ハンガク!

化野 雫

文字の大きさ
上 下
117 / 161

第百十七話

しおりを挟む
「半分は本当で半分は冗談だよ。
 与一も巴も安心したまえ。
 完全体の鬼牙に近い僕にはある程度の鼻が利くんだ。
 例え覚醒前であっても『憑き者』なら近づけばある程度の判別は付く。
 少なくとも君たちは『憑き者』じゃないと僕は思ってる」

 そう言って板額はくすりと可愛らしく笑った。今度の笑いは時折板額がする、いつもの少女らしい可愛い笑みで僕も安心できた。

 でもその一方で、僕は今の板額の言葉になんだか違和感を感じた。

「えっ……板額、あなたも『完全な鬼牙』じゃないの?」

 またたしても、緑川がそんな僕の違和感に一歩先に気が付き、ずばりと板額に聞き返した。まったく緑川の奴はやっぱり頭の回転が早い。しかも、何度も言うが、僕が貸した上着の下は下着姿。さっきまで一歩間違えば不良どもに輪姦さるかもしれないと言う、女の子にしたら殺されるのに等しい危険な状態だった子とは思えない立ち直りの早さだ。

「うん、そうだよ、僕は『完全な鬼牙』じゃない。
 非常に稀な『イレギュラーな鬼牙』なんだよ」

「あんな凄い事をしておきながら『完全な鬼牙』じゃないって、
 じゃあ『完全な鬼牙』ってどんだけ凄いのよ」

 板額の言葉に、緑川はそう言って笑った。

「と言ってもあの状態の僕は、『完全な鬼牙』とほとんど同じなんだけどね。
 なんせ、根本の部分で決定的に完全たり得ない因子が僕にはあるんだ」

「完全たり得ない因子?」

 板額が続けた言葉に、今度は僕が反応した。

「そうなんだ。
 その部分を話すことは同時に僕の正体を与一に話すことにもなるだよ」

 そう言ってから板額は僕の目の前までやってきて、前髪を片手で押し上げてから、それこそ鼻と鼻がくっつきそうになるほど僕に顔を近づけて尋ね来た。

「ねえ、与一、本当に僕の事、分からない?」

「分からないって、板額の何が?」

「僕の事、本当に覚えてない?」

 板額は僕の問いかけに、またそう言葉を変えて聞き返して来た。

 でも僕は、あの転校してきた日からしか板額の事を知らない。板額は僕ともっと前から知り合いだったと言いたいのだろうが、本当に僕にはそんな記憶がないのだ。僕に出来るのは、ただただ困った様な表情を浮かべて板額の整った綺麗な顔を見つめ返すことだけだった。

 ちなみにその時、視界の隅に緑川がなんかすごく怖い顔でこっちを見てるのが、僕には分かったけどあえて見なかった事にした。

「僕だよ、『タレちゃん』だよ。覚えていないの、与一?」

 そんな僕に少し悲しそうな、あるいは少し失望した様な、表情を浮かべて、またそう聞き返した。


 『タレちゃん』! その名なら僕には明確な記憶がある。

 いや、忘れるものか。

 歳は同じだったけど、一人っ子だった僕に初めて出来た弟の様な可愛い存在。今から思えば、父の仕事の都合で転校が多く、その中のほんの短い間、たぶん半年程度だった。だけど、すごくすごく一緒に居て楽しかった友達のあだ名。

 確かに言われてみれば、その顔つき、どことなくあの『タレちゃん』の面影がある。

 だが、待て。待て待て。そんなはずはない。

 だって「タレちゃん』は気が弱くて、僕の後ろにいつもくっついている様なちょっと女の子みたいも感じる子だったけど、『男の子』だった。ラノベに良くあるそれは僕の勘違いで、実は『女の子』でしたって事はない。学校では公式に『男子』とされて、先生方も『タレちゃん』を明確に『男の子』として扱っていた。それは絶対に間違いない。


「何言いだすんだ、板額。
 『タレちゃん』は男の子だぞ!」

 いまだに顔を近づけたままの板額に僕はそう声を上げていた。

 ちなみに、相変わらず緑川がまだ凄い顔でこっちを睨みつけている気がするぞ。

「あの時は……うん、そう、あの時は『男の子』だったんだ、僕」

 そんな僕に少し困ったような表情を浮かべて板額はそう答えた。

 な、なんですと!

 『あの時は男の子だった』ですと。それじゃ、板額、君は、ラノベではお約束となりつつある『男の娘』って奴ですか?

 いやいや、確かに板額の全裸姿を見たわけじゃないけど、僕はこの手で確かめたはずだ。板額には『男の子』である証拠の物はなかったはずだ。しかも小ぶりながら胸の膨らみだったあった。あの体つきは間違いなく『女の子』そのものだった。

「ひょっとして、板額、君は性転換手術を受けたのか?」

 僕はそう板額に聞いた。
しおりを挟む


小説の匣
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...