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第百三十一話
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そして板額は、こう続けて緑川に尋ねた。
「で、どうする、巴。
君が『白瀬京子の真実』を与一に伝えるかい?
それとも僕から与一に伝える方が良いかな?」
「いえ、これは私がやらなきゃいけない事だから……」
板額の問いかけに、緑川はその口元に微笑みを浮かべて答えた。その微笑みの中に僕は、何か強い決意の様な物を感じていた。
そして緑川は僕の方を向き直って口を開いた。
「与一、聞いて……京子は……京子はね……」
その緑川の表情は少し悲しげに見えた。
そして一瞬のためらいの後、緑川は僕を見つめながらこう言った。
「義理の父親に繰り返し乱暴されてたの」
その瞬間、僕の喉がぐっとなった。そして、頭の中で緑川の言葉がぐるぐると何度も回り始めた。
いや、白瀬京子が、義理の父親から虐待を受けていたのは知っていた。でも僕はごく普通にそれは暴力に拠る虐待だと思い込んでいた。いや、本当はそういう事もありうると思っていたのかもしれない。僕は相手が白瀬だからあえてその可能性を考えない様にしていたのかもしれない。
しかし、今、緑川が口にした『乱暴』と言う言葉は僕の思ってた『虐待』とは明らかに違うと、さすがの僕でも理解できた。
白瀬京子は、義理の父親から『性的な虐待』を繰り返し受けていた。
今、緑川は僕にそう告げたのだ。
「でも京子は、与一、あなたを好きになったの。
あなたにとって京子が初恋の相手だった様に、
京子にとってもあなたは初恋の相手だったの。
でも、京子は抵抗むなしく獣の様な義父にその身を汚された。
一度ならず、何度も何度も。
京子は、あなたに愛される資格のなくなった自身に絶望したの。
あなたを好きになればなるほどその絶望は深くなっていった。
そして京子の心はついに折れてしまった。
京子はあなたとの合作であるあの作品が陽の目を見たのに満足して、
二度と帰れぬ遠い所へ旅立って行ったの」
その言葉は本来なら僕が今まで抱いて来た白瀬京子に対する罪悪感から一気に救い出すものだったはずだ。でも、その時の僕はそんな解放感なんてみじんも感じる事は無かった。むしろ、より深い絶望感を僕に与えた。
きっと緑川は、その事を白瀬本人からから聞いた時の事を思い出したのだろう。流れ落ちた一粒の涙をそっとぬぐってから続けた。
「私は京子からは口止めされてたのよ。
このことだけは絶対に与一には知られたくないって。
綺麗なまま、与一の想い出に残りたいって。
ごめんね、与一。
あなたが京子の事で自分を苦しめていたのを分かっていながら、
私はどうしてもこのことをあなたに言う事が出来なかった」
緑川はそう言い終えると深々と僕に頭を下げた。
「与一、どうか巴をだけを責めないで欲しい。
これは僕からのお願いでもあるんだ。
僕だってその事を知りながら今の今まで君に告げなかった。
僕も同罪だからね」
そんな緑川を庇う様に板額が僕にそう言った。
「でも、君も不思議に思わなかったのかい?
もし君が思っている様な事が原因で京子が自殺したのなら、
君へのバッシングはあんな程度じゃ収まらなかった。
いや、社会全体から君だけじゃなく君の家族も含めて、
社会的に抹殺されるほどのバッシングを受ける筈なんだよ。
でもそんな事は起きなかった。
世間はみんな知ってたんだよ、京子の自殺の原因を。
だから世間の大人たちはむしろ君を気遣ったんだ。
鬼畜にも劣る義父に自殺に追い込まれた京子の初恋相手である君をね。
それは世間の大人たちは守り切れなかった京子へのせめてもの償いだった。
そして事が事だけに大人たちの間では、
あの事件の事を語るのはその後タブーとされた。
それが与一、君に真実が伝わらなかったもう一つの原因。
逆にそれを知らされない子供たちの間に広がったのが、
与一、君が思い込んでいた京子の自殺の原因なんだ。
言ってしまえば、そちらは根も葉もない『都市伝説』なんだよ」
そう板額が僕に説明し終わった時だった。
僕の目の前に、あの『白瀬京子の怨霊』が再び姿を現した。
ところどころ破れた中学の時の制服を纏った血まみれの姿。
ぼさぼさの髪。
釣り上がった真っ赤な目。
薄ら笑いを浮かべる耳まで割けた口。
いつもの、そう僕が知ってる『白瀬京子の怨霊』そのまま姿だ。
しかし……
「平泉君……聞こえる?
私の声、ちゃんと正しくあなたに届いてる?」
と声がした。
そう、その声はいつもの様におどろおどろしい声ではなかった。そして、あの氷の様に冷たい吐息さえも感じなかった。
「で、どうする、巴。
君が『白瀬京子の真実』を与一に伝えるかい?
