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第百二十二話
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そして、その日はそのまま忍は教室に帰って来なかった。
転校初日にあれでは、そのまま授業を受けさせるのも酷だと先生方も判断したのだろう。後で知ったことだが、担任から連絡を受けた忍のお母さんがすぐに迎えに来てそのまま一緒に帰ったそうだ。
僕らはというと、その日の帰りのホームルームで担任から、この件は他のクラスや学年の生徒に言いふらしたりするなと強く釘を刺された。もちろん、このクラスでも今日の事はもう二度と話題にするなとも言った。
でも、僕はその時、すでに気が付いていた。本人たちは特に悪意がなくとも、この年頃の子供はついついやってしまう事。しかし、それは周りの大人から見れば確実に『いじめ』とみなされる行為だ。えてしてやってる本人たちは、その自覚がなく、むしろ遊びの延長としてやっているから問題なのだ。される側とする側の意識に大きな差があるのが、この年代のいじめなのだ。だから、いつもまでたってもいじめは無くならないのである。
結局、忍は翌日一日学校を休んで、その次の日に再び学校へやって来た。
ホームルームが始まる20分ほど前、もう僕らのクラスはほとんどの生徒が登校してきていた。その教室に忍が入って来た。
忍はランドセルの肩ベルトを強く握りしめ、俯きながら、そしてまるで自身の気配を消し去るかの様にそっと教室に入って来た。
その時、ほんの一瞬、ちらりと見えた忍の表情を僕は今でもよく覚えている。その時点で忍はすでに目にいっぱいの涙をためていた。文字通り今にも泣きそうな表情をしいていたのだ。きっと、忍にはこれから起こることがもう想像がついていたのだろう。
そう、これが女性なら俗にいうセカンドレイプと言う奴だ。昨日、彼にしてみればこの世の終わりかと思うほど辛く悲しい想いをした上に、今日またそれと同じ、いやそれ以上の苦しみを再び味あわねばならぬ事を、忍はきっと覚悟していたのだろう。
そうなのだ。
クラスの誰もが短時間で忍をその言動から『女々しい奴』と決めつけてしまっていた。しかし、たった一日休んだだけで忍は学校に出てきた。その勇気はけっし『女々しい奴』が出来る事じゃない。今思い返せばこの時の僕は、すでに忍の中に何か違う、眠っている『もう一人の彼』を無意識の内に感じていたのかもしれない。それがきっと今の板額の元になったなのだろう。
案の定、教室に入って来た忍を見つけた男子の一人が声を上げた。
「あっ! タレちゃんだ!」
こいつは決して良く言われる様な典型的ないじめっ子でも、裏に回って陰湿にいじめる様な陰番の様な卑怯な奴でもない。むしろ、僕が転校する前からクラスの人気者でムードメーカーな気さくで良い奴なのだ。これが、そいつの、そう、そいつにとっては何気ない一言ではあったが、この学校でこの後ずっと使われることになる忍のあだ名が決まった瞬間だった。
そいつの一言を皮切りに、忍の周りにクラスに居たみんながわらわらと集まって来た。そして忍は教室に入って数歩の所で、クラスの者たちにとり囲まれ身動きできなくなってしまった。もっとも、教室に入った時点で忍には逃げ場所などどこにもなかったのだ。
「ねえ、ねえ、タレちゃん、今日はもうおしっこ大丈夫?」
「タレちゃん、トイレの場所は分かる?」
「タレちゃん、着替えの体操服はちゃんと持ってきたかな?」
クラスの子供たちは笑いながら矢継ぎ早にそう言葉を投げかけた。言っている本人にとっては特に意味の無い言葉。いやむしろやさしさとも思われる言葉だ。でも忍本人にしてみれば、それはまだ癒える筈もない心の傷口に塩を塗り付けられる様な残酷な言葉だった。
忍は俯き、ランドセルの肩ベルトを固く握りしめたまま、じっと黙っていた。固く閉じられた瞼の間から今しも涙が零れ落ちそうになっているのに、僕は気が付いていた。
「おいおい、そういうの、やめようよ。
先生があの事にはもう触れるなと言っただろ」
