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第百十一話
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「では、お嬢様、失礼します」
そう言って篠原さんは、取り出したファンデーションのケースを開くと、そこに数回ブラシを軽く擦り付ける様にした。それから、そのブラシで手慣れた手つきで板額の顔にささっと撫でた。篠原さんの手に握られたブラシが、板額の肌の上でまるでダンスを踊る様に何度か優雅に往復する。すると板額の肌にあったあの痕が、なんとすっかり綺麗に消えてしまった。
篠原さんはLEDランタンの明かりでファンデーションの乗りを丁寧に確認すると、満足げに頷いて手に持ったいたファンデーションケースと化粧ブラシをポシェットに納めた。そして、すぐさまルージュを取り出すと、その先端を指に少しだけ掬い取る様にしてから、板額の唇にそっと乗せた。
すると、そこには僕が知るいつもの板額の顔が戻っていた。なるほど、僕はずっと板額はいつもすっぴんでいると思っていた。けれど、こうしてみるとそれは違っていたのだ。
いつか緑川が『板額はお化粧をしてる』って呟いた事を、僕はふと思い出した。やっぱり、そこは同じ女の子なのだろう。僕ら男じゃ気が付かない小さな事もすぐに気がついてしまう事があるんだな、と僕は妙に感心してしまった。僕ら男にしてみれば、お化粧の過程を見た今でも、お化粧が終わった板額の顔はどう見てもすっぴんに見えてしまう。
「本当ならもう少し丁寧に仕上げたいのですが、
まだお嬢様も、こちらも色々ありますので、
今はあくまで応急的にと言うことで……」
篠原さんは板額にそう言いながら、ルージュをポシェットに仕舞、自らの手を小さな油紙で拭った。そして、今度は小さな手鏡を取り出し、それに板額の顔が映る様に差し出した。
「うん、今は夜で薄暗いからこれで十分だよ」
板額は差し出された鏡に、顔を少し左右に振って確認した後、そう言って微笑んだ。
「では、取り急ぎ、あちらのご遺体の処置に人を連れてきます……」
「ああ、頼む。ご家族の方にはくれぐれも悟られぬように」
篠原さんが手鏡を仕舞、そう言って頭を下げると、板額はちらりと望月先輩の遺体を見た。その時の板額の表情は少し悲し気な、あるいは申し訳なさそうな表情だった。
そして、篠原さんは再び、階下へと降りて行った。僕個人的には、篠原さんとお話がしたかったけど、今はとてもそんな状態ではなさそうだった。この事件を終わらせたのは確かに板額だっただろうけど、実際にこの現場で事後処理の指揮をとっていたのは篠原さんみたいだった。だから、まだまだ篠原さんはここでやることが沢山残っている様だった。
「あら板額、なんか怖い目つきしちゃって。
メイドさんを目で追う与一の事がそんなに気になるの?」
いつの間にやら緑川は板額のすぐ傍まで来ていた。そして緑川は、にやにやしながら板額の顔を覗き込むようにしてそう嫌味を言った。うん、あれは間違いなく嫌味だ、と僕は思った。
どうやら、板額は、僕の方をじっと見ていて、緑川がすぐ傍まで来ていた事には気づかなかった様だ。僕はと言えば、緑川の言ってた通り、無意識の内に篠原さんが見えなくなるまで目で追っていた。
「えっ……いや、そうじゃなくって……」
板額は、彼女としては珍しく少しおろおろとしながらそう口ごもりながら答えた。
「まあ良いわ。私も、彼女二人を前にして与一のあの態度にはむっとしたからね。
でも、与一のメイド好きは今に始まったことじゃないし……」
「メイド好きだけじゃなく、年上好きってのも……」
緑川がそう言って笑うと、板額は少し不満げな顔でそう小さく呟いた。それを聞いて緑川はくすりと笑った。
『年上好き』、確かにこれは否定できない事実でもあった。そういう意味では、篠原さんは僕にとってドストライクな方なのだ。ただ、それは『憧れ』みたいな物であって、僕にとって『好き』と言う感情の対象はやっぱり板額と緑川なのである。
しかし、このやり取り、あの板額を完全に緑川の方がやり込めてる気がする。しかも、緑川は僕が渡した上着の下はまだ下着姿のはずだ。その上、ついほんの先ほどまでは、不良どもに囚われ、いつ犯されても不思議じゃない最悪な状況下に居たのだ。
まったく、緑川とは結構長い付き合いだけど、最近でも驚かされることが多い。特に板額が現れてからは特にだ。板額の存在が良い触媒になって、緑川の個性をより引き立たせてるような気がする。まあ、そういう緑川に、僕はより一層魅力的に感じてしまうのであった。
