ハンガク!

化野 雫

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第百三十五話

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「……って、緑川、ひょっとして今の白瀬の姿が見えてるのか?」

 僕は咄嗟に話をそらした。我ながら上手いぞ、僕……って自分で自分を褒めてあげたい反応だった。そして、それは実際、一瞬ではあったが緑川の怒りを逸らすことに成功したのだ。

「板額が一時的に力を貸してくれたのよ。
 おかげで姿だけじゃなく声も聞こえるみたい」

 少しぶぜんとした表情ながら緑川がそう答えた。

「巴一人を仲間外れにするわけにはいかないからね。
 一時的に僕の力を分け与えたって感じだよ。
 あくまで一時的な処置だから、
 巴には後日、僕が傍に居なくても大丈夫なようにアイテム渡すつもりだよ」

 すかさず板額が僕に説明してくれた。

 良いぞ、このまま、この話題に持ち込めば修羅場は回避できるって僕はこの時、心の中でちょっと安心した。

 その一方、板額は自身はまあ仕方ない。しかし、緑川まで白瀬の姿が見えるだけじゃなく話までできる様にしてしまった事に関しては、ちょっとお節介過ぎるんじゃないかと密かに思った。


 板額の言葉通り後日、緑川は板額から特別なチョーカーをもらう事になる。緑川はこれを首に付ける事で板額が居なくとも白瀬を見る事はもちろん話すことも出来るようになった。

 そのチョーカーには板額の髪が仕込まれていて、そのおかげで緑川は板額の力をちょっとだけ利用させてもらってるらしい。ちなみにそのチョーカーは身に着けると他人からは見えなくなるらしい。なので校則でそういうアクセサリーを禁じられてる我が葵高でも安心して常に身に着けていられるそうだ。

 まあ、何故か僕だけにはそのチョーカー、いつでも丸見えなんだけどね。

 ちなみにこのチョーカー、そのデザインがどう見ても犬の首輪に見える。僕は密かにこれって板額の洒落って言うより、恋敵の緑川に対する嫌がらせじゃないかと思っている。

 当の緑川はチョーカーのデザインについて事について触れる事は無かった。緑川がその事にまったく気づいていないのか、はたまた気づいててもあえて気づかないふりしてるのかまでは僕には分からない。ただ勘の鋭い緑川の事、気づいてないとはちょっと考えづらいとは思っている。

 そして僕は、首輪を着けた緑川って、何だか妙に変な色気があって個人的には良いなって思ってたりする。ただ、何故かこの気持ちに気づいた白瀬は、僕を冷たい目で見ながら『相手がいくら平泉君でもそれはちょっと引く……』って呟いた。

 ただ、緑川はこのチョーカー……つうか、やっぱこれは首輪だ……のおかげで白瀬を普通の女の子同様に見たり話したり出来る代わり、ちょっと面倒な副作用も被る事になる。まあ、その話はまた後で。


「もう、京子、いつまで与一とくっついてるのよ!
 いい加減離れなさい」

 ところが緑川は憮然とした表情を崩すことなく白瀬に向かって声を上げたのだ。

 そうだ。確かに緑川の言う様に僕は白瀬をまるで愛しい恋人相手の様に胸にしっかり抱いたままだったのをすっかり忘れていた。まあ、結果的にこの後なし崩し的に、板額や緑川みたいに生者じゃないけど、白瀬も僕の恋人になったんだけどね。

「嫌よ!やっと平泉君にちゃんと見てもらえたんだもん。
 このくらい良いじゃない。
 巴は平泉君と、もっと凄い事してたじゃない。
 しかも何度も。
 全部、私、見てたんだから!」

 うわっ、白瀬の奴、凄い事、今言ったぞ。これはマズイ事になるかも、とその瞬間、僕は思った。

「ちょ、ちょっと、京子……全部見てたって……」

 僕の胸に抱かれる白瀬を見てご立腹だった緑川も、さすがにこの白瀬の言葉には慌てたみたいだ。日頃、冷静な緑川がこうドギマギする様を見るのは個人的にはちょっと嬉しい。

「ほぉ、凄い事ねぇ。
 どんな凄い事してたんだか。
 与一には、後でじっくり話を聞かねばならないな、これは」

 僕がドギマギする緑川を見て喜んでると、すかさず板額がこれまた恐ろしい事を口にした。慌てて板額の方を見ると、板額の顔もかなりマジになっていた。

 白瀬がこんな一面を持ってたなんて、僕はその時まで思ってもみなかった。こんなに自己主張する白瀬を見るのは本当に初めてだったのだ。

 生きていた時の白瀬京子のイメージは、いつも静かにしてる良くも悪くも目立たない女の子って感じだった。今みたいに緑川に食って掛かる白瀬なんて、今の今まで僕には想像だに出来なかった。
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