僕は、忍を好奇心に駆られ、いまだに色々な言葉を投げかけ取り囲む子供たちの輪を断ち切ってその中に入りながら、そう声を上げた。決して、声高でなく、非難する風でもなく、極力落ち着いた感じで、でも一言一言言葉をはっきりとさせる様に気を付けてだ。ここで一歩間違えば、僕の言葉と行為が、生徒たちの反発を買い、ひいては忍への本格的ないじめが始まる引き金を引きかねないのだ。
転校初日にあれでは、そのまま授業を受けさせるのも酷だと先生方も判断したのだろう。後で知ったことだが、担任から連絡を受けた忍のお母さんがすぐに迎えに来てそのまま一緒に帰ったそうだ。
僕らはというと、その日の帰りのホームルームで担任から、この件は他のクラスや学年の生徒に言いふらしたりするなと強く釘を刺された。もちろん、このクラスでも今日の事はもう二度と話題にするなとも言った。
でも、僕はその時、すでに気が付いていた。本人たちは特に悪意がなくとも、この年頃の子供はついついやってしまう事。しかし、それは周りの大人から見れば確実に『いじめ』とみなされる行為だ。えてしてやってる本人たちは、その自覚がなく、むしろ遊びの延長としてやっているから問題なのだ。される側とする側の意識に大きな差があるのが、この年代のいじめなのだ。だから、いつもまでたってもいじめは無くならないのである。
結局、忍は翌日一日学校を休んで、その次の日に再び学校へやって来た。
ホームルームが始まる20分ほど前、もう僕らのクラスはほとんどの生徒が登校してきていた。その教室に忍が入って来た。
忍はランドセルの肩ベルトを強く握りしめ、俯きながら、そしてまるで自身の気配を消し去るかの様にそっと教室に入って来た。
その時、ほんの一瞬、ちらりと見えた忍の表情を僕は今でもよく覚えている。その時点で忍はすでに目にいっぱいの涙をためていた。文字通り今にも泣きそうな表情をしいていたのだ。きっと、忍にはこれから起こることがもう想像がついていたのだろう。
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そうなのだ。
クラスの誰もが短時間で忍をその言動から『女々しい奴』と決めつけてしまっていた。しかし、たった一日休んだだけで忍は学校に出てきた。その勇気はけっし『女々しい奴』が出来る事じゃない。今思い返せばこの時の僕は、すでに忍の中に何か違う、眠っている『もう一人の彼』を無意識の内に感じていたのかもしれない。それがきっと今の板額の元になったなのだろう。
案の定、教室に入って来た忍を見つけた男子の一人が声を上げた。
「あっ! タレちゃんだ!」
こいつは決して良く言われる様な典型的ないじめっ子でも、裏に回って陰湿にいじめる様な陰番の様な卑怯な奴でもない。むしろ、僕が転校する前からクラスの人気者でムードメーカーな気さくで良い奴なのだ。これが、そいつの、そう、そいつにとっては何気ない一言ではあったが、この学校でこの後ずっと使われることになる忍のあだ名が決まった瞬間だった。
そいつの一言を皮切りに、忍の周りにクラスに居たみんながわらわらと集まって来た。そして忍は教室に入って数歩の所で、クラスの者たちにとり囲まれ身動きできなくなってしまった。もっとも、教室に入った時点で忍には逃げ場所などどこにもなかったのだ。
「ねえ、ねえ、タレちゃん、今日はもうおしっこ大丈夫?」
「タレちゃん、トイレの場所は分かる?」
「タレちゃん、着替えの体操服はちゃんと持ってきたかな?」
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忍は俯き、ランドセルの肩ベルトを固く握りしめたまま、じっと黙っていた。固く閉じられた瞼の間から今しも涙が零れ落ちそうになっているのに、僕は気が付いていた。
「おいおい、そういうの、やめようよ。
先生があの事にはもう触れるなと言っただろ」
僕は、忍を好奇心に駆られ、いまだに色々な言葉を投げかけ取り囲む子供たちの輪を断ち切ってその中に入りながら、そう声を上げた。決して、声高でなく、非難する風でもなく、極力落ち着いた感じで、でも一言一言言葉をはっきりとさせる様に気を付けてだ。ここで一歩間違えば、僕の言葉と行為が、生徒たちの反発を買い、ひいては忍への本格的ないじめが始まる引き金を引きかねないのだ。
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