ハンガク!

化野 雫

文字の大きさ
上 下
132 / 161

第百三十二話

しおりを挟む
「白瀬……なのか……」

 僕は驚いて思わず問い返した。

 だって、その声は忘れもしない、生きていた時と同じあの白瀬の声そのものだったのだ。

 少し小声でハスキーな声。でもあの時の僕にはその声がとても魅力的だった。

 その瞬間だった。

 白瀬の姿が徐々に変わり始めた。

 まるで頭の上から清らかな水が流れ落ち、その血みどろの姿を洗い流してゆくような、そんな感じだった。頭の先から少しずつ、白瀬の姿は、見るからに怨霊と言うおぞましい姿から、僕が知る、そう僕が愛したあの生きていた時と同じ白瀬京子の姿へと変化している。

 やがて、白瀬の姿は、生きていた時と全く同じ、中学の時の制服を着た白瀬京子そのままの姿になった。

 でも実は、その時の僕は咄嗟に気が付かなかったけれど、正確には生きていた時の白瀬の姿そのままではなかった。着ている制服こそ僕らが通っていた中学校の時の物だったけれど、白瀬の顔つきやその体形は少しだけ大人びた物になっていたのだ。そう、板額や緑川同様に高校二年生の女の子に成長した姿になっていたのだ。

「平泉君……ちゃんと私が見えてる?」

「白瀬、白瀬なんだね。
 僕が好きだった白瀬なんだね!」

 僕の胸に、あの時の秘めた白瀬への想いが一気にあふれ出した。傍に板額と緑川が居る事さえ、その時の僕には見えなくなるほどの激しい想いが蘇って来た。

 僕は目の前に居る……と言っても、地面から1mほどの高さを浮かんでいるような感じだったが……白瀬をほとんど反射的に抱きしめていた。

 ……が、それは叶わぬ事だった。白瀬を抱きしめようとした僕の両手はむしく空を切った。

 仕方ない。だって、怨霊ではなくなったけれど、今の白瀬はすでにこの世にはいない霊なのだから。姿を見る事は出来ても触れることは決してできないのだ。

「ごめんね、平泉君。
 今の私はあなたに触れてもらう事の出来ない存在だから。
 でも嬉しい……やっと平泉君に私の本当の姿を見てもらえた。
 そして、私の本当の言葉がこうして伝えられてる」

 その言葉で僕は改めて以前の『怨霊』としての白瀬の事を思い出した。

 今までの白瀬は僕に対して常に恨み言と呪いの言葉を吐いていたはずだ。

「でも何で……」

 僕が思わずそう声を漏らしていた。

「それは僕が説明しよう。
 この手の事は、今の僕にはもっとも詳しい部類の事だからね」

 僕の漏らした言葉に板額がすかさず反応した。

 僕が思わず板額の方を見ると、板額がものすごくやわらかで優しい微笑みを浮かべて僕を見ていた。

「霊と言うものはすごく虚ろな物なんだ。
 でも時として強い意志を持つことがある。
 京子はその典型的な例なんだ。
 虚ろな存在と強固な意志。
 それに生者は必要以上に強く反応してしまう。
 死者が想いを伝えようとすればするほど、
 その想いは本人の気持ちとは裏腹に、
 生者には体験した事もない強烈な感覚として伝わってしまう。
 それは生者にとってはもはや呪いや怨念と何ら変わらないモノになる。
 これが俗に言われる霊に対する『恐れ』って奴だね。
 もし、生者がその霊に対して何らかの負の感情を持っていると、
 霊の意思とは関係なく、その声、姿、だけじゃなく言葉さえも、
 生者の負の感情によって簡単に歪められ支配されてしまうんだ。
 与一の場合は、京子が想いを伝えようとすればするほど、
 その強い意志を与一が自身の後悔と懺悔の念で歪めて捉えてしまった。
 その結果が与一が今まで見続けていた『白瀬京子の怨霊』の正体さ」

「じゃあ、白瀬の本当の想いって……?」

 板額の説明を聞いて僕は思わず聞き返していた。

「ホント、鈍いな、君は……」

 板額が僕の言葉にくすりと笑った。

「今日の姿や言葉が見えたり聞くことのできない私だって分かるわよ。
 与一、それは『愛』よ」

 今度は緑川が板額に変わってそう答えた。その緑川もまた苦笑していた。

「あの事件以来、すっかり変わってしまった、あなたを見て、
 京子はたまらなかったんじゃないかな。
 自分の所為で大好きな与一が自身を傷つけ変わって行くのがね。
 だから京子は必死で自分が自殺した原因はあなたじゃない、
 って訴えかけてたんじゃない?」

 緑川はそう言って最後にまたくすりと笑った。

 すると目の前に浮かんでいる白瀬の霊が恥ずかしそうにぽっとその頬を赤く染めたのが僕には分かった。
しおりを挟む


小説の匣
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...