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第百四十五話
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それでも、以前とは違っていたのが緑川と、今は生者でなくなってはいたが白瀬が居た事。
緑川は前から傍に居てくれたが以前と違って今はクラス中、いや学校中から公認されている彼女になっていた。
昔に戻ってしまったかの様な僕に、緑川は優しく、そう本当に優しく接してくれた。それはもう文字通り献身的な尽くし方だった。
あまりに俗物的な言い方で、その時の天使に思える緑川には失礼な表現かもしれない。それでも一番近い表現の仕方をするならば、その時の緑川はまさに『僕のお嫁さん』そのものだった。
授業が必ず終われば僕の傍に来て話しかけてくれた。
そして今、思い出しても一番うれしかったのが昼休みだった。
母は、売れっ子作家になって何かと締め切りに追われ生活能力が0に近い状況になっていた。それ故、僕のお昼は、葵高に入学してすぐに購買部でパンを買って食べるのが日常になっていた。
そんな中、板額が居なくなってから緑川は毎日、自分用ともう一つ僕用にお弁当を作って持って来てくれた。
そして、塞ぎがちの僕を、天気の良い日は中庭の陽の当たるベンチに誘い出し一緒にお昼を食べてくれた。雨の日は中庭の見える屋根のある廊下に置かれたベンチが定位置だった。きっと、周りの連中もそれとなく僕の事を気遣っていてくれたのだろう、僕と緑川がお昼を食べる場所は何故かいつもぽつりと空いていた。
他の生徒や先生たちから見れば、僕と緑川が二人仲睦まじくお昼を食べている様に見えただろう。でも、実際にはそこに白瀬も居たのだ。
他の生徒の目もあって、教室では白瀬に話しかける事は出来ない。
もしそんな事をしたら、僕は板額を失って頭がおかしくなって居もしないもう一人の誰かとお話する『可哀そうな子』になっていただろう。
だからこのお昼の時間は、僕にとって白瀬と日中話が出来る貴重な時間でもあった。
もちろん、学校以外では白瀬とは滅多に合う事の出来ない緑川にとっても、白瀬と話が出来る時間でもあった。
ちなみに、僕ら生者とは違う白瀬にとっては、距離の概念がほとんどない。だから自宅に居る僕の傍に居ても、同じ様に自宅に居る緑川の所へ行く事も瞬時に可能だった。それでも余程の用事がない限り白瀬は某の傍から離れる事はなかった。居なくなっている様に見えてもそれは彼女が自分で気配を消してるだけの事だった。
僕の前で、まるで共に生きている親友の様に話す緑川と白瀬を見るのは、何かと塞ぎがちになる僕にとっても何だかすごく心安らぐ一時だった。
そして、その日の事を僕はけっして忘れはしない。
あれはもう葵高での二年生も終わろうとしている年明け早々のそんな昼休みの事だった。
僕らは、それまでしばらくは冬の寒さと北風を避ける為、中庭の見えるほとんど使われる事のない特殊教室でお昼を食べていた。
しかしこの日は、この時期にしては珍しく日差しがあって日向に居れば外でも暖かく過ごせる日だった。
僕と緑川、そして白瀬は、久々に日の当たる中庭に出てお昼を食べる事にした。
同じお弁当を一緒に食べながら緑川が言った。
「与一、あなた、進路希望調査票、また白紙だったそうね。
杉下先生が、私からあなたに早く決める様に言っておけって」
そう、僕は板額が去ってから何事にも積極性を失っていた。
それはこの時期、有名進学校の葵高に通う人間なら最も大切で、誰もが頭を悩ますこの先の進路希望もそうだった。僕は、特に行きたい大学もなく、漠然と行ける大学に行けば良いと思っていた。
「名大(名古屋大学)くらい考えてるの?
