ハンガク!

化野 雫

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第百十八話

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「うん、それは半分合ってて、半分違ってる。
 僕は元々『両性具有』なんだ。
 君と居たあの時は『男』の性を自身も両親も選択し、
 もう少ししたら手術を受けてちゃんとした『男の子』になる予定だったんだ」

 板額は僕にそう言って、ゆっくりと顔を離した。

 板額の答えに僕は驚いた。

 でも不思議と『驚愕した』と言う感じはなかった。後で思えば『ああやっぱりそうか』っていうような感じだった。ちなみに、ちらりと見た緑川も同じ様な表情をしていた。そして後で聞いたら、僕と同じことを言っていた。

 思えば、前に緑川が板額とキスしたことがあったっけ。あの時は、やっぱりこの年頃の女の子は誰でも百合の気が多少はあるもんだ、なんて思ってた。でも実際には、緑川と板額は女の子と綺麗な男の子でもあったんだ。だから緑川は、本能的に、そして無意識に板額が隠し持っていた『男』に女の子として反応してしまったじゃないだろうか。それ以降も、緑川は板額に女の子同士の友情と共に、半分、意識せずに板額と男女の恋愛感情に近いものをずっと持ち続けていた様な気がする。

 逆に、こうなるとヤバいのは僕の方だ。僕も、板額に関しては男女の恋愛感情を持つ一方、なんだかすごくもやもやする、でもとても心地良いものを感じていた。女の子が持つ色気以上の色気。それは男の子だからこそ出す事のできる、男の子の心の微妙な部分をくすぐる色気だ。そしてそれは『男の娘』に惹かれる男心って奴そのものだ。僕の男としての本能は板額の中に男を見つけていたのかもしれない。それでも板額にどんどん魅了されていった僕は、ある意味、それはとっても危ない性癖を持っていたのかも、なんて少し思った。

「じゃ、やっぱり君はあの『タレちゃん』なんだ」

 そして僕は、板額が僕の知る可愛い弟だった『タレちゃん』である事を意外にすんなり受け入れた。だって、言われてみれば、板額の顔にはあの『タレちゃん』の面影がかなり色濃く残っていたんだ。元々『タレちゃん』はすごく中性的な男の子だった。そういえば、あの時からすごく綺麗な顔つきの男の子だったっけ。最初にあんな事になっちゃったのも、その綺麗な顔が他の男子だけじゃなく女子の嫉妬まで掻き立ててしまったからかもしれない。

「でも、色々驚いたよ。
 性別が変わっちゃったのは言うまでもないけど、
 もっと驚いたのは、その性格だよ。
 とてもあの時の『タレちゃん』とは似ても似つかない。
 今思えばそれが一番の原因で『タレちゃん』と君が結びつかなかったんだ」

 僕がそう言って微笑むと板額が突然、僕の胸に飛び込んできて僕にしがみついた。

「やっと……やっと……本当に与一にまた会えた!」

 そう言って板額は僕の胸で泣きじゃくり始めた。

 それを見て、また緑川の表情がいっそう厳しくなったのは言うまでもない。

 それでも僕はそんな板額が、そう今、板額が元男の子で、しかも弟と思って可愛がっていた『タレちゃん』と分かっても、僕はたまらなく愛しく感じた。

「もしかして君の性別が変わったのは、
 前に話してくれた事故とその後のお祖母さんとの絡みかい?」

 僕は板額の頭を優しくなでながらそう囁く様に尋ねた。

「そうだよ、与一。
 でも、性格が変わったのは君が居たからだよ。
 僕はあの時、大好きで憧れていた君みたいになりたかったんだ。
 それで、いっぱい、いっぱい、努力したんだ。
 君に再び会えた時に、いっぱい、いっぱい褒めてもらう為にね。
 なのに与一ったら僕の事、忘れてた……」

 板額は僕にしがみついたまま、僕を見上げてそう甘えた声で言った。そして最後の部分は少し頬を膨らませて、あからさまな不満を僕に示していた。

 同時に、僕は視界の隅に捉えていた緑川が完全に鬼の形相と化しているのに気が付いた。


 しかし、あの時、確かに『タレちゃん』は男の子だった。しかもあの時、僕が通っていた学校は普通の公立小学校だった。その学校側の様子からしても公的書類も『男の子』になっていたはず。

 正式に調べたわけじゃないし、今のご時世、僕みたいな素人が公的な書類を調べることは難しいだろう。それでも今の葵高の様子からすると、今の板額は公式の書類上でも『女の子』になっている気がする。だいぶ色々な面で融通が付く世の中にはなってるけど、そうでなければ色々不便すぎるだろう。

 となると、やっぱり、板額は身体的には今は完全に『女の子』になっていて、さらには公式な性別も『女の子』に変更されていると考えるのが自然だ。これも烏丸家の影響力の強さ故出来た事だろうか、なんて僕は少し感心していた。
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小説の匣
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