ハンガク!

化野 雫

文字の大きさ
上 下
103 / 161

第百三話

しおりを挟む
 そして極めつけは、そのこめかみのやや上にあるモノだ。これがあるから僕は、とてもそれが現実のモノと思えなかったのだ。

 そこには左右に二本づつ、斜め上に向かって突き出すような突起物が生えていた。長さは数センチほどで決して長い物ではないが、異様な存在感があった。

 それは一番、端的な言葉で表現するなら『角』だった。

 その顔の状態と相まって、その角のある顔はもはや『ヒト』のモノではなかった。

 それでも僕はこの顔を端的に表す言葉を知っていた。

 そうそれは『鬼』だ。

 今の板額の顔は『鬼』以外の何物でもなかった。今の状態とその発した言葉から、僕はアレがかろうじて板額だと認識できているに過ぎなかった。


 そこまでやっと思考がまとまった時、僕はもっと大変な事に気がついた。そこに気がついて初めて緑川の発したあの言葉の真の意味が理解できた。

『板額! ちょっと、あなた、その姿……』

 あの時、緑川からもフードを深く被った板額のこの顔には気がつかなかったはずだ。それなのに緑川は最初にこの言葉を発した。緑川は何に気がついてそんな事を言ったのか。

 そうなのだ。

 板額はサイケデリックな赤い模様の入った白いフード付きマントを羽織っていたのではない。板額が羽織っていたのは白いマントだったのだ。

 では、あの赤い模様は何だ。

 あれは赤い模様などではない。あれは『血』なのだ。

 たぶん、女の子の特性で僕らより冷静だったか、あるいは生理的な理由で男より目にする機会が多いからだろう。緑川は、あの模様がまだ乾ききってない血である事にとっさに気がついた。LEDランタンの光に照らされ、濡れた感じが分かったのか、あるいは乾ききっていない所が滴り落ちるのに気がついたのかもしれない。

 今なら僕でも分かる。

 あれは『ヒトの血』だ。

 あれは、板額によって追撃不能だけでなく、望月先輩のコールにも答えられぬ様な状態にされた一階に居男たちのモノに違いない。

 マントにあれだけの血しぶきが付いているという事は、今ここの一階には目をそむけたくなる様な地獄絵図が広がっているのではないかと、僕は恐怖で身震いした。


「お前は何なんだ?!」

 突然、望月先輩がフードを取った板額を指さして声を上げた。その声を表情は、今までの落ち着き払った憎々しいまでの望月先輩とは、まったく別人の様であった。明らかにうろたえ、正気を失っているのではないかと言う感じすらしていた。

「『烏丸 板額』だよ。
 君が、与一や巴を餌にここへおびき寄せ、
 無理やり自分の物にしようとした女さ。
 どうだい、こんな僕でもまだ君は欲しいのかい?」

 望月先輩の言葉に、板額はそう言ってにやりと笑った。板額の笑った口はいつもより大きく、そしてその笑顔は邪悪な感じに見えた。開いた口の中にまるで獣の様な牙が上下に二本づつ見えた事が、僕にそう思わせたのかもしれない。

「違う! お前は違う!」

 望月先輩はそうわめく様に叫んだ。それは言葉で自分自身を納得させるかのようだった。

 やはり望月先輩はかなり混乱している。僕はそう確信した。

 今なら僕でも望月先輩に一矢報いる事が出来るかもしれない。僕は、喧嘩なんてほとんどやった事がなく自信など全然なかった。それが自らの身の安全を担保できない特攻になるやしれない。それでも僕は少しでも板額の助けになるならそれで良かった。

 僕は立ち上がろうとした。しかし僕の意志に反して僕の体はまったく反応しなかった。痛みは途中から消えていたが、実際にはかなりのダメージが体に加わったのだろう。全身が金縛りにあった様に、あるいは鉛を詰め込まれた様に、動かなくなっていた。

「与一、僕には構わず、君はそこで横になっていたまえ」

 そんな僕の思考を読み取ったかの様に板額が、望月先輩を見つめたまま言った。

 まったく、板額と言う女の子には驚かされる。今の彼女の異形の様な姿もそうだけど、僕の心まで読み取れるかの様だった。


「こんな時にでも平泉君を気づかうのかい、君。
 ますます憎らしいじゃないか……」

 今の今までおろおろとしてた望月先輩の態度が急に変わった。そして落ち着き払った今までと同じ口調で板額にこう話しかけた。


 その時だった。

「板額! 危ない逃げて!」

 緑川の悲鳴に似た声が響いた。

 その声に僕はそちらの方を見た。

 すると、そこにはバイクの物だろうか、太い金属製のチェーンを振り回しながら一人の男かが板額の背中からそっと忍び寄っていた。

 その男は、あの今まで緑川を押さえていた男だった。僕らが望月先輩と板額とのやりとりに夢中になっている間に、そっと板額の背後に回り込んでしたのだ。
しおりを挟む


小説の匣
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...