まあ、あなたなら頑張ればなんとかなりそうだけど……」
「平泉君って意外に成績、良い方なんだよね」
緑川が続けてそう僕に尋ねると、僕の肩辺りにふわりと浮いている白瀬がそう言って笑った。
確かの僕の成績は今のままなら名大合格ぎり。頑張ってもう少し成績を上げれば合格圏って感じではあった。でも、今の僕はその努力をしようとする気力がなかった。
「そういう緑川はどこへ行くんだ?」
僕は自分の事をはぐらかす為に緑川にそう聞き返した。
「私は、京大」
緑川は事も無げに答えた。
そう、緑川は誰もが認めるこの葵高でも近年稀に見る秀才だ。京大は当然の選択であり、緑川なら現役合格だって夢ではない。いや、今のまま努力を続けていれば合格する可能性はかなり高いと言われている。
そんなことぐらい僕だって知ってる。いや、今は緑川の彼氏である僕なら知らないはずない。それどころか今のままでも緑川は京大合格判定が『A判定』であることまで知ってるくらいだ。
緑川は前から傍に居てくれたが以前と違って今はクラス中、いや学校中から公認されている彼女になっていた。
昔に戻ってしまったかの様な僕に、緑川は優しく、そう本当に優しく接してくれた。それはもう文字通り献身的な尽くし方だった。
あまりに俗物的な言い方で、その時の天使に思える緑川には失礼な表現かもしれない。それでも一番近い表現の仕方をするならば、その時の緑川はまさに『僕のお嫁さん』そのものだった。
授業が必ず終われば僕の傍に来て話しかけてくれた。
そして今、思い出しても一番うれしかったのが昼休みだった。
母は、売れっ子作家になって何かと締め切りに追われ生活能力が0に近い状況になっていた。それ故、僕のお昼は、葵高に入学してすぐに購買部でパンを買って食べるのが日常になっていた。
そんな中、板額が居なくなってから緑川は毎日、自分用ともう一つ僕用にお弁当を作って持って来てくれた。
そして、塞ぎがちの僕を、天気の良い日は中庭の陽の当たるベンチに誘い出し一緒にお昼を食べてくれた。雨の日は中庭の見える屋根のある廊下に置かれたベンチが定位置だった。きっと、周りの連中もそれとなく僕の事を気遣っていてくれたのだろう、僕と緑川がお昼を食べる場所は何故かいつもぽつりと空いていた。
他の生徒や先生たちから見れば、僕と緑川が二人仲睦まじくお昼を食べている様に見えただろう。でも、実際にはそこに白瀬も居たのだ。
他の生徒の目もあって、教室では白瀬に話しかける事は出来ない。
もしそんな事をしたら、僕は板額を失って頭がおかしくなって居もしないもう一人の誰かとお話する『可哀そうな子』になっていただろう。
だからこのお昼の時間は、僕にとって白瀬と日中話が出来る貴重な時間でもあった。
もちろん、学校以外では白瀬とは滅多に合う事の出来ない緑川にとっても、白瀬と話が出来る時間でもあった。
ちなみに、僕ら生者とは違う白瀬にとっては、距離の概念がほとんどない。だから自宅に居る僕の傍に居ても、同じ様に自宅に居る緑川の所へ行く事も瞬時に可能だった。それでも余程の用事がない限り白瀬は某の傍から離れる事はなかった。居なくなっている様に見えてもそれは彼女が自分で気配を消してるだけの事だった。
僕の前で、まるで共に生きている親友の様に話す緑川と白瀬を見るのは、何かと塞ぎがちになる僕にとっても何だかすごく心安らぐ一時だった。
そして、その日の事を僕はけっして忘れはしない。
あれはもう葵高での二年生も終わろうとしている年明け早々のそんな昼休みの事だった。
僕らは、それまでしばらくは冬の寒さと北風を避ける為、中庭の見えるほとんど使われる事のない特殊教室でお昼を食べていた。
しかしこの日は、この時期にしては珍しく日差しがあって日向に居れば外でも暖かく過ごせる日だった。
僕と緑川、そして白瀬は、久々に日の当たる中庭に出てお昼を食べる事にした。
同じお弁当を一緒に食べながら緑川が言った。
「与一、あなた、進路希望調査票、また白紙だったそうね。
杉下先生が、私からあなたに早く決める様に言っておけって」
そう、僕は板額が去ってから何事にも積極性を失っていた。
それはこの時期、有名進学校の葵高に通う人間なら最も大切で、誰もが頭を悩ますこの先の進路希望もそうだった。僕は、特に行きたい大学もなく、漠然と行ける大学に行けば良いと思っていた。
「名大(名古屋大学)くらい考えてるの?
まあ、あなたなら頑張ればなんとかなりそうだけど……」
「平泉君って意外に成績、良い方なんだよね」
緑川が続けてそう僕に尋ねると、僕の肩辺りにふわりと浮いている白瀬がそう言って笑った。
確かの僕の成績は今のままなら名大合格ぎり。頑張ってもう少し成績を上げれば合格圏って感じではあった。でも、今の僕はその努力をしようとする気力がなかった。
「そういう緑川はどこへ行くんだ?」
僕は自分の事をはぐらかす為に緑川にそう聞き返した。
「私は、京大」
緑川は事も無げに答えた。
そう、緑川は誰もが認めるこの葵高でも近年稀に見る秀才だ。京大は当然の選択であり、緑川なら現役合格だって夢ではない。いや、今のまま努力を続けていれば合格する可能性はかなり高いと言われている。
そんなことぐらい僕だって知ってる。いや、今は緑川の彼氏である僕なら知らないはずない。それどころか今のままでも緑川は京大合格判定が『A判定』であることまで知ってるくらいだ。
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