106 / 161
第百六話
しおりを挟む
そうなのだ。
今の板額の姿は確かにそれ自体は恐ろしい鬼の姿だ。
でも、何故か僕にはその姿が強い安心感を与えていた。だからこそ、こんな非常時にそんな呑気なことを考える心の余裕が出来たのだ。それは緑川も同じだったのかもしれない。今、痛む体で守る様に抱きしめている緑川の体は、こんな下着姿にされているのに、もうこわばっては居なかった。ちらりと見た表情も落ち着いている感じがした。
「まったく、何が公認の愛人よ。
まだあなたに本妻の座を明け渡した覚えはないわよ」
そんな板額に、緑川がぼそりと呟いて苦笑した。こんな状況下でも、軽口が叩けるなんてやっぱり女の子は精神的に強いんだなって僕はこの時改めて思った。そして麻痺していた痛みがじわじわ戻ってくる中、僕はそんな緑川を見てくすりと小さく笑った。
「与一の馬鹿……」
そんな僕に気がついたのか、あるいは僕の前であんな風に呟いた照れ隠しだったのか、緑川は消え入りそうな声でそう囁いて頬をうっすら染めた。
「誰が土下座などするものか!
僕は間違っていない!
間違っているものか!
あんな陰鬱な奴に僕が負けるわけがないんだ!」
突如、望月先輩がそう叫んだ。それは今までの望月先輩とは明らかに違っていた。
常軌を逸した。
そう明らかに何か、そう何かとても大事な物がぷつりと切れてなくなってしまったかの様な感じがした。
同時に、わさわさと望月先輩の少し長めの髪が生き物の様に波打ち始めた。そればかりかその体もぶるぶると異様な震えを起こし始めていた。
その状態は、声と様子だけでなく、その身体までもが、もう普通じゃくなりつつあるのが僕にも分かった。
「やはりツキモノだったか……」
板額がそんな望月先輩を見てそう独り言のように言った。その時の板額の顔は、相変わらず鬼の顔だった。それでも、その言葉を呟いた時、今までとは打って変わって、なんだか少し悲しそうな表情をしたように見えた。
その板額の表情と共に、板額言った言葉の意味が、その時の僕には理解できなかった。でも、今なら、そう今の僕なら、その言葉の意味も、なぜ板額があんな表情を浮かべたのか、良く分かる。
やがて、望月先輩の体がまるで風船が膨らむ様に大きくなっていった。すぐさま、着ている服が膨らむ体に耐え切れず、風船が弾ける様に破れ始めた。
それはまるでアニメを見てるかの様だった。
アニメでは何度も見たお約束でお馴染みのシーン。そういう意味では見慣れた光景なのに、それが現実となるとまったく感じが違った。どんなにシリアスな場面でも、ああいうシーンには『またかよ』って感じでクスリと笑えるものだ。しかし、今、現実に望月先輩がそうなると、とても笑いなど浮かばない。あるのはただ驚きと恐怖だけだった。
そして、その顔もみるみる変わっていった。元々、運動部の男子にしては白かった肌の色が、一気に赤黒く染まってゆく。それと同時に、目は吊り上がり、口は文字通り耳まで裂け、額の両側には長い角が生えて来た。
変化して行く望月先輩の顔は、どことなく今の板額に似ている気がした。しかし、板額の顔が鬼に近くてもまだ人の感じを強く残しているのに対して、望月先輩のそれは完全に異形の化け物だった。肌や顔の形の変化は原型を止めぬほど激しく、その角は板額の物よりはるかに長く醜悪だった。
「可哀そうだが、こいつの場合、遅かれ早かれこうなっていただろう。
そして、こうなってはもう元には戻れない」
そんな望月先輩の変化を、少し悲し気に見える表情を浮かべたまま見つめていた板額が、小さくそう呟いた。
そして、板額は羽織っていた血しぶきの付いた白いコートをばさりと脱ぎ捨てた。
「あっ、あれは……」
僕は思わず声を出してしまった。
板額の腰には太めのベルトが巻かれ、そこには細く黒い杖の様な物が吊るされていた。
それは僕らアニメ好きならすぐに分かった。あれは間違いなくあれは『刀』だ。
あの時、緑川に、いくら血で汚れているとは言え自分のマントではなく、僕の上着を、と言った板額の本当の理由が、僕は今、分かった気がした。板額は、この刀を最後まで望月先輩たちの目から隠しておきたかったのだ。その為に板額はマントを脱がずにいたのと思った。
それなら、この刀こそ、板額の『切り札』に違いないと僕は確信した。
今の板額の姿は確かにそれ自体は恐ろしい鬼の姿だ。
でも、何故か僕にはその姿が強い安心感を与えていた。だからこそ、こんな非常時にそんな呑気なことを考える心の余裕が出来たのだ。それは緑川も同じだったのかもしれない。今、痛む体で守る様に抱きしめている緑川の体は、こんな下着姿にされているのに、もうこわばっては居なかった。ちらりと見た表情も落ち着いている感じがした。
「まったく、何が公認の愛人よ。
まだあなたに本妻の座を明け渡した覚えはないわよ」
そんな板額に、緑川がぼそりと呟いて苦笑した。こんな状況下でも、軽口が叩けるなんてやっぱり女の子は精神的に強いんだなって僕はこの時改めて思った。そして麻痺していた痛みがじわじわ戻ってくる中、僕はそんな緑川を見てくすりと小さく笑った。
「与一の馬鹿……」
そんな僕に気がついたのか、あるいは僕の前であんな風に呟いた照れ隠しだったのか、緑川は消え入りそうな声でそう囁いて頬をうっすら染めた。
「誰が土下座などするものか!