それとも僕から与一に伝える方が良いかな?」
「いえ、これは私がやらなきゃいけない事だから……」
板額の問いかけに、緑川はその口元に微笑みを浮かべて答えた。その微笑みの中に僕は、何か強い決意の様な物を感じていた。
そして緑川は僕の方を向き直って口を開いた。
「与一、聞いて……京子は……京子はね……」
その緑川の表情は少し悲しげに見えた。
そして一瞬のためらいの後、緑川は僕を見つめながらこう言った。
「義理の父親に繰り返し乱暴されてたの」
その瞬間、僕の喉がぐっとなった。そして、頭の中で緑川の言葉がぐるぐると何度も回り始めた。
いや、白瀬京子が、義理の父親から虐待を受けていたのは知っていた。でも僕はごく普通にそれは暴力に拠る虐待だと思い込んでいた。いや、本当はそういう事もありうると思っていたのかもしれない。僕は相手が白瀬だからあえてその可能性を考えない様にしていたのかもしれない。
しかし、今、緑川が口にした『乱暴』と言う言葉は僕の思ってた『虐待』とは明らかに違うと、さすがの僕でも理解できた。
白瀬京子は、義理の父親から『性的な虐待』を繰り返し受けていた。
今、緑川は僕にそう告げたのだ。
「でも京子は、与一、あなたを好きになったの。
あなたにとって京子が初恋の相手だった様に、
京子にとってもあなたは初恋の相手だったの。
でも、京子は抵抗むなしく獣の様な義父にその身を汚された。
一度ならず、何度も何度も。
京子は、あなたに愛される資格のなくなった自身に絶望したの。
あなたを好きになればなるほどその絶望は深くなっていった。
そして京子の心はついに折れてしまった。
京子はあなたとの合作であるあの作品が陽の目を見たのに満足して、
二度と帰れぬ遠い所へ旅立って行ったの」
その言葉は本来なら僕が今まで抱いて来た白瀬京子に対する罪悪感から一気に救い出すものだったはずだ。でも、その時の僕はそんな解放感なんてみじんも感じる事は無かった。むしろ、より深い絶望感を僕に与えた。
きっと緑川は、その事を白瀬本人からから聞いた時の事を思い出したのだろう。流れ落ちた一粒の涙をそっとぬぐってから続けた。
「私は京子からは口止めされてたのよ。
このことだけは絶対に与一には知られたくないって。
綺麗なまま、与一の想い出に残りたいって。
ごめんね、与一。
あなたが京子の事で自分を苦しめていたのを分かっていながら、
私はどうしてもこのことをあなたに言う事が出来なかった」
緑川はそう言い終えると深々と僕に頭を下げた。
「与一、どうか巴をだけを責めないで欲しい。
これは僕からのお願いでもあるんだ。
僕だってその事を知りながら今の今まで君に告げなかった。
僕も同罪だからね」
そんな緑川を庇う様に板額が僕にそう言った。
「でも、君も不思議に思わなかったのかい?
もし君が思っている様な事が原因で京子が自殺したのなら、
君へのバッシングはあんな程度じゃ収まらなかった。
いや、社会全体から君だけじゃなく君の家族も含めて、
社会的に抹殺されるほどのバッシングを受ける筈なんだよ。
でもそんな事は起きなかった。
世間はみんな知ってたんだよ、京子の自殺の原因を。
だから世間の大人たちはむしろ君を気遣ったんだ。
鬼畜にも劣る義父に自殺に追い込まれた京子の初恋相手である君をね。
それは世間の大人たちは守り切れなかった京子へのせめてもの償いだった。
そして事が事だけに大人たちの間では、
あの事件の事を語るのはその後タブーとされた。
それが与一、君に真実が伝わらなかったもう一つの原因。
逆にそれを知らされない子供たちの間に広がったのが、
与一、君が思い込んでいた京子の自殺の原因なんだ。
言ってしまえば、そちらは根も葉もない『都市伝説』なんだよ」
そう板額が僕に説明し終わった時だった。
僕の目の前に、あの『白瀬京子の怨霊』が再び姿を現した。
ところどころ破れた中学の時の制服を纏った血まみれの姿。
ぼさぼさの髪。
釣り上がった真っ赤な目。
薄ら笑いを浮かべる耳まで割けた口。
いつもの、そう僕が知ってる『白瀬京子の怨霊』そのまま姿だ。
しかし……
「平泉君……聞こえる?
私の声、ちゃんと正しくあなたに届いてる?」
と声がした。
そう、その声はいつもの様におどろおどろしい声ではなかった。そして、あの氷の様に冷たい吐息さえも感じなかった。
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