ハンガク!

化野 雫

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第百十二話

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「あのメイドさんも行っちゃった事だし、
 さっきの続きを話してもらおうかしら、板額」

 さっきまでの勇猛な様子とはうって変わってなんだがとぎまぎしてる板額に、その緑川が尋ねた。いやそれは尋ねたと言うより、問い正したって表現する方が正しい様な気がした。

「あっ……そうだったね。
 良い機会だから君たち二人にはここで色々話しておきたい事があるんだ」

 緑川の言葉に板額は一転、今までの彼女らしいきりりとした表情に戻ってそう言った。

「特に与一にはね」

 そして、その後に少し表情を和らげて僕を見てそう付け加えた。

 僕に話しておきたいこと? 僕自身は、板額の事に聞きたい事が山ほどある。しかし板額が僕に話しておきたい事ってなんだろう、と僕はその時ふと不思議に思った。


「じゃあ、まず初めに『神話』の話をしよう」

 そして板額は真面目な顔つきでこう切り出した。

「「神話?」」

 僕と緑川は思わず同じ言葉を聞き返した。

 だって当然だろう。ここで唐突に『神話の話』をって言われても面食らうのが普通だ。

「ちょっと、それ、どういう事、板額?」

「なんで今、神話なんだい?」

 緑川と僕は、今度はそれぞれ違った言葉で、でも同じことをもう一度板額に聞き返していた。

「まあ、君たちがそういうのも理解できるけど、
 今は、とりあえず黙って僕の話を聞いてほしい……」

 そう言って板額は話し始めた。

 その話はこういう物だった。



 昔々、生き物を全て作り終えた神様は、彼らを一堂に集めてこうおっしゃった。

「皆の物、よく聞くが良い。
 これから私はお前たちに贈り物をしようと思う」

 一段高い高御座たかみくらに座って神様はそう切り出した。

 すると、天使たちが、うやうやしく美しい金糸で刺繍が施された紫の絹で覆われた二つの巨大な盆を高御座の前に運び出して来た。

 高御座の前に盆が置かれたのを確認した神様は、小さく頷いた。それを確認して天使たちは、盆に掛けられていた紫の絹をさっと取り払った。

 すると一つの盆には、赤々としてふっくらと大きなリンゴの様な果物が山の様に積まれていた。それは見ているだけでもよだれが落ちてきそうなほど美味しそうに見えた。

 そしてもう片方の盆には、あちらとは対照的に、土が絡み付いた見るからに汚らしい根菜の様な物が、こちらも山の様に積まれていた。こちらは料理に使うならまだしも、このままではとても食べる気すら起きない物だった。

「ここに、二つの食べ物がある。
 これをお前たちにやろう。
 ただし、私の見ているこの場で一個全て食べきる事」

 不思議そうに、あるいは赤々として美味しそうな果物を物欲しげにみる生き物達を一度見まわした後、神様はそうおっしゃった。

 それを聞いて生き物たちは、ごくごく自然に争うことなく長い列を作って順番に神様の前に進み出た。


 最初に進み出た虎は迷うことなく、赤々とした果物を手に取るとがぶりと噛り付いた。

「美味い!」

 思わず虎はそう叫んでいた。それは見た目を裏切ることなく、いやそれ以上に甘く美味しかったのだ。

 虎はあっと言う間にその果物を食べ終えると、高御座に座る神様に神様に深々とお辞儀をしてお礼を言った。

「神様、ありがとうございます。
 とても、とても美味しかったです」

 次に像が進み出て、虎と同じ様に赤い果物を食べた。その次も、そしてその次も、皆、同じように赤い果物を口にした。

 不思議なことにその果物の山はいくら食べられても、一向に減って行くようには見えなかった。

 結局、最後の二人になるまで、全ての生き物は迷うことなく赤い果物ばかりを選んで、もう片方の土で汚れた根菜には手を出さなかった。


 そして、最後から二番目に並んでいたの小柄な猿の様な生き物の番になった。

 その小さな猿は二つの盆の前に進み出ると、その真ん中で動けなくなってしまった。

 そうなのだ。その小さな猿は、初めてどちらを口にするか迷ったのだ。

 その小さな猿は考えた。

 美味しい果物を生き物に施すだけなら、なぜ、あんな美味しそうに見えない根菜が同じように盆に盛られてここにあるのだろう、と。これにはきっと神様の何らかの深い思慮があるに違いない、そ小さい猿は考えた。

 ならば、あの美味しくなさそうな根菜には、何か違う意味があるに違いない。

 そう思い至った小さな猿は思い切って、汚らしい根菜を手に取ると目を閉じて噛り付いた。
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