ハンガク!

化野 雫

文字の大きさ
上 下
142 / 161

第百四十二話

しおりを挟む
「大丈夫だよ、京子。
 僕も巴も、本当はちゃんと分かってるから。
 これでも二人とも君と同じ与一の『彼女』だからね」

 そんな白瀬に、板額が柔らかい笑みを浮かべながらそう答えた。

「まあ、そう言う事よ、京子。
 こういう時に上手く立ち回れないのがこの人の悪い所。
 でも、そういう不器用な所が私達にとっては魅力の一つでもあるんだけどね」

 緑川も、ばつが悪そうに頭を掻きながらそう言った。

 まあ、本当にそう言う事なのだろう。板額も、緑川もそういう奴だって僕は良く知っている。

 だからこそ、僕はまた白瀬同様にこの二人の女の子に惹かれるのだ。


 結局、僕らはその後、板額のマンションで夕食をごちそうになった。

 メイドの篠原さんの作る料理を食べるのはこれが初めてではなかったけれど、その時の夕食はとても豪勢でとびっきり美味しかった事を僕は今でもはっきりと覚えている。

 その場にいる誰もが、篠原さんも含めて、みな務めて明るくはしゃいだ。

 そして板額も『最後の晩餐』だよ、なんて言って茶化していた。

 けれど、板額が時折、隠し切れず辛そうな表情を浮かべた事を僕は決して忘れない。

 やがて、無常にも時は流れ、その晩餐は結局、最後まで妙にハイテンションで明るい雰囲気のまま終わった。

 そう表向きはね。

 僕は、そして、みんなもそんな事、百も承知だった。

 ただ誰も本当の自分の気持ちを口にしなかった、いや口だけじゃなく表情にも出さなかったんだ。


 僕は、そのまま、自分の部屋に帰った。

 母の話によると、その時の僕は、声を掛けても返事が無く、なんだか夢遊病者の様だったと言っていた。そして僕自身も、あの晩餐の後の記憶がほとんどない。別れ際に板額と何を話したのか、緑川は何か言っていたのか、さらには一緒に帰ってきたはずの白瀬の事すらまったく覚えていない。

 ちなみに緑川は、篠原さんの車で家まで送ってもらった様だ。後で緑川に聞いたところによると、その車には板額も一緒に乗り込み、緑川の家に着くまで色々話したそうだ。

 何を話したのか僕が緑川に尋ねても、彼女は……

「親友であり、恋のライバルでもある女の子同士の話を、
 その当事者でもあるあなたに話すわけないでしょ」

……と笑いながら答えなかった。

 よく考えると『女の子と同士』って部分は異論を挟みたくなるところでもあるが、あえて僕はそこには踏み入らなかった。いや、本来なら冗談めかしてそこにあえて踏み込むぐらいの余裕があってしかるべきなのだ。でも、その時の僕にはとてもそんな心の余裕はなかったんだ。

 ただ、その時の緑川の笑顔が少し悲しげだったのを僕は良く覚えている。

 緑川は答えなかったけれども、その答えはその後の緑川を見れば、僕にもなんとなくではあるが想像できた。


 その夜以降、すぐに板額の周囲は、烏丸家次期当主の引っ越し&本家帰還とあって篠原さん以外にも多くの人が出入りして騒がしくなった。

 その喧騒の最中、僕はあれだけ大改造してワンフロアー全部をまるで一軒の家の様に大改造してしまった板額の部屋はどうなるんだろうと僕は不思議に思っていた。もう元へ戻すのも困難だろうし、あのままではこんな地方都市じゃ次の買い手も見つける事は難しいだろう。

 でも、この僕の疑問に関してはほどなくして簡単に解決された。

 なんと、板額が餞別代りに僕と母へそのまま全部プレゼントしてくれたのだ。

 餞別にしてはあまりに高価な上に、毎年の固定資産税等の維持費も大変だからと、母は一度は断った。そりゃ、当たり前だ。今では売れっ子小説家でそこそこ高給取りの母ではあるが、僕と二人暮らしの上、あの部屋を維持管理してゆくのはちょっと無理かと考えた様だ。

 でも、僕は内心、あの部屋が欲しかった。

 二度と板額に会えなくなるなら、せめて板額の残り香をいつまでも感じられる物が欲しかったのだ。

 結局、あの空中に浮かぶ豪邸は、所有者は烏丸家のまま、諸々の税金関係も含めて維持管理費はすべて引き続き烏丸家が払い続ける事になった。つまり物件としては現状のまま何も変わらずそこに存在する事になったのだ。

 では、僕と母はどうなったのかと言えば……烏丸家に雇われ『管理人』として、空中豪邸に住む事になったのだ。つまり事実上、完全にタダであの空中豪邸に住む事が出来る様になったのだ。

 僕は、板額の残り香をいつでも感じられる事が出来る喜びと共に、板額と会えなくとも『烏丸家』との繋がりがまだ当分続く事に少しだけ安堵を覚えた。
しおりを挟む


小説の匣
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...