僕は間違っていない!
間違っているものか!
あんな陰鬱な奴に僕が負けるわけがないんだ!」
突如、望月先輩がそう叫んだ。それは今までの望月先輩とは明らかに違っていた。
常軌を逸した。
そう明らかに何か、そう何かとても大事な物がぷつりと切れてなくなってしまったかの様な感じがした。
同時に、わさわさと望月先輩の少し長めの髪が生き物の様に波打ち始めた。そればかりかその体もぶるぶると異様な震えを起こし始めていた。
その状態は、声と様子だけでなく、その身体までもが、もう普通じゃくなりつつあるのが僕にも分かった。
「やはりツキモノだったか……」
板額がそんな望月先輩を見てそう独り言のように言った。その時の板額の顔は、相変わらず鬼の顔だった。それでも、その言葉を呟いた時、今までとは打って変わって、なんだか少し悲しそうな表情をしたように見えた。
その板額の表情と共に、板額言った言葉の意味が、その時の僕には理解できなかった。でも、今なら、そう今の僕なら、その言葉の意味も、なぜ板額があんな表情を浮かべたのか、良く分かる。
やがて、望月先輩の体がまるで風船が膨らむ様に大きくなっていった。すぐさま、着ている服が膨らむ体に耐え切れず、風船が弾ける様に破れ始めた。
それはまるでアニメを見てるかの様だった。
アニメでは何度も見たお約束でお馴染みのシーン。そういう意味では見慣れた光景なのに、それが現実となるとまったく感じが違った。どんなにシリアスな場面でも、ああいうシーンには『またかよ』って感じでクスリと笑えるものだ。しかし、今、現実に望月先輩がそうなると、とても笑いなど浮かばない。あるのはただ驚きと恐怖だけだった。
そして、その顔もみるみる変わっていった。元々、運動部の男子にしては白かった肌の色が、一気に赤黒く染まってゆく。それと同時に、目は吊り上がり、口は文字通り耳まで裂け、額の両側には長い角が生えて来た。
変化して行く望月先輩の顔は、どことなく今の板額に似ている気がした。しかし、板額の顔が鬼に近くてもまだ人の感じを強く残しているのに対して、望月先輩のそれは完全に異形の化け物だった。肌や顔の形の変化は原型を止めぬほど激しく、その角は板額の物よりはるかに長く醜悪だった。
「可哀そうだが、こいつの場合、遅かれ早かれこうなっていただろう。
そして、こうなってはもう元には戻れない」
そんな望月先輩の変化を、少し悲し気に見える表情を浮かべたまま見つめていた板額が、小さくそう呟いた。
そして、板額は羽織っていた血しぶきの付いた白いコートをばさりと脱ぎ捨てた。
「あっ、あれは……」
僕は思わず声を出してしまった。
板額の腰には太めのベルトが巻かれ、そこには細く黒い杖の様な物が吊るされていた。
それは僕らアニメ好きならすぐに分かった。あれは間違いなくあれは『刀』だ。
あの時、緑川に、いくら血で汚れているとは言え自分のマントではなく、僕の上着を、と言った板額の本当の理由が、僕は今、分かった気がした。板額は、この刀を最後まで望月先輩たちの目から隠しておきたかったのだ。その為に板額はマントを脱がずにいたのと思った。
それなら、この刀こそ、板額の『切り札』に違いないと僕は確信した。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~
ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。
「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。
世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった!
次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で
幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──!
「この世に、幽霊事件なんてありえません」
幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の
ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる