ハンガク!

化野 雫

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第百三十八話

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「やっぱり、居るものなのかい?」

 僕は板額、緑川、どちらともなく尋ねてみた。

 幸い、僕には白瀬以外のそういう存在は、見る事はおろか感じる事さえまったく出来なかった。

「居るわよ、ちなみにどことは言わないけど、
 この学校にも居るのよ」

 すると緑川が、見るからにうんざりとした表情でそう言った。

「じゃあ、そのチョーカー外せば良いんじゃないのかい?
 別にそれ、いつでも君の意思で付けたり外したりできるはずだよ」

 すると板額が笑いながら言った。

「絶対に嫌よ!
 私が見えたり聞こえたりしないと、
 京子が与一と何話して、どんな凄いことしてるか心配じゃない」

「凄い事ねぇ……。
 そう言うのって、自分がしてるから他人もしてると思うんじゃないのかい?」

 すかさずそう答えた緑川に、板額はにやにやと意味ありげな笑みを口元に浮かべて言った。

 ちなみに、常には触れる事の出来ない白瀬だけど、実はあの日から、短時間なら白瀬に触れる事は出来る様になっていた。どうやらこれは、僕と白瀬の両方が『触れ合いたい』という強い想いを持った時にだけ実現する現象の様だった。

 では、実際、緑川の言った『凄い事』ってのを僕と白瀬がしてたかって聞かれれば……そりゃ白瀬だって僕を好きなんだし、僕だって白瀬を好きだ。しかもいお互い初恋の相手、板額や緑川にしてる事くらいはしてても悪くないはずだよね、とだけ答えておく。


 それからの僕らは、白瀬も含めて楽しく過ごした。僕ら以外人間が見ると、白瀬が増えた事はわからないのではあるが、それでも傍から見れば完全なハーレム状態。後で聞いた話だと、あの時の僕は、周りの男子からすっごく羨ましがられ嫉妬されてたらしい。まあ、当の本人である僕はそんな事、ほとんど気がついてはいなかった。

 ただ僕自身、板額と緑川、それに白瀬のおかげで、回りに作っていた壁を少しづつ低くし、他のクラスメイト達ともコミュニケーションを取る様にはなっていった。

 それまでは僕が彼らを拒むのと同様に、彼らも僕を疎ましく思ってると勝手に僕は思っていた。でも、実際に少しづつ彼らとコミュニケーションをとってみると、多くの者たちが僕の事を心配してそっと見守っていてくれていた事に気がついた。

 『白瀬京子の真実』は、僕が思っていたよりずっと広まっていたのだ。僕自身や、僕を陰で叩いていた者たちの様に真実を曲解してたのは、実は多数派ではなく少数派だったのだ。

 悲劇のヒーローになって自身を無意味に責め続け、あの事件から目をそらし耳を塞ぎ続けてきたのは、他ならぬ僕自身だったんだ。それは自分自身が、白瀬の事件と真摯に向き合う勇気がなかったからだと今は、はっきりと分かる。真摯に向き合う勇気があったなら、僕はもっと早く『白瀬京子の真実』に自力でたどり着けていたはずだ。

 板額が、緑川が、そして何より白瀬が僕にそれを教えてくれた。だから、僕は彼女たちへ山ほどの愛情と共に感謝の念を忘れない。僕が、本当の意味で自分自身を取り戻すことが、いや、もう一つ大人になる事が出来たのは彼女たちが居てくれたからだ。


 この時の僕は、彼女らと過ごす楽しい時間はこの先永遠に続くものとばかり思っていた。

 しかし、何事も始まりがあれば終わりがある物なのだ。

 僕はその事を忘れていた。

 そして、その日は唐突に訪れた。

 
 その日、僕は学校の帰りに板額から、後で板額の家、と言うか同じマンションの最上階にある板額の部屋に来て欲しいと言われた。

 その時の僕は、能天気に、またいつもの様に板額の部屋で色々エッチな事が出来ると胸躍らせていた。

 家に帰った僕は、取り急ぎ軽くシャワーを浴び、私服に着替え男の身だしなみとして下着も新しい物に履き替えて自分の部屋を出た。

 今思えば、いつもならそんな僕を見つけると、からかいの言葉を投げる母がこの日に限っては片手をあげて答えただけで、PCに向かって両手で何かを入力し続けていた。その時は、小説か担当コラムなどの締め切りが近いのだろうなんて僕は気楽に考えていた。

 しかし、今も思えばこの時はすでに母は、板額、あるいはメイドの篠原さんから事の次第を聞いて知ったいたんじゃないかと思う。


 はやる心を抑えて板額の部屋のインターフォンを押すと、いつもの様に篠原さんが声が答えた。

 そして僕は、オートロックが解除される音を聞いてから、いつもの様に僕はマンション一室とは思えない豪華な造りの和風な玄関の引き戸を開けて中に入って行った。
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小説の匣
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