ハンガク!

化野 雫

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第百二話

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 ただその白いマントはフードから裾まで全体に所々に不規則な赤い模様が付いていた。

 何とも不思議なと言うか、サイケデリックなデザインだな、なんてこんな異常な状況下なのに僕は、その時のんびりとそう思ってしまった。


「そう言う君こそ、なんて艶やかな姿ないんだい、巴」

 緑川の声に、板額はそう言って笑った。そう言われて緑川は改めて自分が下着姿だと気が付き、きゃっと小さな悲鳴上げて思わず両手で胸元を隠した。

 その時、僕は緑川の行動に少し不思議な感じを覚えた。確かに板額はそう言ったが板額は緑川と同じ女の子だ。女の子にああ言われて、あそこまでの反応を示すだろうか?

 一方、そんな板額を見ながら望月先輩は言葉ではああ言って平然としていたが、やはり何故か異変を感じ取っていたのだろう。ポケットからスマホを取り出すとどこかへ電話を掛けた。それは、緑川を押さえている男も同じだった。今までは平然としていたのに、板額の姿を見てどこか落ち着かない様子になっていた。しかも、緑川が自力で猿轡を外している事にも気がついてない様だった。

「ちくしょう! あいつら何やってんだ、出ないぞ!」

 しばらくスマホを耳に当てていた望月先輩が、今までの落ち着き払った態度とは一変して明らかに苛立った風に吐き捨ててスマホを切った。

「ああ、下に居た連中かい?
 こっちが急いでるのにちょっかい出してきたので大人しくなってもらったよ。
 いつもならこういう時でも手加減するんだけどね。
 今日は、非常に不愉快な気分だったので自分を押さえられなかったんだ。
 少々やりすぎたかもしれない。
 彼らには済まない事をしてしまったよ。
 出来れば早めに病院へ行くことをお薦めする」

 自身の立てた計画に狂いが生じてイライラし始めた望月先輩とは、正反対に今度は板額が妙に落ち着き払った様子でそう言った。その態度と言葉の内容の食い違いに、僕は少々混乱していた。それは、僕が想像する板額が口にすべき言葉の範囲から大きく逸脱した言葉だった。

「どういう意味だ。
 あそこには十人以上いたはずだ。
 しかも喧嘩慣れした奴らを集めたんだぞ。
 その上、そいつら全員、自分の得意な得物を持ってたはずだ。
 それが何で君みたいなお嬢様然とした葵高の女子に……」

 望月先輩は何が起こっている、いやすでに起こったのか理解できずにそう呟いた。

「お嬢様然とした葵高の女子?
 それは僕の事を言ってるのかい、君は?」

 そう言って板額は赤いまだら模様の入ったフードをゆっくりと取った。


「えっ……あなた、本当に板額なの……?」

 真っ先に緑川の声が聞こえた。

 望月先輩と、緑川を押さえる男は、言葉を失い、凍り付いた表情で板額を凝視している。

 僕も、彼らと大同小異だった。

 言葉が出なかった。

 それが何か。いや、そこに見ているモノが現実なのかさえも分からなくなっていた。

 何と言うか見えているのに見えてないという感覚だった。

 僕はその時、今、見えているモノを理解することが出来なくなっていたのだ。

 誰かが言っていた。本当は、男より女の方が肉体的も精神的にも強い。だから、世の中はその脅威でもある女性を押さえつける為に、男たちが結束して男尊女卑の流れを作られたのだと。

 まさにその通りだ。とっさにああいった真っ当な反応出来る緑川は、僕たち男よりはるかに落ち着いて物事を見ている。僕は、真っ先にそう思って感心していた。本当は、この時、僕はもっと違う事を考えなければいけないのに。


 きっとこの場所ではない所でいきなりあの顔を見たら、僕はそれが板額と認識できたかどうか怪しい。

 フードを取った板額の顔は、いつもの雪の様に真っ白で凛と整った、今では見慣れたあの顔ではなかった。

 まず肌の色が明らかに違っていた。なんと言うか、不気味な赤黒い肌の色だった。それはどんな人種の肌の色とも似ても似つかぬものであり初めて目にするものだ。いや、正確には見たことはあった。ただ、それが現実のモノでなかっただけだ。

 それだけではない。その顔には、向かって右側の額から瞼を通り頬の下の顎に至るまで、まるで刺青の様に鮮やかな赤い幾何学模様が走っていた。

 そして、その眼だ。板額の瞳は磨かれた碁石の様に美しい黒色だった。でも今の板額の瞳は血に染まった様に真っ赤だった。そして、その中心にはまるで蛇みたいな縦長で長い瞳孔があった。

 さらには控えめな大きさだったその口も、今はその大きさを増している気がした。それどころか左右がかなり吊り上がり、薄笑いを浮かべた口元から牙の様な物さえ覗いていた。
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