ハンガク!

化野 雫

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第百三十九話

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 ここがマンションである事を忘れてしまいそうな玄関で篠原さんに迎えられた僕は、そのまま板額の部屋へと通された。以前は応接間に通されていたが、最近では直に板額の部屋に通される様になっていた。

 板額と色々エッチな事をするのも、すでに篠原さん公認って事になっていたのだ。

 そうなっても、篠原さんはさすがプロ?のメイドさんだけあって表情や態度に表すことはない。いつも通り優しい微笑みで僕を迎えてくれていた。

 でも僕には、大好きな篠原さんが浮かべるそういう笑みも……

『私、本当はあなたが板額お嬢様に、
 どんなイヤラシイ事をしてるか全部知ってるんですよ』

……って意味が含まれているんじゃないかと勘繰り、複雑な心境になる事が時々はあった。

 まあその一方、篠原さん公認って事は同時にそれは烏丸家公認って言う事でもある。だから、その時の僕は何となくこのまま、ないし崩し的に板額とは末永く一緒に居られるものだと信じ込んでいた。

 それと同時に、僕に憑りついている……もちろん今は良い意味で……白瀬はともかく、そうなると緑川はどうなってしまうんだろうとふと不安に感じる時もあった。そりゃ、板額といつまでも暮らせるのは嬉しい。でもその代わりに、たとえ男の身勝手と言われようとも、緑川とは会えなくなるのもやっぱり嫌だった。

 その前に、板額って今は戸籍上の性別ってどうなってるんだろう。男なのか女のか?もし男のままなら僕とは結婚できないわけだし、そうなれば僕が結婚できる相手は緑川一択になってしまう。でも、あの板額がそれを許すとも思えないし……などと僕の思考はいつもこうして堂々巡りに陥るのだった。

 ただ、その時は気づかなかったが、あとで思い出すと篠原さんの表情はいつもよりやや険しいと言うか、曇った感じがしていた。いつものやさしい笑みでは無かった気がする。


 そしてこの日も、いつもの様に篠原さんは、板額の部屋の扉を軽くノックすると、

「板額お嬢様、平泉様がお見えになられました」

と中に居る筈の板額に告げた。

「うん分かった、入ってもらって……」

すると中から板額の声がそう答えた。

 板額の声を聞いて篠原さんは、そっと板額の部屋の扉を開き僕を部屋の中へと導いた。


「えっ……なんで!」

 板額の部屋に入った僕は、驚き思わず声を上げていた。

 当然そこには、広い部屋の真ん中に置かれたソファーにいつもの様に板額が座って居た。

 ただ、いつもは僕がまず座るテーブルを挟んだ向いの椅子には……

 緑川が座って居たのだ。

「あら、早かったのね。
 板額と二人きりにしてあげられなくてごめんなさいね」

 僕の声を聞いて緑川はそう言って笑った。その笑いは色々な意味で恐ろしい笑いだった。僕は彼女の笑みの中に一瞬鋭い殺気のようなものを感じた。

「では平泉様、ごゆっくり……」

 そんな僕と緑川を見て篠原さんはくすりと小さく笑うと部屋を出て行った。


 ちなみに、先ほど『いつもは僕がまず座る』と言ったのは、篠原さんが見ている間は板額の向い側に座るって事なのだ。篠原さんが部屋を出てゆく、僕は、それを待ちきれずに板額の座るソファーへと移る。

 移って何をするかと聞かれれば、そりゃ、青春真っただ中の男の子が彼女と二人っきりの部屋ですることなんてだいたい決まってるのだ。

 当然、今日も僕はそうする事が当然の様に考えて、ここまで来た。いや、正直に言おう、頭の中はその事で一杯だった。だから僕はその心の中を緑川に見透かされた気がして、彼女の殺気を感じたのだ。


「ちなみに、京子も居るな。
 もう与一に姿が見える様にしても良いよ」

 あたふたしている僕をよそに板額はテーブルに置かれたティーカップを口に運びながら落ち着き払った風でそう言った。その時一瞬、ふわりと紅茶の良い香りが僕の鼻の奥をくすぐった。

「ごめんね、平泉君。黙ってて……」

 すると白瀬の声がした。

 そして、いつもの様にふわっとちょっとだけ冷たい風が僕の頬を撫でる様な感覚がした後、僕の目の前のやや上えあたりに白瀬が姿を現した。白瀬はなんだかすまなさそうな表情をしていた。

「えっ、白瀬も!」

 僕はまたもや素っ頓狂の声を上げてしまった。

 今の白瀬は悪霊ではないけれど僕に憑りついているのと同じなのだ。僕に見えないだけでいつも僕の傍に居ても不思議ではない。でも、僕から見えない時は『彼女は居ないもの』として認識するのが習慣付いていたんだ。

「ちょっと待って。
 もしかして、これってみんな板額、君が仕組んだのかい?」

 それでも平然とお茶を飲んでいる板額に僕は食って掛かる様にそう尋ねた。
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