ハンガク!

化野 雫

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第百四十八話

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 それだけじゃない。この物語の語りでも分かる様に、僕の心の中でも同じように『緑川』と呼んでいるのだ。

 今まではまったく意識してなかったのに、緑川にこう言われて僕はその事を少し自覚するようになった。

 まあ、緑川にそう言われても、その明確な理由は僕自身、いまだに良く分かっていない。

 そう言えば緑川の奴は、いつの間にか僕の事を『平泉君』じゃなく、板額と同じ様に『与一』って呼ぶ様になってたっけ。今、思い返すと、板額が居なくなって、しばらくしてそうなった様な気がする。


「じゃあ、『巴』」

 そう言われた僕は試しに唐突にそう呼んでみた。

「バカ!やっぱり『緑川』で良い!」

 すると緑川は急に顔を真っ赤にして恥ずかしそうにこう叫んだ。


 その後、とりあえず自分の荷物運びが一段落ついていた僕は、緑川の荷物運びを手伝いながら、色々話してこうなった経緯を確かめた。

 緑川が言うには、彼女のご両親が女の子の一人暮らしには何かと不安があったらしい。だから、ほとんど緑川家公認の彼氏となっていた僕と同じマンションなら比較的安全じゃないかと言う事でこう言う事態になったそうだ。

 いや、それって普通はかえって『危ない』んじゃないかと突っ込みたくなったが、僕はぐっと我慢した。

 ちなみにこの一件には、うちの母も深く絡んでしたらしい。それなのに、今日、この日まで、母はこの事を一言も僕に言わなかった。

 後でその事を直接、母に聞いたところ、母はにやにや笑いながら……

「だって、黙ってた方が面白いじゃない、こんな事……」

……と平然と答えやがった。

 母親ながら、さすが売れっ子小説家って奴の考える事は、常人とは違うなと、妙に納得した僕だった。


 こうなってしまえば、若い二人の事、後はなし崩し的に進んでしまうのは仕方ない。いや仕方ないどころか、この状態でいつまでも高校生の清いだけの交際を続けて行けるって考える方が間違っているのだ。

 ……と僕は自分に言い訳しつつ、まあ、僕と緑川の関係は誰もが想像するのと同じ様になった。

 緑川は、出来る限り、僕の部屋で食事を作ってくれた。

 さらに、緑川はほとんど僕の部屋で暮らしている様な感じになった。緑川の部屋が巨大な物置小屋と化すのも時間の問題だった。

 ただし、僕らの生活は普通の恋人同士と少しばかり勝手が違っていた。だって僕の部屋には他人は見えなくとも、もう一人、白瀬と言う女の子が居るのだ。僕らにとってこれは彼女二人との三人暮らし。良くある様なメロメロな甘ったるい生活にはならなかった。

 まあ、白瀬が居なくとも、僕はともかく、緑川は京大生なのだ。彼氏との生活にかまけて勉強をサボりまくる訳にもゆかないのだ。

 『規格外の天才』板額の陰に隠れてしまった感はあった。それでも緑川は、地元では進学校として超有名な葵高でも『稀代稀なる秀才』との呼び声が高かった。その彼女をもってしても、舌を巻くほど京大のレベルは高いらしい。常に精進を怠らないようにしないと落ちこぼれる恐怖が常に付きまとうのだそうだ。

 それでも、まるでお嫁さんの様に、僕の為に食事を作ってくれたり、洗濯や掃除をしてくれる、緑川に僕は感謝しかなかった。


 そんなこんなで、僕の京都での生活もすでに三か月が過ぎようとしていた頃の事だ。

 そろそろ梅雨も近づき、空気は湿り気と暑さを含み始めていた。

 その日、僕は大学で出来た友達……もちろん全員男だ……同士の飲み会で四条河原町に夕方から出かけていた。


 僕がこの事を緑川に言った時、緑川に『まさか合コンじゃないでしょうね』って少し疑われた。もちろん、一緒に居た白瀬も言葉には出さなかったが、何だか同じ様な事を思ってた様だった。

「いやいや、男同士のむさくるしい飲み会だって。
 そういう事聞くって事は、緑川も合コンとか誘われてるのか?」

 だから僕は逆にそう聞き返してやった。

「……合コンなんか誘われた事ないわよ……」

 すると緑川はそう言って口では否定したが、何だかその様子に少し歯切れの悪さを僕は感じた。

 ちらりと肩の辺りに浮かぶ白瀬を見ると、何故か彼女は僕からすっと目を逸らした。

 美人の緑川の事、特に女の子の少ない京大じゃモテてもしかたないかと、僕は少し誇らしげで、でも少し嫉妬が入る複雑な心境になった。

 結局、僕への疑いは晴れた……と言うかうやむやになり、この日は緑川も大学で出来た女の子友達と一緒に夕方から飲みに行く事にしたみたいだった。

 実を言うと、それを聞いて今度は僕の方が『本当は合コンじゃないだろうか』って、ちょっともやもやする気持ちになったのは、緑川と白瀬には秘密だ。
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小説の匣
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