ハンガク!

化野 雫

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第百五十三話

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 思えば、この時の僕は自分で思っているよりお酒が進んでいたのかもしれない。

 だって、僕はそんな事より今は考えなきゃいけない大事な事があるのだから。

「いや、これには色々事情がありまして……」

「笑って誤魔化せる事態やあらへんで。
 今夜はあんた、板額と巴に真摯に謝らんとあかんで」

 そう言って曖昧な笑みを浮かべた僕に、その娘はまるで母親が子供を諭す様に言った。


 結局、僕と緑川、白瀬、そして板額は一緒に、僕の下宿であるマンションへ向かう事となった。

 ちなみに、今日の飲み会の参加者の中に僕のマンションに近い奴も居たのだが、そいつは僕達と同じタクシーに乗ろうとはしなかった。

 その理由は、まあ、何となく分かる気もする。たぶん僕ら三人の危険な雰囲気に、車を降りるま奴ははとても耐えられないと思ったのだろう。

 まあ、実際は決してそんな事はないんだけど。

 河原町通に出て手を上げれば、こんな時間でも比較的簡単に流しのタクシーが拾える。これはさすが京都ってやつだ。僕の住んでた街ではとてもこんな時間に流しのタクシーなど拾う事など出来ない。

 タクシーに僕らが乗り込むと、こんな時間に、着物姿の板額と、明らかに学生とわかる僕と緑川という奇異な組み合わせに、運転手さんは一瞬、ぎょとした表情を浮かべた。そしてその運転手さん、最後に清算をした僕を見た時も、何か聞きたそうな表情だったのを良く覚えている。


 そしてタクシーを降りてマンションに入ろうとした僕は想像だにしない驚くべき光景を目にしたのだ。

 それは酔いが一発で吹き飛ぶほどの衝撃だった。

 マンションの前に十人ほどの人間が左右に分かれて整列して僕らを待っていたのだ。そして彼らは僕らを見ると、うやうやしく頭を下げて声をそろえてこう言ったのだ。

「いらっしゃいませ、板額お嬢様」

 しかも、その人たちに僕は見覚えがあった。

 そうだ、彼らは時折顔を合わせ挨拶も交わす、僕と緑川が住む部屋と同じ階に住む人たちだった。

「えっ、えっ、何、この人たち全員、板額の関係者だったの?」

 僕は驚いて思わず、板額を見て声を上げてしまった。

 すると板額は意味深ににやにやと笑みを浮かべ、隣に居た緑川はバツの悪そうな顔をして僕を見た。

「知らないのはぁ~、平泉君だけぇ~……」

 さらに白瀬が酔っ払って、僕の周りをふらふらと漂いながら、ケラケラ笑いながらそう言った。


 そして、僕らは彼らに前後左右を囲まれ、まるでSPに守られる様にして僕の部屋へと向かった。

 彼らは結局、僕らが僕の部屋に入って行くのを全員で深々とお辞儀して見送るまで一緒に居たのだ。


「板額はお茶?コーヒー?それとも紅茶?」

 それぞれがリビングのソファーに座ると、ここは僕の部屋なのにまるで自分の部屋に居る様にリラックスした感じで緑川が、板額に声をかけ立ち上がった。

「あっ、じゃあ、温かいミルクティーを……」

 板額もそれがさも当然の様にくつろいだ様子で答えた。

 これは、緑川の『私はここで与一の奥さんみたいな暮らしをしてるのよ』って言う、恋のライバルでもある板額に対する軽いジャブだったのではないか?そしてまた、それに動じず平然と答えたのは、板額も『そんな事知ってるし、気にもとめないわ』って言う無言の圧力だったっじゃないかと僕は思った。

 そしてそう思った途端、僕はブルリと妙な恐怖感で体が震えたのを覚えている。きっと僕の思った事を白瀬は感じ取ったのだろう。僕の肩の上あたりを相変わらずふわふわ揺れて漂いながらにやにやと変な笑いをしていた。


 こんな時に、最近、僕はよく思うことがある。

 生きていた頃の白瀬は、表に感情を表さない娘だった。でも、もし生きていれば、本来は今の様に板額や緑川に負けず劣らず表情豊かな女の子だっただろうなって。

 そして、そう思った後、僕はいつも、胸が締め付けられるくらいに切なくなった。幽霊の白瀬が明るく表情が豊かになればなるほど切なさは増して行った。

 そして最後に……ああっ……何故僕らは白瀬を救えなかったんだろうって……。


 いや待て、今、僕が考えなきゃならない事はやっぱりそこじゃない。

 確かに、緑川と板額が今まさに一食触発状態にあるかもしれない事や、白瀬の事はとても大事なことではある。しかし、今はそれ以上に僕にとって確認しなきゃいけないことがある。
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