジで惚れ直した感じだ。ここまで来るまではちょっと尋常じゃない段取りにはなったけど、この部屋に二人っきりになって和服姿の板額を前に僕はすぐに魅了された。和服の扱い方なんて知らなかったけど、そこはもう勢いに任せてした。洋服の時とは違って色々戸惑ったけど、和服も良いなぁってマジで思った。
そして、今、僕を見てほほ笑む和服姿の板額は、やっぱり魅力的だ。洋服の時とはまた違った、どこか不思議な妖艶さを纏った感じなのだ。
今がこんな時じゃなきゃ、僕はここでもう一度、板額を押し倒していたに違いない。……なんてちょっとだけ思ったけど、板額はああ言ってるが今はそんな悠長なことを考えてる時じゃない。
やっぱりあの『お婆様』が相手じゃ今は一刻も早く身支度を整えて参上せねばなるまい、僕は改めて思った。
まあそれでも結局は、烏丸家の第二ダイニング……第一は当主である『お婆様』同席の時のみ使用が許される豪華な物、それでも第二とはいえ下手なレストランより広いくらい……でメイドさんの給仕付きで非常に豪勢な朝食をゆっくり摂る位の余裕はあった。
朝食を摂り終えた僕は、すぐに洗顔や歯磨きなど身支度を整えた。そして、板額が用意してくれていたのだろうか、パリッとした三つ揃えのスーツに着替えて『お婆様』の待つ、烏丸家の奥座敷へと向かった。高校時代もブレザー&ネクタイの制服だったけど、スリーピースのスーツなど着るのは初めてで僕はかなり緊張した。
しかし、烏丸家の屋敷に僕の着るスリーピースが用意してあるってどういう事なんだろうか? これってすでに僕がは『烏丸家の入り婿』になるって事が既成事実化してるって事なのか?ってその時、そんな想いが僕の脳裏をよぎった。
今回、僕らが『お婆様』に呼び出されたのは、『お婆様』との正式な謁見に使われる母屋の応接間(と言うより大広間)ではなかった。『お婆様』が普段生活している離れにある、私的な応接間だった。まあ、その辺りの事情は、僕がまだ『お婆様』に認められた正式な烏丸家の客人と言うわけではないという事だろう、って僕は勝手に納得していた。
僕が連れ込まれた……うん、まさに昨夜はその通りだった……板額の部屋は、烏丸邸の建物の中では『お婆様』の離れに比較的近い位置にある。
それでも、板額の部屋から『お婆様』の住む離れまでは結構な距離があった。足腰が弱い老人などではシニアカーがないと徒歩じゃ無理なんじゃないかと思うほどだった。まったく京都の家は『ウナギの寝床』って言われるくらい狭いのが普通なのに、いったこの『烏丸家』ってのはどれだけの広さがあるのだろう?
これは後で知ったことだけど、烏丸邸自体が下手な旅館よりはるかに規模が大きいらしい。ましてや、建物の大きさではなく敷地面積と言ったらどのくらいあるのか見当もつかないのだそうだ。昼間、窓から見える庭だけじゃなく、その後ろに控える東山の見渡せる部分も全部、烏丸家の持ち物だというのだ。
そんな長い距離を女中さんに先導されて板額と歩きながら僕は考えていた。
昨夜は友禅染の落ち着いた中にも若々しさがある着物だったけど、今の板額はピシっとした黒紋付の留めそでを着ていた。そして、帯もすっごく高そうな素敵な帯。
僕は思い出した。
ここは烏丸家の本宅なのだ。そして、板額の言うお婆様……戸籍上は『義母』なのだが……はここを仕切る絶対支配者。
ここでその『お婆様』の意に反する事をするのは、自殺行為に等しい。そうだ、この『お婆様』に僕と板額のこれから、いや、僕自身の運命すら握られてると言っても過言じゃない。
僕は慌てて布団から飛び起きると、一目散に身支度を整えるために洗面所へ走った。
「あまりゆっくりは出来なけど、そんなに慌てなくても良いよ」
そんな僕を見て板額は笑いながら言った。
昨日まで僕の知ってる板額は、ほとんどが葵高の制服姿だった。私服の時だって清楚ではあったけど高校生らしい服装だった。それが一年近く間をあけていきなり現れた板額は着物姿だった。
それはそれは新鮮な驚きだった。マジで惚れ直した感じだ。ここまで来るまではちょっと尋常じゃない段取りにはなったけど、この部屋に二人っきりになって和服姿の板額を前に僕はすぐに魅了された。和服の扱い方なんて知らなかったけど、そこはもう勢いに任せてした。洋服の時とは違って色々戸惑ったけど、和服も良いなぁってマジで思った。
そして、今、僕を見てほほ笑む和服姿の板額は、やっぱり魅力的だ。洋服の時とはまた違った、どこか不思議な妖艶さを纏った感じなのだ。
今がこんな時じゃなきゃ、僕はここでもう一度、板額を押し倒していたに違いない。……なんてちょっとだけ思ったけど、板額はああ言ってるが今はそんな悠長なことを考えてる時じゃない。
やっぱりあの『お婆様』が相手じゃ今は一刻も早く身支度を整えて参上せねばなるまい、僕は改めて思った。
まあそれでも結局は、烏丸家の第二ダイニング……第一は当主である『お婆様』同席の時のみ使用が許される豪華な物、それでも第二とはいえ下手なレストランより広いくらい……でメイドさんの給仕付きで非常に豪勢な朝食をゆっくり摂る位の余裕はあった。
朝食を摂り終えた僕は、すぐに洗顔や歯磨きなど身支度を整えた。そして、板額が用意してくれていたのだろうか、パリッとした三つ揃えのスーツに着替えて『お婆様』の待つ、烏丸家の奥座敷へと向かった。高校時代もブレザー&ネクタイの制服だったけど、スリーピースのスーツなど着るのは初めてで僕はかなり緊張した。
しかし、烏丸家の屋敷に僕の着るスリーピースが用意してあるってどういう事なんだろうか? これってすでに僕がは『烏丸家の入り婿』になるって事が既成事実化してるって事なのか?ってその時、そんな想いが僕の脳裏をよぎった。
今回、僕らが『お婆様』に呼び出されたのは、『お婆様』との正式な謁見に使われる母屋の応接間(と言うより大広間)ではなかった。『お婆様』が普段生活している離れにある、私的な応接間だった。まあ、その辺りの事情は、僕がまだ『お婆様』に認められた正式な烏丸家の客人と言うわけではないという事だろう、って僕は勝手に納得していた。
僕が連れ込まれた……うん、まさに昨夜はその通りだった……板額の部屋は、烏丸邸の建物の中では『お婆様』の離れに比較的近い位置にある。
それでも、板額の部屋から『お婆様』の住む離れまでは結構な距離があった。足腰が弱い老人などではシニアカーがないと徒歩じゃ無理なんじゃないかと思うほどだった。まったく京都の家は『ウナギの寝床』って言われるくらい狭いのが普通なのに、いったこの『烏丸家』ってのはどれだけの広さがあるのだろう?
これは後で知ったことだけど、烏丸邸自体が下手な旅館よりはるかに規模が大きいらしい。ましてや、建物の大きさではなく敷地面積と言ったらどのくらいあるのか見当もつかないのだそうだ。昼間、窓から見える庭だけじゃなく、その後ろに控える東山の見渡せる部分も全部、烏丸家の持ち物だというのだ。
そんな長い距離を女中さんに先導されて板額と歩きながら僕は考えていた。
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