そう言って篠原さんは、取り出したファンデーションのケースを開くと、そこに数回ブラシを軽く擦り付ける様にした。それから、そのブラシで手慣れた手つきで板額の顔にささっと撫でた。篠原さんの手に握られたブラシが、板額の肌の上でまるでダンスを踊る様に何度か優雅に往復する。すると板額の肌にあったあの痕が、なんとすっかり綺麗に消えてしまった。
篠原さんはLEDランタンの明かりでファンデーションの乗りを丁寧に確認すると、満足げに頷いて手に持ったいたファンデーションケースと化粧ブラシをポシェットに納めた。そして、すぐさまルージュを取り出すと、その先端を指に少しだけ掬い取る様にしてから、板額の唇にそっと乗せた。
すると、そこには僕が知るいつもの板額の顔が戻っていた。なるほど、僕はずっと板額はいつもすっぴんでいると思っていた。けれど、こうしてみるとそれは違っていたのだ。
いつか緑川が『板額はお化粧をしてる』って呟いた事を、僕はふと思い出した。やっぱり、そこは同じ女の子なのだろう。僕ら男じゃ気が付かない小さな事もすぐに気がついてしまう事があるんだな、と僕は妙に感心してしまった。僕ら男にしてみれば、お化粧の過程を見た今でも、お化粧が終わった板額の顔はどう見てもすっぴんに見えてしまう。
「本当ならもう少し丁寧に仕上げたいのですが、
まだお嬢様も、こちらも色々ありますので、
今はあくまで応急的にと言うことで……」
篠原さんは板額にそう言いながら、ルージュをポシェットに仕舞、自らの手を小さな油紙で拭った。そして、今度は小さな手鏡を取り出し、それに板額の顔が映る様に差し出した。
「うん、今は夜で薄暗いからこれで十分だよ」
板額は差し出された鏡に、顔を少し左右に振って確認した後、そう言って微笑んだ。
「では、取り急ぎ、あちらのご遺体の処置に人を連れてきます……」
「ああ、頼む。ご家族の方にはくれぐれも悟られぬように」
篠原さんが手鏡を仕舞、そう言って頭を下げると、板額はちらりと望月先輩の遺体を見た。その時の板額の表情は少し悲し気な、あるいは申し訳なさそうな表情だった。
そして、篠原さんは再び、階下へと降りて行った。僕個人的には、篠原さんとお話がしたかったけど、今はとてもそんな状態ではなさそうだった。この事件を終わらせたのは確かに板額だっただろうけど、実際にこの現場で事後処理の指揮をとっていたのは篠原さんみたいだった。だから、まだまだ篠原さんはここでやることが沢山残っている様だった。
「あら板額、なんか怖い目つきしちゃって。
メイドさんを目で追う与一の事がそんなに気になるの?」
いつの間にやら緑川は板額のすぐ傍まで来ていた。そして緑川は、にやにやしながら板額の顔を覗き込むようにしてそう嫌味を言った。うん、あれは間違いなく嫌味だ、と僕は思った。
どうやら、板額は、僕の方をじっと見ていて、緑川がすぐ傍まで来ていた事には気づかなかった様だ。僕はと言えば、緑川の言ってた通り、無意識の内に篠原さんが見えなくなるまで目で追っていた。
「えっ……いや、そうじゃなくって……」
板額は、彼女としては珍しく少しおろおろとしながらそう口ごもりながら答えた。
「まあ良いわ。私も、彼女二人を前にして与一のあの態度にはむっとしたからね。
でも、与一のメイド好きは今に始まったことじゃないし……」
「メイド好きだけじゃなく、年上好きってのも……」
緑川がそう言って笑うと、板額は少し不満げな顔でそう小さく呟いた。それを聞いて緑川はくすりと笑った。
『年上好き』、確かにこれは否定できない事実でもあった。そういう意味では、篠原さんは僕にとってドストライクな方なのだ。ただ、それは『憧れ』みたいな物であって、僕にとって『好き』と言う感情の対象はやっぱり板額と緑川なのである。
しかし、このやり取り、あの板額を完全に緑川の方がやり込めてる気がする。しかも、緑川は僕が渡した上着の下はまだ下着姿のはずだ。その上、ついほんの先ほどまでは、不良どもに囚われ、いつ犯されても不思議じゃない最悪な状況下に居たのだ。
まったく、緑川とは結構長い付き合いだけど、最近でも驚かされることが多い。特に板額が現れてからは特にだ。板額の存在が良い触媒になって、緑川の個性をより引き立たせてるような気がする。まあ、そういう緑川に、僕はより一層魅力的に感じてしまうのであった。
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