ハンガク!

化野 雫

文字の大きさ
上 下
101 / 161

第百一話

しおりを挟む
 僕は望月先輩の竹刀で滅多打ちにされながらかろうじて立ち続ていた。

 しかし、それも限界に近付いているのが僕は良く分かっていた。さっきから膝ががくがくと震え続けている。頭も体もふらふらと揺れている。まるで嵐の中で漂う小舟に乗ってる感じだった。

 ご丁寧に僕が倒れかかった方向から望月先輩は竹刀を叩き込んでくれる。僕の体はその反動でかろうじてまた元の位置に戻るのを繰り返している。もし望月先輩が竹刀で打つのを止めれば僕の体は確実にその場に倒れ込んでしまいそうだった。

「いやぁ、楽しい。実に楽しいよ、平泉君。
 君はインドア専門のもやし野郎と思ったんだけど違ってた。
 思いの他、体力も根性もある。正直見直したよ」

 望月先輩は、そんな僕の悲惨な姿を見て愉快そうに声を上げて笑いながらそう言った。

 僕は、すでに視界も霞んでほとんど見えなくなっていた。それなのに何故だか、望月先輩のあの不気味で屈託のない笑顔だけは見えていた気がする。


 その時だった。

 僕は今でも忘れない。

 カツン、カツンと言う何か固い物が床を叩く音。

 それはゆったりとした、でも規則正しいペースで僕の耳に届いて来た。

 今思えば、あの状況で良くあの音に僕は気が付けたものだと感心する。それはそんなに大きな音じゃなかったはずだ。あれだけの暴力の嵐の中なら普通ならかき消されてしまう種類の音だ。それでもその音は確かに僕の耳に届いていた。

 それは多分、その音を出してる者が意図的に僕にその音を届けようとしていたからなのかもしれない。

 そして、それは確実に僕の居る方へ近づいて来る様だった。


 その音がし始めて、少しして僕を袋叩きにしていた竹刀がふいに止まった。

「やあ、やっと来たんだね。
 待ちくたびれたよ。
 幸い平泉君も何とか意識がある内だったみたいだしね」

 竹刀が止まると共に望月先輩の声がした。

 僕は意識が混濁しそうにはなっていたけれど、それが明らかに僕と緑川、それ緑川を押さえていた男以外に向けられたものだと分かった。

 じゃあ、誰に? 僕は思った。

「よぉ、色男、散々、僕の大切な人を可愛がってくれたみたいだな。
 ご丁寧、その様子をリアルタイムでネットに流すなんてな趣味が悪すぎだ」

 誰の声だ、僕はとっさに分からなかった。

 だって、その声はいつもの声とは異質のものだったからだ。確かにいつもでもその声は、女の子にしてはやや低めな声ではあった。でも透き通るような素敵な声だった。でも今、僕の耳に響いているその声は、もっと低い。むしろ望月先輩の声よりどすが効いている感じすらした。

 そうだ、この声、いつもとは違うけど、僕には分かる。

 これは板額の声だ!

 でも僕は安堵など感じなかった。むしろ逆だ。ものすごく悪い予感がした。このまま板額が現れず僕が意識を失うまで痛めつけられ続けた方が良いと思った。

「板額、何で来たんだ? 何でこんな所に……」

 僕は霞む目で板額の声がする方向を見てそう呟いた。

「当り前じゃないか、与一。
 君を助ける為だよ。
 君を助ける為なら、僕はなんだってするさ」

 僕の呟きを聞き取った板額がそう答えた。その時の声はいつもの板額のままだった。

 でもそう言いながらも分かっていた。やはり望月先輩は板額への復讐を諦めてはいなかったのだ。緑川を餌に僕を吊り上げ、その僕を痛めつけている所を板額に見せて板額をここへまんまとおびき寄せたのだ。いや、ひょっとすると緑川のあの姿さえも板額に見せていたのかもしれない。

「しかし、君一人とは。
 下の連中には君が来たらちゃんとエスコートする様に言っておいたのにね。
 本当にあの手の連中はダメだ、肝心なところで使えない」

 そんな板額に望月先輩が呆れた様に言った。

「板額! ちょっと、あなた、その姿……」

 その時、男に下着姿で押さえられていた緑川の声が聞こえた。

 さすが緑川、心はまだ折れてなかった様だ。この間に緑川は密かに自力で猿轡だけは外していた様だ。

 僕はその声に、霞む目を必死で凝らした。

 すると板額の今の姿が何とか見えて来た。

 板額はフード付きの白いレインコートの様なマントを頭からすっぽり被ってた。マントの合わせ目から、見えたその下は、僕の良く知る葵高の制服ではなさそうだった。長いマントの裾からは、いつもの黒ストッキングとパンプスではなくロングブーツが覗いていた。しかもそのブーツには結構なピンヒールであった。そのヒールが階段の床を叩きながら上がってくるのがあのカツンカツンと言う音だったのだ。
しおりを挟む


小説の匣
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...